第5話

「アリシア令嬢は誰かに反感を買うことはありませんでしたか?」


 ジョージは顔を上げると怒った顔になっている。殴りかかってきそうな雰囲気だと感じた。


 それを見てダフマンとキールは身を固くする。


「いません。聞いたこともないです。私もアリシア様にそんな感情を抱いたことは一切ありませんし、そんなことする人がいたら許しません」


 それは穏やかな物言いだったが、その身にまとう雰囲気は獅子そのものだった。隙を見せれば喉元を食いちぎられそうなほどの気迫があり、静かな怒りに満ちている。


 キールはペンを置くと頭を下げた。


「あくまでも調査の一環でしたが、気を悪くさせてすみませんでした」


 身分やこちらの肩書を無視して目の前の相手に誠意を持った対応ができる、この男のこういうところは見習いたいとダフマンは思った。


 ダフマンは空気の流れを変えるためにも別の質問に変えた。


「先程ジョージさんは同じ頃、アリシア令嬢の従者たちが大量解雇されたと言いましたが、どなたかご存知ですか?」

「えぇ、でもステーシーの方が詳しいと思います。他の侍女や従者とかなり仲が良かったので⋯⋯」


 それを聞いたキールはメモ帳から顔を上げた。


「そういえば、ステーシーさんと最後に会ったのはいつですか?」

「先週末ですね。ちょうどお休みが取れたようで家に帰ってきました」


 ダフマンはキールに目配せをして内容を掘り下げろと合図をする。キールは合図に頷いてペンを一度メモ帳にちょんとつけた。


「その時妹さんはどんな様子でしたか?」

「少し気を落としていました」

「それはどうしてですか? どんな会話をしましたか?」

「仲が良かった侍女たちがいないのが寂しいようで、“屋敷ががらんとしている”とかこぼしていましたよ⋯⋯」


 ダフマンは腕を組んでじっとジョージの方を見た。すると視線を感じたジョージがダフマンを見た。


「単刀直入に伺います。これだけアリシア令嬢の周りの者が解雇されましたが、なぜあなたの妹さんは解雇されなかったのだと思いますか?」


 ジョージは視線を外した。なぜかという問いの答えを考えているのだろう。自白剤はまだ効いているはずだ。


「⋯⋯妹はこれだと決めたことは絶対に譲りません。まぁ、私も同じですが⋯⋯その頑なな想いがアリシア様に届いたのだと思います」

「⋯⋯ありがとうございました」


 ダフマンは深くお辞儀をした。それは事情聴取を終わる合図だった。



 ダフマンとキールがジョージを馬車から出るのを見送っている。馬車の扉がもう一度閉まると王都の方へと帰っていく。


 ダフマンはキールの方を見る。ステーシーの話とジョージの話を総合すると、アリシアは皆から慕われていたようだ。


 特にあの兄妹が顕著だろう。


「ステーシーかジョージのアリシア令嬢に対する逸脱した愛かもしれませんね。

 それかジョージが解雇されたことによって忠誠心を閉ざされたことを逆恨みしてアリシア令嬢を殺したとも考えられますね」

「そして、兄を慕うステーシーは現場検証を遅らせるために5日間も黙秘し続けたと言うのはあり得るな。愛か憎悪か」


 あの兄妹にただならぬ歪んだ愛があれば、サイコパスのように殺して自分なりに納得した永遠の愛を得ることも考えられる。


 それか凡庸だがジョージの怒りに対する視線は並々ならぬものではなかった。あるきっかけで爆発して勢いで殺してしまうのはあり得るかもしれない。


 他の選択肢はないか⋯⋯。


「キール、解雇された従者を何人か事情聴取しよう」

「はい」

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