第25話 犯人は?

「ニーナの清拭に来ました」


 私は清拭のセットを見張りの騎士に見せ、怪しい物が入っていないかチェックをしてもらう。


「よし、入れ」


 騎士が扉の鍵を開け、重い扉を開けて私に中に入るように促した。私が中に入ると、扉が閉まって鍵がかかる音がした。


 ニーナは重要参考人として、特別牢に入れられていた。ここは牢と名前がついているが、部屋の内装は豪華な客間と言っても良いくらい立派な造りで、貴族で罪を犯した人間が裁かれるまでに入る部屋だった。窓には格子が入り、外から鍵がかけるようになっていなければ、高級な宿泊場所と言っても頷ける。


 グレイ王子に手回ししてもらい、私はニーナの世話係として、一日一回彼女の様子のチェックと、身の回りの世話をしていた。


 ニーナが昏睡状態になってから三日、そろそろ体内の毒も浄化され、目が覚める頃合いだった。父親から教わった野草の知識が正しければだけれど。

 ニーナが飲んだ……もしくは飲まされた毒草をその匂いから判別した私は、その毒を解毒する薬草をすぐに取り寄せてもらい、こっそりそれを煎じてニーナに飲ませていた。


 ベッドに近づき覗き込むと、昨日よりは頬に赤みが出たニーナが横たわっていた。


「ニーナ、ニーナ、ニーナ!」


 肩を揺さぶり、ほっぺたをつねる。両頬を引っ張って伸ばそうとしたところで、ニーナは私の手を払い除けて目を開けた。


「痛いじゃないの!あんたは普通の起こし方もできないの!?」

「ニーナ!」


 フラフラと上体を起こしたニーナに思いきり抱きつく。意識が戻るとは思っていたけれど、凄く不安だったのだ。


「ちょっ……」


 ニーナは理由もわからないまま、半泣きの私の背中に手を回して、落ち着かせるようにポンポンと叩いた。


「……体調は!?どこか痛いとこは?気持ち悪かったりしない!?」


 しばらくして落ち着いた私は、ニーナから離れて頭や体をペタペタ触る。


「しいて言うなら……空腹ではあるわね。それくらいよ」

「良かった」


 ニーナはキョロキョロと周りを見る。


「ところでここは?こんな豪華な部屋、実家にもないわ」


 私はニーナの口に人差し指を当てて、「シー」と声のトーンを落とすように指示する。


「落ち着いて聞いてね。絶対に大きな声は出さないで。ここはね、特別牢なの。……毒を飲んだのは覚えている?」

「毒?」


 怪訝そうな表情を見る限り、自分から服毒したのではなさそうだ。


「あのね、ニーナは婚約者婚約者に毒を盛った容疑者……、ううん、自白した遺書を残して服毒自殺をしようとしたことになっているから、犯人だって思われてるんだよ」

「ああ、だから特別牢。でも、私はそんなことしとないわよ」


 犯罪者に仕立て上げられたというのに、ニーナは予想以上に落ち着いていた。いつも通り、冷静で坦々としているニーナにホッとした。


「わかってるよ。ニーナはそんなことしない。倒れた時のこと覚えている?誰かに何か貰って口にしなかった?」


 ニーナは顎に手を当てて考え込む。


「……サリーア様に、疲労回復に良いってお茶をもらったわ。食後に飲むと良いって言われて、それを飲んで……から記憶がないわね」


 ということは……犯人はサリーア様?でも、なんでラインハルト王子やグレイ王子の婚約者候補者に毒を盛る必要があったんだろう?王太子の婚約者候補者を狙うならまだしも。


「そのお茶をサリーア様から貰ったって、証明できたりする?他の侍女とか」


 ニーナの倒れていた私室には、彼女が服毒した毒の痕跡がなかった。毒を入れていた容器もなかったから、犯人により茶葉もカップも回収されたのだろう。サリーア様が自らそんなことをするとは思えないから、サリーア様の手足になって動く人物がいるようだ。


 ニーナは少し考えた後に、首を横に振った。


「いないわ。もしいたとしても、誰も証言はしないんじゃないかしら」


 サリーア様の実家は公爵家で、貴族の中では最高位の家柄だ。しかも王族との関係も密で、ジスロ公爵の弟、つまりサリーア様の叔父があのハゲヅラ宰相でもある。そんなパワフルな実家をバックに持ち、国内王太子妃ランキング一位を独走するサリーア様を敵に回し、しがない男爵位の王宮侍女であるニーナの味方をする人間なんかいないと、ニーナは言っているのだ。


 確かに、そんな人間はいないかもしれない。でも、私は人間じゃないもんね。


「誰も証言しなくても、証拠を見つけちゃえばいいよね」

「証拠を見つける前に、私は有罪にさせられて処刑されるわ。もしくは、私に罪を着せようとした人物に消されるでしょうよ」

「そう、それよ。それが問題なの。証拠を探す時間が必要なのに、時間が足りない。そこで……」


 私はゴソゴソとスカートをめくって、隠していた小瓶を取り出した。


「あんた、またそんなところに……」


 小瓶の中には、私が調合した仮死状態になる薬が入っている。これは、生命活動を極限まで減らし、一見死んだように見せることができるというもので、本来は冬眠できない獣人が冬眠する為の薬だ。


「これを飲めば死んだふりができるの。飲んで」

「……はぁ」


 ニーナは私から小瓶を受け取ると、グイッといっきに飲み干した。毒を飲まされて殺されかけたというのに、私の渡した怪しい(色がね、かなりグロイの。罰ゲームでも飲みたくないやつ)液体を悩まず飲み切るとか、ニーナの思いきりの良さに、思わず小さく拍手する。


「不味い……不味すぎる。これ、飲んだだけで気絶するレベルよ」


 口元を拭い、ニーナはベッドに横になる。


「目覚めたらちゃんと説明してよね」

「うん、わかってる」

「あんたを信じるわ」


 ニーナの目が閉じ、呼吸が緩やかになるのを確認し、その手首を取って脈を確認する。感じ取れないくらいの拍動は、すでに効果が出てきたようだ。


 私はわざとらしく大きな声を出した。


「キャーッ!ニーナ!?ニーナ!」

「どうした!」


 私の悲鳴に、鍵がガチャガチャと音をたてて開けられ、騎士が部屋の中に入って来た。


「い……息をしてないんです」


 私の言葉に慌てて走り寄って来た騎士が、ニーナの首元に手を当てて脈を確認する。


「大変だ!脈が止まってる。退け!心肺蘇生をする」

「そ……それなら私がやります!講習も受けました。それよりお医者様を呼んできてください」


 後で騎士にマウストゥマウスをされたなんて聞いたら、ニーナに激怒りされそうで、私が素早くニーナの上にまたがって心臓マッサージをする。


「一、二、三……早く!お医者様!」


 マウストゥマウスをする前に行ってください!


「わかった!」


 騎士が部屋から走り出たのを確認して、私は数だけ数えて心臓マッサージをしているふりをする。


 そしてお医者様がやってきて、ニーナの死亡を確認した。



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