第23話 デートの終わりとハプニング

 昼食を摂って一息ついてから、二人はカフェから出た。

 母親が勧めるだけあって、そのカフェは料理もドリンクも最高だった。

 デザートとして出てきた牛乳で作った氷菓子もとても美味であり、二人は存分に昼食を堪能することができたのである。


「ハア……美味しかったです」


 店を出たノヴァが満足そうに声を漏らす。


「とっても甘くて、しょっぱくて、少しだけ辛くて……美味しかったです。はい」


「そうか……とにかく美味しかったのは伝わってきたぞ。うん」


 腹部を撫でるノヴァであったが……その瞼が半分ほど下りており、頭がうつらうつらと舟をこいでいる。


「ノヴァ嬢、眠いのか?」


「眠くなんてないでひゅ……」


「眠いだろう。絶対に」


 本当に子供である。

 マルスは苦笑しつつ、ノヴァの肩を支えた。

 不思議と照れ臭いとは思わなかった。転びそうになる子供に手を差し伸べることに恥などあろうものか。


(本当に不思議だな……この娘と関わっていると、次から次へと自分が知らない感情が見えてくる)


 美しさに目を奪われて。

 可愛らしさに胸を射抜かれて。

 彼女が悩み苦しんでいるのを見て、息苦しくなって。

 守ってやりたい。支えてやりたいという思いがどんどん湧き上がってきた。


(彼女は『滅獄の魔女』になるはずだったのに。どうして、こうも掻き乱される?)


『滅獄の魔女』を殺すために過去に回帰してきたはずだ。

 それなのに、使命を果たす気になれない。仲間との誓いを成し遂げる意思が湧かない。

 本当に……自分はどうしてしまったというのだろうか?


「ふにゃ……」


「この後の予定はまた今度で良いか……馬車に行こう」


『また今度』などと自然に口にしている自分に驚きつつも、マルスはノヴァを支えて帰宅しようとした。


「ブオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


「!」


「ひゃっ!?」


 だが……突如として、重低音の絶叫が二人に浴びせかけられる。

 マルスが瞬時に臨戦態勢となり、半分眠っていたノヴァがビクリと肩を跳ねさせた。

 声がした方向に視線をやると、そこには象ほどの大きさの牛の姿があった。


「タイタン・バッファロー……?」


 黒く、大きな猛牛。

 それは『タイタン・バッファロー』と呼ばれる魔物だった。

 一部の地域では家畜化されているものの……魔物には違いない。暴れ出したら手が付けられない危険な生き物だった。


「この地では、大型の魔物の持ち込みは禁止されているはず。どうして……!?」


「な、何ですかっ!? 急に……ま、魔物っ!?」


 突然の出来事にノヴァも起きてしまったらしい。

 驚いているのはノヴァだけではない。周囲にいる人々も慌てて叫んでいる。


「ま、魔物だ! 魔物が街中にいるぞ!」


「逃げろ! ここにいたら危ないぞ!」


「キャアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 悲鳴と怒号。

 人々が逃げまどい、混乱が広がっていく。

 そんな周囲の狂騒を感じ取ったのか、街中に現れたタイタン・バッファローもまた興奮してしまう。


「ブオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


「ノヴァ、ここにいてくれ!」


「マルス様っ……!?」


 マルスはノヴァをその場に残して、領主の息子としての使命を果たすことにした。

 同時に、興奮したタイタン・バッファローが地面を蹴って駆け出した。

 逃げ惑う人混みめがけて突進しようとしている。


「させるものかよ!」


 だが……凄まじい速度で猛牛と人混みとの間にマルスが滑り込んだ。

 目にも留まらぬ速度とはそれを言うのだろう。十数メートルの距離を一瞬でゼロにした。


「ブモオッ!?」


「フンッ……!」


 勢い良く突撃してきたタイタン・バッファローの頭部を受け止める。

 数センチだけ勢いに負けて後退したが……それだけである。

 五トンはあろうタイタン・バッファローの巨体、突進の衝撃はその数倍はあったはずなのに、完全に止めて見せたのだ。


「寝ていろ……!」


「ブファアッ!?」


 マルスがタイタン・バッファローの角を掴み、前足に対して足払い。

 タイタン・バッファローがバランスを崩してしまい、地面に投げ倒される。


 驚くべきパワー。そして、スピードである。

 それこそがマルスの権能……【最強】の力だった。

 ヴォルカン侯爵家に代々相伝されているその権能の力は、ただ強く、ただ速く、ただ頑強であるというもの。

 使用者の腕力や速度、耐久力を大幅に上昇させるというシンプルな能力だった。

 しかし、単純であるがゆえにその力は強い。『滅獄の魔女』との戦いで権能を極めたマルスであれば、素手で岩盤を砕き、千里の道を一日で踏破することができるだろう。


「まったく……どうして、街中に魔物が……」


「ブオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


「ッ……!」


 魔物は倒した。それなのに、再び響いた絶叫。

 見れば、少し離れた場所に別のタイタン・バッファローの姿があった。


「まさか……二匹いたのか!?」


 二匹目のタイタン・バッファローが突撃する。

 その進行方向上には、地面に座り込んで泣いている子供の姿があった。


「危ない……!」


「なあっ!?」


 そして、子供に駆け寄る一人の少女。

 マルスが愕然とする。子供を助けようと駆け寄ったのはノヴァだったのだ。

 ノヴァと見知らぬ子供。二人めがけて、二匹目のタイタン・バッファローが猛進する。


(落ち着け……俺だったらやれる……!)


 意識を研ぎ澄ますと、感覚が強化されて周囲の時間の流れが緩慢になる。

 超感覚で圧縮された時間の中、マルスが強く地面を踏みしめて走り出した。


(問題ない……俺の速度の方が遥かに速い。十分に割って入ることができるはず!)


 かなり際どいタイミングではあるが……【最強】で強化されたマルスの神速であれば、寸前でノヴァとタイタン・バッファローの間に飛び込むことができるだろう。

 突然の出来事で焦ってしまったが対処は可能である。


(絶対に助ける……!)


「ダメ……来ないで!」


 しかし、進行方向上にいたノヴァが叫んだ。

 自分に投げつけられた言葉かとギクリとするマルスであったが、ノヴァの赤い瞳は迫りくる魔物に向けられている。


「ヤアッ!」


 ノヴァが叫んだ。

 次の瞬間、タイタン・バッファローの眼前に大きな壁が出現する。


「ブモオッ!?」


 タイタン・バッファローが壁に衝突した。

 硬い頭蓋骨、頭部に生えた角によって石の壁に大きなヒビが入るが、それでも突撃を阻止して見せた。


「これは……!?」


 マルスが驚愕に目を見開いた。

 それでも、足を止めることはしない。

 地面を蹴って跳躍して、タイタン・バッファローの頭上まで飛び上がる。


「フンッ……!」


「モオッ!?」


 そして、首の後ろに向けて強烈な蹴りをぶち込んだ。

 タイタン・バッファローの大きな身体が揺らいで、小さな地響きを鳴らして倒れる。


「ム……」


 直後、石壁が崩れた。

 その向こう側。無傷のノヴァと子供の姿が見える。


「ワアアアアアアアアアアアアッ!」


「大丈夫、大丈夫だよ。泣かないで」


 ノヴァが泣いている子供を抱きしめて、頭を撫でている。

 無事な二人の姿に安堵するが……同時に、マルスの頭に疑問が浮かぶ。


「さっきの壁は……ノヴァが?」


 ノヴァは『滅獄の魔女』。

 その能力は『魔物を使役すること』ではなかったのか。


(彼女の能力を勘違いしていた? それとも……?)


「そんなことは、どうでも良いか……」


 マルスは疑問を置いておき、ノヴァと子供に駆け寄った。

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