第24話 花茶が開くと

 グレイ王子とお付き合いが始まり、私の侍女の立場は微妙なものになった。本来は、婚約者候補者達と王子との交流を円滑にする為に、一日に一回お茶会を開いたり、デートの手配をしたりなどサポート業務をするのが仕事だ。あとは婚約者候補者達と関わることで知り得たことを、客観的に王子に報告し、婚約者選定の手伝いをするのも重要な仕事なのだが……。


 お茶会は、私とグレイ王子がソファーに横並びに座り、対面にアンネロッテ様達が座って、毎日和やかに過ごしている。確かに交流は深まってはいるが、女子三人の友情が育くまれているだけな気がする。なんでここに私が入っているのか、しかも、生暖かい目でグレイ王子とのやりとりを見られている気がする。


 今日のお茶会のメインは花茶で、中が透けて見えるガラスの器で楽しむそれは、開いて行く花の様子を楽しむ為、器は各自の席の前に置いてあった。私は注ぎ口が長いロングポットで、後ろからお湯を注ぐ。これ、お湯をこぼさないように注ぐのに、けっこう熟練の技が必要なんだけど、この研修の時に私は一発で成功させていた。今回もばっちりお湯をこぼさずにできた。


 ドヤ顔で最後自分の花茶にお湯を注ぎ席につく。


「まあ!全員お花が違うのね」


 最初にお湯を注いだグレイ王子の花茶は青や白の花が基調になっており、見るからに清涼感があった。次にアンネロッテ様の花茶が開き、赤やピンクの花で華やかに、その次にターニア様の花茶が開いて、黄色や緑の花で落ち着きがあった。

 最後に私の花茶が開くのを待っていた時、花茶の香りに紛れて違う匂いが鼻についた。それは、ターニア様の茶器から漂ってきていて……。


 ターニア様が器を手に取って飲もうとして、私は素早く机に跳び乗ると、その茶器がターニア様の口につく前に奪い取った。お茶がこぼれて私の手を濡らしたが、その熱さに耐えて茶器を机に置いた。


「エステルさん!?」


 一番驚いたのは、茶器を奪われたターニア様だろう。いつもは冷静なターニア様が、私のことを目を丸くして見ていた。


「ステラ、さすがにテーブルに土足は行儀が悪い」


 グレイ王子が私の脇の下に手を入れ、ひょいと持ち上げて机から下ろした。


「私の花茶がよければ、いくらでも交換してあげてよ。こっちが飲みたかったの?」

「あら、エステルさんならお茶よりもお菓子じゃないの?私のケーキを差し上げるから、ターニア様のお茶を返してあげましょうね」


 子供じゃないんだから、欲しいからって奪い取ったりしません!


「このお茶をターニア嬢に飲ませたくなかった……?違うか?」

「これ、花茶の中に毒性のある花が紛れてます」


 花茶をよく見ると、黄色い小さな花が入っており、一見どこにでもありそうな小花だが、その花弁に薄い紫のラインが入ったそれは、根に猛毒を持つジュリの花だった。その根は即効性のある神経毒で、粉末にすれば一摘みで大型の獣も即死してしまう。花はそこまでの致死性はないけれど、やはり毒性を持つので有名だ。間違って花茶にいれてしまった……ですまされるものではない。


「毒!?」


 つい最近、第一王子の婚約者候補のお茶会で、毒の混入があったのは記憶に新しい出来事だ。いまだにあの事件は解決していない。


「あ、ジュリの花。なんで花茶の中に……」


 開いた花々の中にジュリの花を見つけたターニア様は、恐ろしげに茶器を見つめた。


「エステルさん、手にお茶がかかったわよね。洗ってきた方が良いわ。間違って口に入ったら大変だもの」


 アンネロッテ様に促され、私は濡れた手を洗いに席を離れた。部屋に戻ると、テーブルの上の物は全て下げられていた。


「私のケーキ……」


 ショックを受けていると、グレイ王子が私の肩に手を回してソファーに座らせた。


「食べ物にも毒が入っているかもしれないだろ。調べさせる為に下げさせたんだ」

「お茶以外には毒は入ってなかったですよ」


 恨みがましくつぶやくと、アンネロッテ様達が不思議そうに首を傾げた。


「なぜそんなことが分かるの?」

「匂いです」


 得意げに鼻をこする。獣化していなくても、私の鼻はかなり高性能なんだから。


「鼻……」

「そうです。私の五感は猫並みですから」


 正確には、人化している時は若干衰えるけれど、普通の人間よりは全然良いからね。


「そこは犬並みではないの?」

「猫も鼻がいいんですよ」

「で、猫並みに鼻が良いエステルさんは、ターニア様の花茶に毒の匂いをかぎとったのね?」

「はい。匂いで気が付かなくても、花が開いてよく見ればわかりますけどね。ね、ターニア様」


 ターニア様が頷くと、アンネロッテ様は「そうなの?」と首を傾げた。


「え?私にはどの花がなんだか……。薔薇やスミレくらいならわかりますけれど」


 アンネロッテ様の言葉に、ターニア様が隠し持っていた図鑑を取り出した。今日は貴族名鑑ではなかったらしい。


「さきほどの黄色い小さな花ですが、花弁に薄紫色の線がありましたよね。この花です」

「ジュリの花。私は見たことがありませんでしたわ。高山に咲く花なんですね。まあ、本当に毒がありますわ!しかも、根だけではなく、花びらにまで」


 アンネロッテ様は恐ろしげに身を震わせる。


「この花、間違えて混入したのかしら。それとも……」


 花茶を作った人間が故意に入れたのか、知らずに入れたのかはわからない。


「この茶を用意した侍女も、この場をセッティングした侍女も拘束してある。彼女達に話を聞けばわかるだろう」


 ★★★


「侍女の一人が服毒自殺をはかったそうだ」

「えっ!」


 アンネロッテ様は最新コスメのカタログを開き、ターニア様は表紙にカバーをつけた本を熱心に読んでいた時、図書館の扉が開いてグレイ王子が入って来て言った。

 図書館には他に人がいなく、私はアンネロッテ様の横に座って、カタログを見ながら化粧テクニックの講義を受けていた。


「それは、昨日花茶を用意した侍女ですか?」


 ターニア様が、本から視線を離して聞いた。さすがのターニア様も、本を読むことより、自分に毒物を盛った人物が誰なのかの方が気になるらしい。


「いや。それが違うんだ。花茶を用意した侍女は、ある侍女から花茶をすすめられたと言ったから、その侍女から話を聞こうとしたところ、部屋で服毒して倒れているのが発見されたんだ」

「じゃあ、その侍女が?」

「おそらく。その侍女の机には、遺書のようなものが置いてあり、ラインハルトの茶会と俺の茶会で毒を盛ったことを自白していたから。ただ、理由は書いていなかったから、本当に彼女が毒を盛った主犯なのか、とかげの尻尾切りにあったのかはわからない」

「その侍女は亡くなったのですか?」

「いや、昏睡状態だが、一命は取り留めている」


 アンネロッテ様の問いに、グレイ王子は首を横に振る。発見が早かったのと、毒を飲んだ時の一般的な処置ができたので一命を取り留められたが、毒の種類が断定できていないため、予断を許さない状態らしい。


「あの……、侍女の名前は?」


 沢山いる侍女の全員を知っているわけじゃないし、名前を聞いてもわからないかもしれない。でも、色んな部署を回って顔見知りになった先輩もいるし、もしかしたら知っている人かもしれないじゃない?知ってたからどうしたって話なんだけどさ。


「ニーナ・カラストアだ」


 ほら、知らない侍女じゃ……ない!


「ニーナ!?」


 私が大声を出すと、アンネロッテ様達が驚いたように私に注目した。いや、驚いたのは私だ。


「ニーナは犯人じゃないです!」

「知り合いか?」

「つい最近まで同室だったんです。彼女が毒殺なんか目論むわけないですから!主犯どころか共犯ですらないですよ。そんなことより、ニーナの容態は!?」


 私はグレイ王子に詰め寄った。









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