第33話 婚約祝賀パーティー
やばい!笑顔が引き攣って、今にも大暴れしそうなくらい不愉快なんだけど。
「いやぁ、グレイ殿下も身の程を弁えた、良い選択をなされた」
「全くです。準貴族の娘を婚約者にするとは、まさに身を持って王家への忠誠を示されたようなものだ。ご結婚なされた暁には、臣籍降下なさることを宣言なさったのも、素晴らしい心意気だ」
「その通りですな。やはり、王家はより高貴な血筋を引き継いで行くものですから」
グレイ王子を褒めているようで貶しているのは王太子派の貴族達だ。グレイ王子が祝賀パーティーの始まりの挨拶で、婚姻後は王族の位を返上することを宣言したことを、第一王子派の貴族にわざと聞かせるように、大声で話していた。
「いやいや、グレイ殿下は争っても無意味だと理解なさっているだけだよ。王たる資質とはなんぞやというのをご存じなんだ。血筋だけではなく、王たる資質王たる威厳を兼ね備えている者こそ、本来は立太子されるべきなんだよ」
「それと、有事に国を守る力も必要だ。王国騎士団を統べる実力のある武の王こそ、国王になるのに相応しい」
「何を言う!この平時に武の王など必要ない!王太子殿下が寝食を惜しんで研究なさった薬で、どれだけの国民が救われたことか!国王に相応しいのはアレキサンダー王太子殿下だ!すでに立太子されているというのに、何をまだごちゃごちゃと!国王陛下の決断に不満があるとは、なんて不敬な奴らだ」
王太子派、第一王子派に分かれて言い合いを始めた貴族達に、いい加減腸が煮えくり返った私は、ダンッと足を踏み鳴らした。そして腕を組み、貴族達を睨みつける。
「どっちも不敬だっての!祝う気がないなら出て行きなさいよ」
貴族の一人が、「生意気な小娘が!」……と言いかけて、これがなんのパーティーか思い出したのか口をつぐんだ。ふん!その小娘は第三王子の婚約者だからね。
「ずいぶんと勇ましいな」
貴族達の後ろから、サリーア様をエスコートした王太子がやってきた。グレイ王子が私の腰に手を回し、王太子と対面する。
「ゲイリーに伝言をしたはずだが」
「ああ、祝いの言葉をわざわざどうも」
グレイ王子とアレキサンダー王太子が睨み合う中、サリーア様が自然な様子で私の前に歩み寄った。
「はじめまして、この度はご婚約おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「あなた、お見合いパーティーにはいらっしゃらなかったわよね?グレイ様とは、どのようにお知り合いになられたの?その美しい黒髪で魅了したのかしらね」
サリーア様は侍女に合図をして、飲み物の乗ったワゴンを持ってこさせた。
「さあ皆様、グレイ第三王子殿下とご婚約者様を祝福し、乾杯いたしましょう」
ワゴンの中に一つ、手前に置かれているものが私の嗅覚に引っかかった。上質なワインの香りに隠れているが、ワインとは異なる匂いがした。
毒……だな。
まさか、こんなに早く狙われるとは思わなかった。私がグレイ王子に目配せすると、王子は軽く頷いた。
「グレイ王子、婚約者様、どうぞこちらを」
サリーア様は、無造作を装ってグラスを二つ手に取ると、毒入りのグラスを私に、ただのワインのグラスをグレイ王子に差し出した。
「悪いが、赤ワインは俺もステラも苦手なんだ。ステラ、これを」
すぐ横を通った侍従の盆の上からシャンパングラスを二つ取ったグレイ王子が、私にグラスを差し出す。両方向から差差し出されたグラス、私は迷うことなくグレイ王子の手からグラスを受け取った。
「アレキサンダー王太子、サリーア様のくださったワインをお取りください。お話は乾杯の後で。皆様もワインをお取りください」
私達はノータッチですアピールに、両手でシャンパングラスを持って言う。下手に触って私が毒を入れたんだとか言われても困るしね。ワゴンのグラスはあっという間に全てなくなり、自分で乾杯を言い出したサリーア様は、今さら乾杯の撤回もできなければグラスを取り替えることもできなくなる。
「あ、実は私もワインは得意では……」
「ふん、早く寄越せ!これを飲んだら話をするんだな」
アレキサンダー王太子は、サリーア様の手からグラスを奪い取った。しかも、それは私に渡そうとしていた毒入りのグラスで……。
乾杯の合図もなくグラスをあおってしまう。
「「「あっ!」」」
誰も止める余裕なんかなく、アレキサンダー王太子の喉仏が上下に動き、ワインを嚥下したのは見てとれた。
「アレク!吐き出してください!!駄目です、飲み込んでは!」
サリーア様がワイングラスを叩き落し、アレキサンダー王太子の両腕をつかんで揺さぶる。
「何を……」
アレキサンダー王太子はさも嫌そうにサリーア様を引き剥がそうしたが、すぐに喉の焼け付く感じに床に膝をつき喉を掻きむしる。
「アレク!殿下!誰か医師を!殿下が毒を飲まれました」
「ど……毒!?」
グラスを持っていた他の貴族達が、慌ててグラスをワゴンに戻す。ワゴンを押していた侍女は、真っ青になって力が抜けたように座り込んでしまい、そこを王太子の護衛に取り押さえられた。
「毒だってよくわかりましたね」
「何を……、殿下の様子を見れば……」
「口にした途端、吐き出すように言っていませんでした?」
「私は、あなたが何かしたのかと……」
「私がグラスに触れていないことは、この場にいる人が証言してくれるかと思いますけど」
異変に気がついた侍従が宮廷医を連れて来た。宮廷医はアレキサンダー王太子を床に横たわらせ、その首元に手を当て脈を診ている。
毒だとすると、一般的にはまず吐き出させることが大事だが、それと同時に毒の種類を特定して、どれだけ早く解毒薬を投与できるかに生存率がかかってくる。宮廷医は新米医師なのかワタワタしていて、王太子が倒れた原因も診断できていないようだ。
「もしサリーア様のおっしゃる通り毒が原因でお倒れなら、あんなに何度も脈を測り直すんじゃなく、一刻も早く解毒させないとなんじゃないんですか?でも、毒の種類がわからないと解毒薬も用意出来ないだろうし、あの医師じゃ症状から特定するのは難しいでしょうね。毒を入れた本人が自供すれば、話は早いんでしょうけど」
実際には、サリーア様の仕入れた毒草の中で毒性の強い物については解毒薬を用意して仕込んである。ワインの匂いと、アレキサンダー殿下の症状から、使われた毒草もだいたい目星がついていた。ただ、これをすぐにアレキサンダー王太子に使ったら、言い訳が面倒そうだから、いざという時までは出すつもりはなかった。
「大変だ!王太子殿下の脈が触知できない!誰か、心肺蘇生法の補助を!」
宮廷医が大慌てで王太子の上に馬乗りになり、心臓マッサージを開始する。王太子は「ウゲッ!」と呻いてピクピクしているから、脈はちゃんとありそうだ。
「ちょっと退いて!!」
サリーア様はポケットから取り出した瓶の蓋を取ると、一気にあおって瓶を投げ捨て、アレキサンダー王太子にキスをした。王太子がゴクンゴクンとサリーア様が口移しで与えた液体を嚥下していく。
グレイ王子は、アレキサンダー王太子が飲んだワインの入っていたグラスと、サリーア様が投げ捨てた瓶をハンカチにくるんで拾うと、それを侍従に手渡した。
「何をする!」
無事(?)息を吹き返したアレキサンダー王太子がサリーア様を突き飛ばし、突き飛ばされたサリーア様は尻餅をついた。
「アレク!」
「この苦味はタキツバタか。……おまえ、僕に毒を盛ったのか」
「違う!違うんです」
「では、解毒薬としてタキツバタを使ったということか」
サリーア様は、この問いには答えずに唇を噛み締めてうつむいた。それは言葉なく肯定を意味していた。
さすが色んな薬を研究しているだけある。アレキサンダー王太子は口に残った味から、何を飲まされたのかを言い当てたようだ。
タキツバタとは、紫の小さな花をつける雑草のような植物で、その根を煎じて飲むと麻痺作用があった。小動物ならば心臓まで麻痺して殺すこともできる毒物だが、人間が飲んでも多少痺れが出るくらいで、死に至るような毒物ではない。そして、タキツバタはある毒物と一緒にとると、お互いの作用を打ち消すことは知られており、ある特定の毒物の解毒剤として知られていた。
「サリーア・ジスロ公爵令嬢を捕らえろ。王太子の毒殺未遂の容疑だ」
「アレク!私が……私が、あなたを殺そうとすると、本当に考えて?」
アレキサンダー王太子の護衛騎士達がサリーア様を取り囲み、「失礼します」と紳士的にではあるがサリーア様を拘束する。
「事実として、君が用意した毒物が僕の口に入ったんだろう。今日限り、君を婚約者候補から外させてもらう」
「……なんでですの!?私は、今まであなたの為に全てを犠牲にしてきました!研究にしか興味がなかったアレクが、王太子として確固たる地位を築けるように、粉骨砕身尽くしてまいりましたのに……」
サリーア様は涙をボロボロと流しながら、私に怨詛のこもった視線を向けた。
「なぜあなたなのですか!女性に……人間にすら興味を示さなかったアレクが、なんであなたなんかを……」
研究対象だからじゃないですか……とは言えず、会場から連れ出されるサリーア様を無言で見送った。
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