第二話  最悪の夢(一)

 中央公園は、カレンで最も大きな緑あふれる公園だ。定期的に中央の噴水を囲んでバザールが開かれるほど、活気あふれる明るく楽しい場所――のはずだったのに。

 今のそこは、燃えた草木、抉れた地面、あちこちに突き刺さった氷のトゲと飛び散った血痕、そして、倒れて動かないフードを被った謎の人達であふれていた。

 その中で、剣についた血を振り払う女性が一人。


「お母さま!リスタお母さま!大丈夫ですか!?」

「テイ!?屋敷に戻っていなかったの!?」

「私もアンキテカです!カレンがこんな状態なのに、一人帰ることなどできません!」


 額に手を当ててため息をついたお母さまは、私に目線を合わせながら私の肩を優しくつかむ。


(……っ!)


 その優しさからは想像もつかないほどに真剣で、鋭い眼差しが私に突き刺さった。

 目を逸らしたくなる気持ちをこらえ、私の気持ちが本物であることを証明するために、その眼差しを真正面から受け止める。


「テイ、これは模擬戦ではなく実戦。あなたにはまだ早いの」

「……わかっています。でも、私だってカレンを守るために戦いたい。そのために今まで剣術も魔術も学んできたんです」

「確かにこれはカレンを守るための戦いだわ。でも、相手がいたらそれは殺し合い。殺らなきゃ殺られるこの状況で、誰かを守るために誰かを殺すの。あなたにそれができる?」

「いつかその時が来ると、覚悟をしていたことです」

「……大人びているとはいえ、私は十二のあなたに経験してほしくないのだけど」


 お母さまは鋭い眼差しを解いて再びため息をつくと、「誰に似たんだか」と呆れるように呟いた。

 そのお母さまのはるか後方、私の視線の先で、焼け縮れたフードを被る男がもぞもぞと動いたような気がした。


「今、何か……」


 次の瞬間、男は倒れたまま顔をぐるりとこちらに向ける。


「危ない!」


 咄嗟にお母さまの後ろへ手を突き出して、身の丈ほどの氷の盾を作る。すぐにガキンとつんざく音が響いて、地面にナイフが転がった。

 私たちと倒れていたフードの男までは数十メートルの距離はある。それなのに、的確に狙いすましてナイフを投擲するなんて――

 背筋がゾッとした。これが殺し合いなのだと肌で感じた。お母さまの言うとおり、私には早いのかもしれない。それでも、お母さまとこの町のために戦いたいという気持ちは揺らがなかった。


「……ありがとう、テイ。流石自慢の娘、私が見込んだ魔術師だわ」


 お母さまは立ち上がると、剣を地面にカツンと突く。

 その瞬間、周りの地面は抉り取られ、地面だったものは鋭利な突起へと作り変えられていく。


「油断して娘に守られちゃうなんて、親失格ね」

「私だって、もう守られるだけじゃないんです」

「言うわね。私も母の威厳を見せないと」


 剣をもう一度カツンと突くと、つくりあげた突起はに向かって飛んでいった。


「……えっ?」


 私が振り向くと、焼け縮れたフードを被る男が突起に胸を貫かれて後ろに突き飛んでいた。

 お母さまのもとへ来るまでの間、フードの男と出会ってもいなければ、倒れてもいなかったはずだ。そこにフードの男がいるわけがないのだ。

 嫌な予感がしてナイフを投げた男の方を見る。ナイフを投げた男はまだそこに倒れている――が、隣に倒れていた男はいつの間にかいなくなっていた。

 私がナイフを防いでいる間に、お母さまが立ち上がる間に、回り込んでいたのだろうか。そんなことができるわけ――いや、できる。であれば。


「本当に、あなたにはこんな経験をしてほしくないのだけど」


 戦おうとする気持ちを余所に身体は怖気づいてしまう。そんな私を見てか、独り言のようにお母さまは呟いた。

 私から啖呵を切っておいて、お母さまに情けないところを見せるわけにはいかない。

 震える手を握りしめながら「止まれ」と念じる私の肩に、お母さまはポンと手を乗せる。


「テイ、おそらく動けるのはあのナイフを投げた男だけよ。他は後ろの奴と同じように心臓を貫いているから。こいつらだけは焼いていたのよね」

「……足を引っ張らないように、頑張ります」

「あら、守ってくれるんじゃなかったの?」


 目線だけを私の方へ向けて、お母さまは二ッと笑う。私を励ますように。私が自信を持てるように。


「今頃騎士たちも騒動の中心がここに移っていると気づくでしょう」

「そういえばヴィルト騎士団長が向かっているって……」

「やっぱりね。もうちょっと早く来てほしかったけれど」


 お母さまは剣をカツンと突いて、再び突起を作り上げていく。


「それじゃあテイ?ヴィルト騎士団長が来たら、必ずここから逃げること。それを約束してくれるなら――」


 剣をフードの男に向けて、突起を発射した。


「お母さんを守ってちょうだい?」



***



 手を前にかざして氷の盾を作る。

 お母さまが突起を放った瞬間、フードの男は横に飛んでナイフを構えていた。私がいるとはいえ、一度負けたお母さま相手にこのまま突っ込んでくるとは思えない。おそらく次にあいつはナイフを投げてくるはず――


(――きた!)


 飛んできたナイフを盾ではじく。盾の強度に問題はなく、相手の動きも身体強化の魔術を使えば目で追える。


(大丈夫、冷静に対処できてる。落ち着いて、落ち着いて――)


 四方八方からお母さまを狙うナイフをはじき続ける。

 その間、お母さまは何やらぶつぶつと呟きながら剣を構えている。確実にとどめを刺すための魔術を用意しているのだろう。私が守ってくれると信じながら。

 期待に応えるためにはじき続けたナイフの一つが私の頭上に飛んだ瞬間、展開は変わった。

 男は空中のナイフに向かって飛び上がり、一瞬で私の頭上にまでやってきた。


「どんな動きだ……っ!」


 空中でナイフを拾い、そのまま私の頭めがけてナイフを突き下ろす。


(やっぱり狙いは私……!)


 体重をのせられたら氷の盾では防げないと判断して、後ろに飛ぶ。地面を抉るほどの一撃が、さきほどまで私がいた場所に突き刺さった。

 ――冷や汗が流れる。でも、それを気にしている余裕はない。男はすぐに追撃の構えへ入っている。

 足元に落ちているナイフを拾い上げて構える。なれない武器で正面から受けるのは得策ではないことは百も承知。それなら、予想もできないような不意打ちをするしかない。


「くらえ!」


 走り迫る男にナイフを投げつける。当然のようにかわされて、男は的確に私の喉を狙った突きを放つ。そのナイフを氷の盾で受け止めた後――


「凍れ!」


 氷の盾からナイフを伝って男の腕を凍らせていく。

 凍らせられる距離には限度はあるし、動くものを一瞬で固められるほどの強度はない。

 それでも、隙を作るには十分だ。


「あっち、いって!」


 身体強化を込めた渾身の蹴りを男の腹に叩き込んで、突き飛ばした。狙った先は、お母さまが剣を構える先だ。


「完璧よ、テイ。やっぱりテイの魔術は最高ね!」


 お母さまは目の前に突き飛ばされてきた男に剣を向けると、その先に水の塊を作り出して男を包みこむ。次の瞬間、水の塊は氷の塊に変わり、男は氷の中に捕らえられた。

 お母さまは氷の塊に歩み寄って、その中心を剣でカツンと突く。すると、剣を突いた部分だけが溶けだして、氷の塊はドーナツのような形へと変わった。

 溶けだした穴の中心にあるのは、氷に捕らえた男の胸部。


「テイ、目を瞑っていなさい」


 すぐに何をするのかを理解できた。

 誰かを守るために誰かを殺すことを覚悟していたとはいっても、目の前で惨い死にざまを見たいわけではないし、できるものなら見たくはない。

 私は言われたとおりに目を瞑る。

 数秒もすれば、すぐにお母さまの「もう大丈夫よ」という声が聞こえた。

 目を開けると、濡れた地面の上で横たわる胸に穴を開けた男の姿があった。


「テイ……」

「……大丈夫、です。私も、アンキテカですから」


 心配そうにのぞき込むお母さまに、私は無理やり笑って見せた。

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