第15話 『包む、香る、届ける』

ふろしきエプロンを出品して三日目の朝。

結月はスマホに届いた通知を見て、思わず小さく声をあげた。


「……!」


そこには、短いながらもとても温かなメッセージが添えられていた。


“I love the idea of wearing a furoshiki as an apron.

It looks so warm and personal.”

(ふろしきをエプロンとして使うという発想が大好きです。とてもあたたかくて、個人的な想いが込められているように感じます)


そして、その下には「購入済み」のマーク。


結月はスマホをそっと胸に抱えるようにして深呼吸をひとつ。

(“必要としてくれている人”に、届いたんだ)


“映え”や“流行”じゃない。

誰かの心に、静かに触れるように――そんなものづくりができている気がした。



お昼前。


布の整理をしていると、ふと棚の奥から小瓶に入ったハーブの香料が見つかった。

ラベルには、小さく “Lemon Verbena”(レモンバーベナ)と書かれている。


(……香りって、気持ちに触れるものだよね)


布小物やふろしきに香りをほんのり添えることができたら、

「使うたびに気持ちが整う」ような贈り物になるかもしれない――。


《雑貨製作場》のページを開くと、ちょうどそこに「香りのしおり」というレシピが表示された。


リネンの端切れに、少量の天然オイルを染み込ませ、封筒に入れるだけ。

だけど、その香りは人工の香水とは違い、どこか「記憶に近い」やわらかさがあった。


(あ、これ……「香水」とはちがう。

でも、“思い出の香り”って、こういうものかも)



夕方。


陽菜が帰宅すると、ダイニングテーブルの上には、

小さな封筒と、そこに添えられた“ふろしき型のリネンエプロン”が置かれていた。


「これなにー?」


「海外に送るものなの。ほら、この前モデルさんしてくれたエプロン。

これにね、やさしい香りを添えてみたの。

“届いたとき、ふわっと気持ちがほぐれたらいいな”って思って」


「……ママって、魔法つかいみたいだね」


「えっ……どうして?」


「だって、いい香りとか、きれいな布とか、おいしいおかしとか……

みんなを笑顔にするもの、いっぱい作ってるから!」


(……魔法、か。そんな大げさなものじゃないけど)


でも結月は、陽菜の言葉がうれしくて、そっと頭をなでた。



夜。


発送の準備を終えた結月は、

ノートにメモを書いていた。


□ 香りのしおり(定番アイテム化)

□ 「香りのある布」シリーズ検討

□ “必要としてくれる人に届くもの”を増やす


そばでは涼が、紅茶を飲みながら新聞を読んでいる。


「結月、それ……新作のアイディア?」


「うん。なんかね、“香り”って奥が深いなって思って。

誰かの気持ちに寄り添える香りって、ある気がするの。

“気分が落ち着く”、“元気になれる”、“懐かしくなる”みたいな」


「……それ、香水にできたらすごくない?」


「うん……そのうち、作れたらいいな。

“誰かの気持ちから生まれる香り”――

そんなの、ちょっとロマンチックでしょ?」


「すごく、結月っぽい」


涼の言葉に、思わずふたりで笑い合った。



魔法のような力をもつ本。

でも、そこにあるのは派手な奇跡ではなく、

“気づかれないくらいの変化”だった。


それでいい。

きっと、それが結月にとっての“ものづくり”なのだから。


そして今夜もまた、

「誰かの心に届くかもしれないやさしさ」を、静かにひとつ――作っていく。

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