第9話 ノヴァの事情
「フフフフフフフフッ! アハハハハハハハハッ!」
「『監視下に置く』か! 我が息子ながら、何という色気のないプロポーズだ!」
庭園。ネモフィラ畑の前で宣言してから、マルスは両親に事情を説明した。
最初こそ唖然としていた二人であったが……最後までマルスの話を聞くと、貯水槽が決壊したような勢いで笑い出した。
「父上……母上……俺は笑うようなことは何も言っていないのですが?」
「ウフフフフ……大丈夫、この母はわかっておりますよ。マルスは慣れないことに照れているのですよね?」
「い、いえ、ですから……!」
「ああ、お祝いが必要ですわね! 可愛い息子の婚約者をお披露目する準備もしないと!」
「そうだな! 親類縁者を呼んで盛大なパーティーを開かなければ!」
両親はとにかく嬉しそうである。
二人だけではない。部屋の端に控えている執事やメイドも微笑ましそうな表情だった。
「ウググググ……!」
(どうして、父も母も生温い顔でニヤニヤと笑っているのだ!? 何も知らないくせに馬鹿にして、冗談ではないぞ!)
そう……冗談などではない。
マルスの目的はあくまでもノヴァのことを見定めるため。
彼女が見せている純粋無垢で清廉潔白。百合の花のような清らかな美しさが作り物でないかを見定めることが目的である。
(そうだ……そのはず。そうであるはずだ。俺は彼女が魔女ではないか確かめるため、目の届くところに置いておきたい……そうでなくてはならない)
マルスは嘘も冗談も言っていない。それが真実であると自分で思い込んでいた。
(もしもノヴァ嬢が見せた純朴さが偽物で、本性が魔女であったのならば斬る……それで世界は救われる! もしも偽物ではなく本物だったら………………ム?)
もしも本物だったら……どうするというのだろう。
そもそも、最初は問答無用でノヴァを斬り捨てるつもりだったではないか。
それなのに……いつの間にか、ノヴァを殺すことが自然と選択肢から外れている。
(彼女が魔女でなかったのなら……俺は殺すことができるのか? 友との誓いを守ることができるのか……?)
「と、とにかくっ! そういうことでよろしくお願いします!」
「ああ、了解した。彼女の叔父夫婦には私の方から言い聞かせておこう」
父親……ボールスがようやく笑いを引っ込めて、真面目な顔で足を組んだ。
「ブリュイ子爵が亡くなって三年……当主代理になったオルド・ブリュイが姪を虐待しているとはな。これは問題だぞ?」
ノヴァの両親……ブリュイ子爵と夫人は三年前、馬車の事故によって亡くなっていた。
以来、ノヴァの叔父であるオルド・ブリュイが当主代理となってブリュイ子爵家を差配しているという。
『代理』である理由は、ノヴァという正式な後継者がいるから。オルド・ブリュイはあくまでもノヴァが成人して家督を継ぐまでの中継ぎである。
「もしかすると……オルドめはノヴァ嬢を亡き者にして、家督を奪うつもりなのかもしれぬな……」
「ッ……!」
父の言葉に、マルスは思わず叫び出しそうになる。
腕に刻まれた痕。自己評価がやたらと低いのは、やはり虐待が原因だったのか。
(殺す……!)
マルスの脳裏に痛めつけられ、涙を流すノヴァの姿が幻視される。
激しい怒りのあまり、マルスの目の前が真っ赤になった。
もしも目の前にオルド・ブリュイがいたのであれば、マルスは沸騰する殺意を堪えることができず首を引きちぎっていたかもしれない。
「落ち着け、マルス! 殺気が漏れているぞ!」
ボールスがマルスを一喝した。
歴戦の猛者である父に叱られて、マルスが慌てて怒りを収める。
そもそも、怒る理由などないではないか。ノヴァが虐待をされていたとしても他人事である。
(い、いや……この怒りは若い婦女子が理不尽な目に遭っていることへの義憤のはず。別に相手がノヴァ嬢だからということではなくて…………俺は誰に言い訳をしているのだっ!?)
「心配せずとも、彼女をノヴァ嬢をブリュイ子爵家に返しはしない……オルドもこの縁談には賛成しているようだからな」
来訪した際、オルド・ブリュイはさんざんノヴァのことを貶めていた。
微妙なところだが……マルスとノヴァ嬢との見合いに対して反対するような言動はなかったはず。
「あちらとしても、ノヴァ嬢が嫁げばブリュイ子爵家の家督が空くと思っているのだろう」
「でも……わからないわね。彼らがノヴァ嬢を邪魔に思っているのなら、どうして直接的に排除しようとしていないのかしら?」
「フム……言われてみれば、わからんな」
ノヴァが邪魔であるのなら、それこそ殺してしまえば良いのだ。
毒でも飲ませて、病気に見せかけて亡き者にしてしまえば……ブリュイ子爵家は叔父夫婦のものになる。
ノヴァの年齢は十三歳。この国において、成人とみなされるのは十六歳だ。それほど、猶予は残っていない。
「ブリュイ子爵が亡くなって三年。どうして、奴は手をこまねいていたのだ……?」
「……何でも構いません。オルド・ブリュイがノヴァ嬢と顔を合わせることは二度とないでしょう」
マルスが怒りをくすぶらせた声音で断言した。
「彼女は俺の監視対象になりました。これから、できるだけ目を離すことなく見張ります」
「クックククククッ……!」
「ウフフフフフフフフッ!」
「だから、笑わないでください!」
堪らず噴き出した両親に、マルスが顔を真っ赤にして怒鳴ったのであった。
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