第20話 新たなる試練

 母であるレオーネから行くように指示されたのは服屋である。

 最近、新しくできたその服屋は王都で話題になっている店の姉妹店であるらしく、オシャレな外観をした洒落っ気のある店だった。


「オオッ……すごいな……!」


「すごい、ですね。派手なお店です」


 どんと構えた店構えに、マルスとノヴァはそろって圧倒される。

 いかにも女子ウケしそうな外観には、特にマルスは激しい場違い感を抱いてしまう。


(ここに入るのか……俺が?)


 マルスはオシャレには全く興味がない無骨な男子である。

 服や下着は使用人に頼んで適当な物を揃えさせ、アクセサリーなど買ったこともない。

 そんなマルスにとって、流行の最先端を走っているであろう店は足を踏み入れるのも難しい場所だった。


(まるで伏魔殿だな……戦場に行く時よりもよほど緊張するぞ……)


「あ、綺麗……」


「ム……」


 思わずきびすを返しそうになるマルスであったが、ノヴァのつぶやきが耳に入って足を止める。

 ノヴァもまたマルスと同じようにオシャレな店に気後れしているようだが、彼女の瞳には憧憬の色が宿っていた。

 店のショーウィンドウに並べられた服に興味があるようだが、「どうせ自分には似合わない」と諦めている心境が伝わってくる。


「……入るぞ」


「え……?」


 マルスがノヴァの手を取り、店の中に入っていった。

 拒否反応なのかブワリと鳥肌が立っているが……構うことはない。

 今日はノヴァの服を選びに来たのだ。恥など感じてはいられなかった。


「いらっしゃいませ……わっ」


 女性店員が現れる。

 三十前後ほどの年齢の店員はマルスとノヴァを見るや、少しだけ目を見開いた。


(いや……何が『わっ』なのだ? やはり、俺は場違いだったか?)


「失礼する……」


「お、お邪魔しますっ」


「あらあら、可愛いカップルのお客さんですこと! いらっしゃいませ!」


 店員が両手を合わせて、嬉しそうに相貌を緩めた。

 彼女はこの街に来たばかりなのだろうか……マルスが領主の息子であることに気が付いていないようだ。


「本日は服をお求めでよろしかったでしょうか?」


「ああ……彼女の服を一式、見繕ってもらいたい」


「あ、あのっ……マルス様っ!」


「ム?」


 ノヴァが袖を引っ張ってくる。


「こんな立派な服、私には似合いませんよ……!」


「いや、似合う。間違いない」


「間違いないって……」


「君にふさわしくない服など存在しない。だから、安心してくれ」


 それは母親の台本のセリフではない。マルスの本心である。

 店内を見回せばフリルやリボン、レースが惜しげもなくあしらわれた見事なデザインの服ばかり。まさしく、ここが流行の先駆けだ。


(だが……決して、ノヴァ嬢が見劣りなどしていない。断じてあり得ない……!)


 むしろ、ここほどの服屋でなければノヴァには釣り合わない。

 マルスは世辞ではなくそう確信していた。


「そんな……」


「フフフ、彼氏さん。あなたのことを大切にしているんですね」


「か、彼氏さん……」


 ノヴァが赤面して、恥ずかしそうに顔を伏せる。

 可愛い。とても可愛い。マルスは顔を手で覆って悶絶した。


「ウッ……!」


「ウフフフ、本当に可愛いカップルですこと。これは気合を入れて服を選ばないといけませんね」


 店員が気合を入れ直すように両手をパチンと合わせた。


「それでは、何着が見繕わせていただきます。お嬢様、こちらに試着室がありますのでいらしてください」


「マ、マルス様……」


「大丈夫だ、行ってこい」


 ノヴァが不安そうに見つめてくるが、マルスは力強く頷いて送り出す。


 数分後。

 店の商品を試着したノヴァが現れた。


「ど、どうですか? 変じゃありませんか?」


「グオッ……!」


 マルスが顔面を殴られたように身体をのけぞらせた。

 艶やかな姿になったノヴァ……それはあまりにも衝撃的だったのである。


「こちらの服のコンセプトは『夏のお嬢さん』になります。涼しげな水色のワンピースドレス、腰にリボンをあしらっています」


「ウグ、グググググ……」


「マ、マルス様!? どこかお身体の具合が悪いのですかっ!?」


 ノヴァが慌てて駆け寄ってくる。

 体調不良などではない。着替えたノヴァ……そのあまりの愛らしさの前に、マルスはただただ衝撃を受けていたのだ。

『夏のお嬢さん』というテーマの通り、ノヴァが着ているワンピースはやや薄手。つまり、身体のラインが強調されやすいデザインになっていた。

 初めて気がついたことだが……ノヴァは意外と出るところが出ておりスタイルが良い。

 前はもっと痩せていた印象なのだが、ヴォルカン侯爵家にやってきてから発育したのだろうか?


(そうか……叔父夫婦に虐待されていて、まともな食事を与えられていなかったからか。栄養状態が改善して身体もふくよかに……)


「やっぱりお身体が? それとも……この格好、変でしたか?」


「そんなことはない。と、とても似合っている……」


 マルスはノヴァを心配させないよう、鼻を押さえて手を左右に振った。

 しっかり押さえていないと鼻血が噴き出してしまいそうだ。


「ただ……この地は寒冷だからな。その服だと肌寒いかもしれない」


「ああ、そうでしたね。気候のことを考えていませんでした」


 店員がハッと気がついた様子で声を上げる。


「それでは、次の服を試着していただきますね」


「つ、次の服……」


 マルスが戦慄した。

 はたして、無事に服を購入するまで自分の身体はもつのだろうか。

 マルスは畏怖を込めた視線で、試着室に消えていくノヴァのことを見送ったのである。

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