第27話 犯人は?3

 し……死ぬかと思った。


 ベランダによじ登った私は、まずは窓から中を確認した。カーテンの隙間から見た中は真っ暗だけれど、私の目にはしっかりと見える。ベッドの上には、寝相よくサリーア様が横たわっていた。彼女は寝付きが悪く、睡眠薬を飲んでいると前にニーナから聞いたことがあった。しかも、かなり副作用が強い薬だから、代替になるような健康被害の少ないものはないかと相談を受けていた。

 私は催眠作用作用のある野草茶を勧めたが、果たしてそれを飲んでいるだろうか?あれは、飲むとすぐに効果が表れるが、切れるのも早いので、物音をたてたら目覚めてしまう恐れがあった。

 しばらくサリーア様を見ていたが、その呼吸が深くゆっくりと落ち着いていることから、侵入するなら今だと思い、窓を軽く引っ掻いてみた。窓は案の定開いていなかったが、視線を上に上げると、その上にある小窓は通気の為に開いているのが見えた。私は窓枠を伝って壁をよじ登ると、小窓から顔を出した。

 顔さえ通れば、通るのはわけないのよ。

 小窓をくぐり抜けて床に飛び降りる。毛足の長い絨毯のおかげで、着地は無音ですんだ。


 ベッドに飛び乗り、サリーア様の口元に鼻を寄せる。私が教えた野草茶の臭いがしないから、睡眠薬を飲んで寝ているのだろう。効果は抜群だし、副作用もないんだけれど、ただの野草を煮込んだ渋いお茶だもんね。公爵令嬢が口をつけるのには、抵抗があったのかもしれない。もしくは、自分が毒殺した(と思い込んでいる)侍女からすすめられた物なんか口にできなかったのか。


 これなら、ちょっと音がしたくらいじゃ起きないだろうし、色々探しやすいかもと、私はベッドから下りて探索し始めた。と言っても、手が使えないから、匂いを嗅ぎ回るしかないんだけどね。隅から隅まで歩き回り、毒物みたいな怪しい匂いは嗅ぎ取れなかった。人化している時は嗅覚も落ちるけど、子猫の今なら嗅覚には絶対的な自信がある。


 この部屋に毒物がない。ならば、毒物をどこから仕入れたのか、それを示す書類……書き留めたメモでもいいから、証拠になるようなものはないかな。

 手が使えたら、引き出しの中とか探れるんだけど、獣化はコントロールできるようになった(ラインハルト王子のせいでね!)ものの、人化するにはいまだにくしゃみをしないといけないから、さすがに今の状況では無理だ。いくら薬で深く眠っているとはいえ、くしゃみの音で目覚めない保障もないし、万が一目覚めちゃったら……、私は真っ裸で部屋に忍び込む変態になっちゃうじゃん。


 私はベッドの下に潜り込んで朝を待つことにした。

 サリーア様が出かけたら、人化して部屋の捜索をする為に。


 ★★★


 ベッドが軋む音で目を覚ました私は、一瞬ここがどこだかわからなくて、伸びをしようとして頭をベッドの枠にぶつけてしまった。


「二(痛)」


 声が出そうになり、今いる場所を思い出して慌てて口を押さえた。


 サリーア様には気が付かれなかったようで、サリーア様の足が見え、彼女がベッドから下りたのがわかった。どうやらシャワーを浴びに行くらしく、歩きながら夜着を脱ぎ、下着を脱ぎ、絨毯に衣類が脱ぎ散らかされていく。サリーア様が浴室に入ると、そのドアの閉まる音に聞き耳を立てていたかのように、侍女が数名部屋に入ってくると、一人は絨毯に落ちた部屋着を拾い、一人はベッドメイキングをし、一人は朝食を整える。それがサリーア様がシャワーを浴びる数分の間で終了し、裸で出てきたサリーア様にバスローブを着せ、椅子を引いて朝食の席にサリーア様を誘導して朝食が始まる。


「二ャ(おー!さすが専属上級侍女!)」


 私の独り言に重なるように、カチャンと小さく食器がぶつかる音がした。


「今……何か音がしたかしら?」


 サリーア様がつぶやくと、侍女達は硬直したように給仕をしていた手が止まった。ついでに私もベッドの下で後退る。サリーア様が私の小さな鳴き声に反応したのかわからなかったから。


「も……申し訳ございません。私がお皿を片付ける時に、音が鳴ってしまったかと」


 一人の侍女が震える手を挙げて言うと、サリーア様はわざとらしく大きなため息をついた。


「はぁ……。あなた、下がっていいわ。使えない子はいらないの。二度と私の目に映らないようにしてちょうだい。カリン、新しい子を屋敷から補充して」

「かしこまりました」


 サリーア様の身の回りの世話をする専属侍女は、公爵邸から連れて来ていた。つまり、王宮の侍女ならば配置替えですんだのかもしれないけれど、公爵家の侍女だから、サリーア様の一言で彼女は職を失ってしまったことになる。


「お嬢様、申し訳ございません。次から気をつけますので、どうか……」


 サリーア嬢は侍女に目をくれることもなく朝食を終えると、頭を下げる侍女の横を無言で通り過ぎ、他の侍女に指示して支度をすませた。その間、侍女は頭を下げたままだったが、結局サリーア様が許すことはなかった。カリンの指示で他の侍女達がクビになった侍女を部屋から連れ出し、サリーア様とカリンが二人になると、カリンはサリーア様の耳元で囁いた。


「アレキサンダー様が執着している女ですが、どうやらキノロン伯爵令嬢ではなかったようです」

「なんですって?アレクが我を忘れて追いかけた女が落とした本、持ち主はターニア・キノロンだと本屋の店主が言っていたわよ。汚らしい黒い髪色の、小柄で貧弱な女よ」

「キノロン伯爵令嬢は、赤毛なんです。それに、令嬢は女性にしたらどちらかというと長身ですし」


 うん?本屋?しかも黒い髪色って……。


「ついでに調べましたところ、キノロン伯爵令嬢の侍女には、黒髪の侍女はいないようです。というか、王太子殿下の触書にも誰も名乗り出ていないですし、黒髪の女を知るという者も現れていません。王太子殿下の探す黒髪の女は、王宮内にいる者じゃないのかもしれません」

「……そうとも限らないわ。王宮の侍女は、みんなその大きな侍女帽をかぶっているじゃない。各自の髪色なんか認識していないでしょう」


 サリーア様はカリンの頭を指さした。


「それはそうかもしれませんが……。それなら、厨房侍女かもしれませんね。髪を一筋も出したらいけないのは、厨房侍女だけですから」


 私はベッドの下でべーッと舌を出す。あなたの推理はお門違いです。


「とにかく、アレク様が見つける前にその女を始末しなくては。それから、ラインハルトがあの成金侯爵家と縁付かないようにしないと」


 えっ!!サリーア様が狙ったのは、アレキサンダー王太子の探し人っていうなら私じゃん!あと成金侯爵って……、ラインハルト王子と関係ある侯爵家と言えばフロモント侯爵だろうし、フロモント侯爵家と言えばリンダ様だ。ターニア様だけじゃなくリンダ様まで……。毒を盛られたリンダ様は、今では水以外の飲み物を口にすることができなくなり、常に毒味役の侍女が口をつけた物しか食べることができなくなったとか聞いている。本人は婚約者候補を辞退したがっていても、家と第一夫人がそれを許してくれないらしい。そんな状況にしたのは、やはりサリーア様だったんだ。

 でも、なんだって私やリンダ様を?


「お嬢様、いくら第一王子殿下に資金源ができらからと言って、すでに王太子になられたアレキサンダー様の脅威にはなり得ないのではないですか?」

「あまいわ!カリン。第一王子が女好きのボンクラでも……いえ、だからこそ、彼を祀り上げて権力を手に入れようと目論む者もいるの。私は、アレク様を王にする為に、その治世を支える為だけに、今まで努力してきたわ。誰にもアレク様の邪魔はさせない!」


 怖っ!なんか、女の執念みたいなのがとぐろを巻いてサリーア様の頭上に見える気がする。リンダ様が狙われた理由はわかった。いわゆる王位継承権争い的なやつね!


 でも、じゃあ私は?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る