第9話

 まずこの計画にアリシアの両親である公爵と公爵夫人がいては不都合。


 そのためにアリシアの両親は視察旅行として屋敷から離れてもらう。アリシアと共に。


 そしてもし死んだことになれば、警察が自白剤を持って事情聴取に来る。


 作戦にぜひ参加したいと手を真っ先に上げたステーシーには2階の窓から黒い影を見てもらう。


 3日後に庭師を呼ぶことを決め、その2日後にセシル側の人間であるモーリッツが縄からアリシアのドレスを着た岩袋を下ろす。


 岩は崖から落とし、モーリッツは作戦通りの記録を作る。


 すると予定通り屋敷には警察がやって来た。


 自白剤を飲んだステーシーはありのまま話す。


 次に狙われるのはジョージだろう。予想通りジョージも自白剤を飲んで事情聴取を受けた。


 しかしジョージは解雇されてから何も知らされていない。だから警察が欲しい情報はほとんど出てこない。多分、同じ頃解雇された者の話くらいは出るだろう。


「そこまでの間に時間をかけることによって王子が動くことを私たちは望んでいました。そして計画通り王子がアリシア様の様子を聞きに行ってくれました」


 ダフマンはゲームに大敗したかのように悔しそうな顔になる。完璧ではないこの事件には不自然な点が多かった。


 まず誰もアリシアに恨みを持っていなかった。悪い噂もなかった。そしてダフマンはこれまでの事情聴取で気が付かなかったが誰も“殺された”とか“死体”と言った言葉は言っていなかったのだ。


 皆の話を聞いて勝手に黒い影を首吊りされた令嬢と前提に考えて行動してしまった。怪しいと思った目線からは怪しいと思う考えしか出てこない。


 そこに徐々に明らかになる屋敷の状況にダフマンはようやく変だと気が付き始めた。


 鑑識の記録に絞首の殺人と書いてあったばっかりに死体も見ていないのに殺人事件として話を進めてしまった。


 死体も犯人もいない事件。


 そこでモーリッツとセシルの関係を掴み、ダフマンの疑念が核心に変わった焼却炉。ドレスの切れ端をわざと挟み誘い込んで、死体が無いことを強調する。


 それを見たダフマンがようやく死体が無いことを理解した。初めからこれは殺人事件事件ではなかった、騙されていたと気がついた。


 そしてダフマンが気がつくように少しずつ巧妙にこの計画のほつれを見せていきそれに気がついたときにはもう遅かった。


「そして私が殺人事件だと勘違いして、あなたの思い通り、王子に“アリシア令嬢が殺された”と伝えてしまう⋯⋯まんまと同じ船に乗せられたのですね」

「まっ待ってください。今からでも真実を公表すれば良いのではないですか?」


 キールがダフマンとセシルの間に入る。ダフマンは苛ついた声で答える。


「王子に無能な我々が殺人事件だと勘違いしてそう伝えてしまいました。そしてそのアリシア令嬢は行方不明だと伝えるのか? それこそ警察内部で消されるぞ」


 ダフマンは口を尖らせている。セシルは目を細めた。


「それならまだ、未解決事件とした方が良いかもしれませんね。警部さんたちは殺人事件として話を通して行方を捜していると言ったほうが良いですわよね。ご安心ください。私がロイ様と結婚出来た暁には本当のことをお話して警部さんたちには協力してもらったとお話しますから」


 ダフマンは王子に殺人事件だと言ったばかりに犯人を探すどころか、アリシアたちを誰にも見つからずに国外へ出す手伝いをしなければならなくなった。


 ダフマンは悔しそうな目でセシルを見つめると、穏やかに見えるその瞳からは獲物の喉元に食らいついたかのような余裕のある目だった。


 それを見たダフマンは目の前のおしとやかな令嬢の手の上で転がされて、悔しい気持ちもあった反面、そんな頭の回る強かな方が国を担ってくれたら安心だなと思った。

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