第2話
宮廷魔術師の任命式が行われるサンゴール城の大礼拝堂のテラスに女王アミアカルバが現われると、式場にすでに入り着席していた宮廷魔術師達の間から拍手が巻き起こった。
アミアが手を上げてそれに応え、着席する。
王宮の大礼拝堂で行われる神儀は、王族の婚礼とこの宮廷魔術師の任命式だけというのがサンゴールの慣例だった。サンゴール騎士団の団長の任命式も国教大神殿【
大礼拝堂での宮廷魔術師の任命式は、サンゴール宮廷魔術師の名を高めた賢者ラムセスが時の国王から、直々に国王直下の任官を受けた時からの伝統になる。
式場の周りを固めていた宮廷魔術師達が一斉に杖を掲げて、楽師団の演奏が始まった。
それに合わせ中央の通路を今回任命を受けるメリクを含め三人の宮廷魔術師の姿が現われる。隣に座ったミルグレンが身を乗り出して、夢中で拍手をしている姿にアミアは笑ってしまった。
だが眼下で行われる壮麗な儀式には、アミアも感動する気持ちは同じである。
テラス席に、魔術学院ではメリクを色々と補佐してくれている宮廷魔術師エンドレク・ハーレイの姿が入って来た。
この晴れの日に、感謝を込めてアミアがこの席に招いたのである。
「失礼いたします」
「ああ、よく来たわね。どうぞ座って見て行って頂戴」
エンドレクは三十代後半ほどの若い宮廷魔術師だが、宮廷魔術師の本拠である【知恵の塔】では管理室に属する優秀な魔術師だ。変わり者が多い魔術師の中でも人格も誠実で、アミアはよく頼りにしている。
「この度はおめでとうございます」
「ありがとう。貴方も色々メリクを導いてくれたから。これからもあの子をどうかよろしくね」
「勿体無いお言葉です」
エンドレクは静かに着席する。
儀式は滞り無く着々と進んでいた。
「十六歳で宮廷魔術師団に入ることは、容易なことではございません。ご立派なことだと思います」
彼もメリクの才を早々に見抜き見守って来た存在だ。嬉しそうだった。
「ちょっと立派すぎよね」
アミアは微笑む。
「嬉しいんだけど、思えばもっと頼られたかったような。複雑な親心と言うか、何なのかしらね」
色々周囲には言われるアミアとメリクの関係なのだが、エンドレク・ハーレイは縁あってこの二人を側で見ることになり、二人の関係が本当に互いを大切に思い合う母子のような関係なのだということを、正しく理解していた。
「メリク殿は利発です。いつも周囲のことを広い視野で見つめ、女王陛下や第二王子殿下のお力になれるようにと励んでおられますよ」
「そうね。それはとても嬉しいの。ただ子供らしいことをあまりさせてあげられないままだったなと思っているのよ」
賢明な宮廷魔術師は、リュティスのことを暗にアミアが言っているのだろうと気づいた。
「あの人もねぇ……子供相手にも容赦ないからなあ。ミルグレンにはね、優しい所もあるんだけど。やっぱり男の子だと厳しくしちゃうものなのかしらね」
「……殿下の許で学ぶなら、子供であることは許されません。しかしメリク殿が成長されたことは、間違いなく殿下のお力添えがあってのことです。魔術師の師弟の絆は力で断ち切れるようなものではございません。必ず、メリク殿は殿下のお力になる日が来ましょう」
「そうね。それを楽しみに待ちましょう」
アミアはもう一度階下に視線を落とした。
宮廷魔術師の証である真紅の宝玉がついた杖を魔術師長から与えられ、その指先で杖を取るメリクの姿が見えた。
そうだ。
悲観ばかりすることではない。
メリクは立派に成長してくれた。
一人の魔術師として、今までリュティスただ一人に背負わせていたことを、弟子として彼が補佐してくれるのも期待出来るだろう。
『傷つくような歳は過ぎましたから』
一人の人間として、メリク自身の考えを聞いたり相談することも出来る。
グインエル亡きあと確かにサンゴール内部に火種は残り続けている。
だがアミアはそれを消す為に心強い協力者が一人増えたのだと思った。
王城に来た経歴が複雑なメリクは、確かに今でもその存在を周囲から測られる立場にある。だが女王であるアミアの近縁の者として、重要視されることがアミアはさほど悪いことだとは思わなかった。
メリクは確かにサンゴールの人間ではないかもしれない。
だが本当にいつもサンゴールに波風を立てないよう心を砕いてくれた。
アミアは彼のその心の強さと正しさにとても感謝している。
どんな苦境がこの先あろうとも、メリクとならば話し合い、理解し合って乗り越えて行けるだろう。
「おめでとう、メリク」
まるで初めて会った時のように。
光の中に佇んでいるメリクを見下ろしながら、アミアは優しい顔で彼に賞賛の拍手を贈っていた。
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