第29話 閃いた!
やっぱり、怪しく思われたのかな。後をつけられている。ただ、私をつけているのが、サリーア様の後ろについていた侍女だからか、本人は隠れながらついて来ているつもりなんだろうけれど、あまりにバレバレだ。
知らない侍女だから、見習い侍女の教育係の中にはいなかったと思う。あまり侍女同士の交流を持たないようにしていたから、顔見知りの侍女なんかそういないんだけどね。
階段へ繋がる角を曲がるとすぐに、私は階段の手摺を飛び越え階下へ飛び降りた。けっこうな高さがあったが、百点満点の着地を決める。そのまま近くの部屋に隠れて、聴覚をしっかりと研ぎ澄ませて周りの音を拾った。しばらくすると、バタバタと走る音がして、部屋の前を誰かが小走りで通る。こっそり扉を開けて覗くと、さっきの侍女が角を曲がって消えた。それを確認してから、私はエプロンの下に紙袋を隠して部屋を出た。そのまま何食わない顔をして、グレイ王子の執務室へ向かった。
扉をノックすると、グレイ王子の専属執務官が出迎えてくれる。
「王子は談話室でお待ちです」
「談話室ですか?」
「はい。婚約者候補のお二人とお茶をなさってます」
私が危ない思いをしている時に優雅にお茶なんて!……とは思わないわよ。だって、私がアンネロッテ様の部屋に戻りやすいように、アンネロッテ様を部屋から呼び出してくれたんだろうから。
談話室に行くと、グレイ王子は無事に戻ってきた私を見て走り寄って来た。
「ステラ!」
ギュッと抱きしめられて、私はその匂いに顔を擦り寄せた。人前で恥ずかしいとか、婚約者候補者様達がいますよ……とかはない!だって、グレイ王子の匂いは私にとってはマタタビと同じなんだから。スリスリとしていると、数分後「ううん!」と咳払いされた。
「王子、エステルさんが可愛いのはわかりますが、節度はお守りください。それでエステルさん、あの子猫は無事に戻ってきたんでしょうか?明け方まで様子を見ていたのですが、ベランダに戻ってこなくて」
アンネロッテ様の顔を見ると、やや目の下のお化粧が濃いように思われた。美容の為に睡眠はたっぷりとらないとと言っていたアンネロッテ様が、
「はい、無事に戻ってきました。それで、サリーア様の部屋から子猫がこれを盛ってきました」
私はエプロンの下から紙袋を出して、毒をやり取りした証拠書類を取り出した。
「これはまた、随分と色んな種類の毒を購入してますね。死に至る猛毒から、お腹を壊すくらいのものまで。これなんか、塗ったら毛根が死んでしまうやつですね。……もしや宰相様のあの頭は!?」
ターニア様が書類に目を通しながら言う。さすが博識のターニア様、薬草学にも長けているようだ。確かに書類の中には、脱毛に役立つ薬草の名前もあった。獣人の中には、豊かな体毛を持つ者や、華やかな色彩の体毛を持つ者が美しいとする種族もいるから、この薬草は獣人達には嫌われていて、これが生えている場所には獣人は近寄らない。嫌な奴を撃退する為に、家の周りにこの草をわざと植えたりして、母さんに嫌な顔をされたりもしたものだ。
「あれは急激に禿げたんじゃなくて、ジワジワと薄くなって今の状態になったから、その薬草とは無関係なんじゃないか」
昔から宰相を見ていたグレイ王子の証言で、サリーア様の余罪が一つ棄却された。
「グレイ様は、あの鬘の下を見たことはお有りですか」
宰相の鬘は誰もが知っていることではあったが、その実状を知る者はいなかった。アンネロッテ様も、宰相の鬘の下が気になるようで、興味津々に身を乗り出して聞いた。
「かぶり始めてからは、残念ながら見たことはないな」
「私は、てっぺん禿げだと思いますの。全部ツルツルなら、鬘も滑り落ちてしまうんじゃないかと思いますし」
「額が後退する禿げかもしれませんよ。記憶にある昔の宰相様は、剃り込みがきつかった気もしますから」
「まあ!ターニア様は記憶力も素晴らしいのね。私は宰相様の若い頃なんか、全然記憶にないですわ。美しくないものは、なるべく視界に入れないようにしていたせいかもしれませんけど」
そこそこ酷いな、アンネロッテ様。
「話がずれたな。宰相の頭事情はおいておいて、この書類にはジスロ公爵令嬢の実印が押してあるし、彼女が毒を購入した証拠にはなるが、実際に使用したと断罪するにはあまいな。何しろ、購入した毒薬が多過ぎる。たまたま今回使用された毒草が入っていただけだとしらを切り通されたら、それを証明するのは難しい。ニーナの件にしても、第三者の証言がないと、渡された、渡してないの水掛け論になるだけだ」
毒は使いようによっては薬になる。婚約者候補として、アレキサンダー王太子の研究の手助けになるかと思って購入したんだと言われれば、アレキサンダー王太子が薬の研究をしていることは周知の事実だから、サリーア様が毒殺を目論んだ証拠としては弱いかもしれない。
「それに、ニーナさんは王太子付き侍女でしたね。彼女の毒草の入手経路はいまだにわかっていないとされていますから、ジスロ公爵令嬢は購入はしたがニーナさんに盗まれたんだとでも言いそうですわ。こういうのは、現行犯で捕まえるのが一番なんですけど……」
ターニア様の発言で閃いた。サリーア様は、アレキサンダー王太子が私を探しているって理由だけで、私のことも始末したがっていたっけ。つまり、私が彼女の前に現れたら、私に何か仕掛けてくるんじゃないかな。
「それは駄目だ!」
グレイ王子が私の肩を掴んで言った。
あら、また声に出てたみたい。
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