第34話 最終話
「おまえは獣人だな」
「意味がわかりません」
アレキサンダー王太子の目の前にグレイ王子と並んで座り、私はしれっと嘘を付く。
「……まぁ、いい。もう研究は助手に引き継いで、僕は王太子業に専念することにしたからな」
「へえ」
正直、私に興味をなくしたのなら、王太子が何をしようとどうでも良い。気になることといえば、ニーナのことだけだ。
「ジスロ公爵令嬢は、どこまで白状したんですか?」
「何も」
「何も!?それじゃあ彼女の罪は?」
アレキサンダー王太子は机の上に、一束の書類を投げ出した。それは、サリーア様の部屋から盗み出したあの書類で、さらにはあの隠し引き出しに入っていた他の種類まであった。
「これだけ証拠があれば、さすがに無罪にはできないだろう。どうやってこの書類を手に入れたとか、これらが隠されていた場所をどうやって知ったかは知らないがな」
「優秀な間者がいるもので」
グレイ王子はしれっとした顔で言う。どうやら、これらの書類の存在をアレキサンダー王太子に知らせたのはグレイ王子のようだ。サリーア様を守る為に、アレキサンダー王太子がこれらの書類を隠蔽するとは思わなかったのだろうか?
「それにしても、貴族達がこれほど腐敗しているとは……。しかも、それを罰し教導しなければならない立場の公爵家が、それを脅しのネタに使うなんて、あってはならない。それに気づかずに、自分の趣味に没頭し、王太子としての義務を疎かにしていた僕にも責任がある」
変態王太子が、なんかマトモな発言をしだしたよ。と思ったら、続いた失言に殺意がわいた。
「まさか、ハズレ王子の三男に説教されて気付かされるとはな……って、おまえの婚約者から凄まじい殺気を感じるんだが?!」
「グレイ様は、あなたなんかよりも何百倍も優れていますから」
「違いない。だから、そんなに睨むな。仮にも僕は王太子だぞ。まあ……いい。この書類、これだけではサリーアの罪の全てを確定するには足りなかった。しかし、その一つ一つを綿密に調査したのは、グレイが主導して作った調査機関だ。自分の義務を果たしてこなかった僕より、ずっとグレイの方が優秀だ」
忙しくしていたと思ったら、そんなことをしていたのか。婚約してから、私も貴族教育を引き続きアンネロッテ様とターニア様から受けていて、昼間はグレイ様に会うことはなかったから全然知らなかった。グレイ王子は、褒められ慣れていないのか、居心地悪そうに咳払いをした。
「別に、国の為とか、腐った貴族達を断罪しようとか、 義侠心から行動したわけじゃない。ジスロ公爵令嬢の罪を確定しなければ、ステラの願いが叶わなかったからしただけだ」
「この女の願い?」
この女扱いですか……。一応、あなたの弟の婚約者なんですけどね!しかも、理由は獣人の研究の為とは言え、一度は私を王太子妃の一人にしようとか考えてませんでしたっけ?王太子妃なんかなりたくないから、どうでもいいんですけど!
「ステラ、また考えていることが声に出てるぞ」
フンッ!とそっぽを向いた私の髪の毛を撫でながら、グレイ王子は「少し落ち着け」と宥めてくれる。その私に向けたグレイ王子の顔を見て、アレキサンダー王太子は驚いた表情になる。
「……おまえにそんな顔もできたんだな。いや、いい。おまえの婚約者の無礼は言及しない」
されても全然かまわないけれどね!
あっ、また声に出てた。ま、いっか。
撫でてくれるグレイ王子にゴロゴロすり寄っていると、アレキサンダー王太子は深いため息をついた。
「で、この女……というか、名前を知らないのだから、この女でもしょうがないだろう。あー、ステ……ステラだったか?」
「エステルです。愛称呼びはグレイ様だけしか駄目です」
「はいはい、で、エステルの願いって」
アレキサンダー王太子は面倒くさそうに手を振った。
「ステラの友人である侍女が、ジスロ公爵令嬢に罪をなすりつけられて、毒を盛られたんだ。その侍女が冤罪であることを証明するのが、ステラの願いだったから。他はついでだ」
「ああ、……もしかしてニーナか。では、弔い合戦だったのか」
「弔い?ニーナは生きてますよ」
「えっ?」
自分が解毒したことも、仮死状態にしたことも内緒にして(だって薬の話をしたら、また研究に気を向けるようになるかもしれないから)、サリーア様に狙われることがないように匿ったんだと話す。
「そうか、彼女はかなり優秀な人材だったから生きていて何よりだ」
「ニーナの無罪は証明できましたよね。じゃあ、仕事に戻れますよね!」
「ああ、もちろんだ」
「やった!」
グレイ王子に抱きついて喜ぶと、グレイ王子も抱きしめてくれる。グレイ王子、大好き!
「俺も好きだよ」
耳元で響く低い声に、お腹がズクンと疼く。
「……おい、ラインハルト化するなよ」
「ラインハルト化って?」
「女好きが過ぎることだ」
「大丈夫ですよ。グレイ様は女全般が好きなわけじゃありませんから」
「ああ、ステラだけだ」
アレキサンダー王太子は嫌そうな顔になり立ち上がる。
「これ以上おまえらに付き合ってられん、帰る」
「別に呼んでませんよ?」
そう、グレイ王子の執務室に勝手にやってきたのはアレキサンダー王太子だった。勝手に居座って、私を呼び出しておいて、私達につきあってられないとか、全くもって意味がわからない。
アレキサンダー王太子は扉の前まで歩いて行くと、振り返ることなく立ち止まり、数秒動かずにいた。
「……サリーアは、いや、ジスロ公爵令嬢は南方の国の百十五番目の妃として嫁ぐことが決まった」
「百……、その王様、ラインハルト王子以上の女好きじゃないですか」
色んなところで引き合いにだされるラインハルト王子だが、それだけ剣を握るよりも女性の肩を抱いている時間が長いのが事実なのだからしょうがない。
「いや、実際の王は男色家だとか」
「えーと、つまり?」
趣味嗜好をどうこう言うつもりはないが、それならば百十五人目の奥さんを迎える意味がわからない。百十四人は男性なんだろうか?
「いや、妃はみな女性で、色んな国でやらかした高位女性達だ。罰を問うには身分が高過ぎるが、国に置いておくには支障がある。そんな女性を高い持参金付きで引き取り、妻という名前でただ働きをさせるようだ。もちろん、その持参金を払うのは公爵家で、資産のほとんどをもっていかれるだろうな」
アレキサンダーは扉に手をかけた。
「本来なら死罪もあり得る……ところだったが、彼女ばかりの罪ではないということで、今回の処罰となった。ニーナには、十分な損害賠償を行った上で、職に戻るつもりがあるのならばもちろん受け入れるし、そうじゃないのならば、責任を持って僕が推薦状を書こうと思う」
「わかりました。ニーナのこと、よろしくお願いします」
アレキサンダー王太子がもっとしっかり王太子としての自覚があって、さらにはきっちりと王太子としての役割を熟していたら、サリーア様がここまでの悪事を働くこともなかったということらしい。自分の不甲斐なさを自覚しての処罰となったことを、実際に命を狙われた私に説明に来たというのが、今回の訪問の意図だったようだ。アレキサンダー王太子は、普通の人間ならば聞こえないくらい小さな声で「すまなかった」とつぶやき、執務室を出て行った。
私としては、ニーナが戻ってこられれば問題ないし、何が何でもサリーア様を死罪にしたいわけではないから、今回の処罰に異議を申し立てることはなかった。他の被害者、特に一番の被害者であるニーナもこれを受け入れたことで、サリーア様の処罰は確定し、粗末な護送車と、持参金を積んだ荷馬車数十台が数日中にノーデンゲイル王国を後にした。
また、サリーア様に悪事の証拠を握られていた多数の貴族も処罰を受けたり、王宮人事が一新したりした為、グレイ王子の臣籍降下は見送られることになってしまい、しばらく王太子補佐官として働かされることになった。
私はグレイ王子の婚約者として、貴族教育にプラスして、なぜか王子妃教育などという不必要なことまでやらされることになり、教師から逃げる為に頻繁に獣化しては、執務中のグレイ王子の膝の上で微睡むことが日課になった。
何か忘れているような気もするけど、今の私はすこぶる幸せだからまぁ良いとしよう。
★★★第一部 完
ハズレ王子の溺愛子猫は私です 由友ひろ @hta228
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