第23話 ディナー
アレキサンダー王太子に追いかけられた私は、もちろん追いつかれることなく、アレキサンダー王太子が護衛騎士に拉致られるのを隠れて見届けた。なんかね、あれだけ運動神経ない人、初めて見たわ。ただ走るだけで、なんで転ぶかな。しかも、走り方も微妙だし、早歩きかな?っていうくらい遅かった。うん、罠とかにひっかからない限り、王太子につかまる気がしないな。
そして、私を探してくれていたグレイ王子と合流して、ターニア様の本を本屋にて再度受け取り、王宮へ戻った。無事(?)に本をターニア様に渡した私は、仕事が終わった後、獣化した姿でグレイ様の部屋へやってきた。子猫のステラ用の出入り口から入ると、いつも用意されていた極上ステーキがない!ステラ用のご飯皿が撤去されているし、水飲みの器もなくなっていた。
え?なんで?
私、グレイ王子の恋人になったんだよね?子猫のステラと同一人物だってのもバレたよね?釣った魚にはなんとかってやつ?
ご飯皿の置いたあったところに座って茫然としていると、扉が開いてグレイ王子が入って来た。しかも、その後ろには給仕ワゴンを押す侍従もついてきていた。侍従は、豪華な食事の乗ったお皿をテーブルいっぱいに並べると、お辞儀をして部屋から出て行った。
「ステラ、お待たせ。今日は一緒に食べようと思って用意させたんだ」
ということは、あれ全部私のご飯!?
私は嬉々として椅子に跳び乗った。しかし、当たり前だけれど、猫の姿ではテーブルには届かない。かろうじて前脚がテーブルのへりに届くくらいだ。
「ふみゃみゃみゃ(これじゃ届かないじゃない!)」
「ああ、届かないって?じゃあ、人間になればいい。その方が食べやすいだろ」
「ふみゃっ、みゃっみゃん(人化したら素っ裸よ!洋服がないと無理)」
「……怒ってる?ああ、洋服なら用意させた。そこに衝立があるだろ。その後ろにある」
「みゃみゃみゃ(くしゃみしないと無理なんだけど……)」
会話が成立しているようだけれど、グレイ王子はただ勘で会話しているだけだ。さすがに、くしゃみをしないと人化できないとは思ってもいないだろう。獣化はコントロールできるようになったんだけれどな。
椅子から無音で飛び降りると、衝立の後ろに行く。衝立にハンガーにかかったワンピースがかけており、その下には籠に入った下着まで置いてあった。
グレイ王子は、どんな顔をしてこれを用意させたのか、言われた侍従もびっくりしたことだろう。なによりも思わせぶりじゃい?女性用の衣服に下着を用意させた上で、私室に二人分の豪華なディナーを用意させ、しかもサーブをさせることなく人払いをするとか。いかにも、これから☓☓☓します……みたいな。
実際は違うんだけどね……って、違うよね?
どっちみち、人化できなきゃ☓☓☓も何もできないんだけど。
下着が入った籠を覗くと、下着の横に一つの羽根が置いてあった。
なんで羽根?たまたま紛れこんだにしては不自然過ぎる。
お座りしてジッと羽根を見るが、これがあればくしゃみできるし、人化すればあの豪華なディナーが食べられる。人化した時に羽根が置いてあった意味を聞けばいいかと考えることを止め、羽根を両手で挟んでそれで鼻を擽った。
「くしゅん」
人化した私は、用意された下着を履き、ワンピースに袖を通す。下着までサイズがぴったりなのは……、凄い偶然だと思うことにしよう。上品な濃い茶色のワンピースは、今まで触ったことがないくらい上質な生地で、これを着てもし肉汁でも飛ぼうものなら……、私の洗濯技術で落とせるかな?
「ステラ?」
「今、行きます。王子、何でくしゃみしないと人化でき……な」
喋りながら衝立から出て行くと、グレイ王子は私の姿を見てふわりと微笑んだから、つい話も途中に口を閉じて見惚れてしまう。
「良く似合っている」
いつもは厳しい顔つきをしていることが多いから、この笑顔を見ると病気じゃないかってくらい胸がドキドキする。私のグレイ王子ってば、世界で一番かっこいいんじゃないかな。
「ステラ、おいで。食事にしよう」
「は……い」
もうね、なんでグレイ王子が私の変身の秘密を知っていたのかはどうでも良くなるくらいポーッてしてしまって、フラフラとグレイ王子のところまで歩いて行くと、無意識にグレイ王子の上に横座りしてしまった。遠くから見る王子も、近くから見る王子も、どっちも素敵だ。
グレイ王子は一瞬硬直していたが、口元を押さえて横を向いてしまう。高い鼻の形も良くて、横顔は彫刻みたいだな。
「ステラ、一旦考えることを止めようか。全部口に出てるから。あと、食事の時は席に座ろうな。後で、好きなだけ膝に座っていいから」
「ふみゃ!」
グレイ王子がやけに近いと思ったら、子猫のつもりで膝に乗っていたよ。
私は慌てて飛び降りると、グレイ王子の対面の席にシュタッと素早く座ってすました表情でなかったことにする。そのあまりの素早さに王子は目を丸くしたが、すぐにおかしそうにクツクツ笑う。
どこに笑う要素があったかな。
でも、グレイ王子の笑顔はプライスレスだから気にしない。うん、笑ってもらえるのは嬉しいもんね。私もニカッとグレイ王子に笑顔を向けてから、「いただきます!」と目の前の食事に手をのばした。
食事をしつつ、私はいっぱいグレイ王子と話した。ほとんど喋っていたのは私だけれど、グレイ王子はたまに相槌をうちながら聞いてくれ、二度目の夕食をたいらげて大満足でフォークを置いた。
「それで、アレキサンダーやラインハルトがステラに執着している理由を詳しく教えてくれないか?二人共、そこまで人間に執着するタイプじゃないんだが。ラインハルトは新しい扉が開いたとしても、女性のタイプとしてはステラとは真逆……」
私はグレイ王子をジロリと睨む。そりゃね、私はラインハルト王子のお相手達みたいに、凹凸がはっきりした体型はしてないですよ!
「そんなの、私もさっぱりわかりませんよ。第一王子は、女性だったらなんだっていいんじゃないですか!?ちょっと不慮の事故で衝突しちゃっただけで、色仕掛をされたとか勘違いして、お尻を揉むような節操なしですから!」
私は真っ平らな私の体型をディスられたのかと、口を尖らせて抗議する。
「尻を揉まれたのか?!」
「すぐ逃げましたよ。だから顔を踏んづけちゃったんだし。そのおかげで?獣化する時だけは、くしゃみする必要はなくなりましたけど。というか、くしゃみをしないと変身できなかったのを、何で知ってたんですか?」
「今はそれは問題じゃない。……じゃあ、アレキサンダーは?」
私は肩をすくめる。私からしたら、変態王太子のことより、変身の仕方がバレていた方が、よっぽど重要なんだけど。
「王太子とは、正直接点がなかったですよ。ほんの一回しか」
「その一回って?」
「獣化していた時、たまたま生け垣の中でくしゃみをして人化してしまったことがあって、生け垣から顔を出したら王太子と目が合ったんです。本当に一瞬ですよ。顔の判別はつかないくらい一瞬」
グレイ王子は顔をしかめて、眉間に皺を寄らせた。
「生け垣でって……、衣服は」
「すぐに獣化できたし、生け垣の中だから変身したのは見られなかったはずです。そのまま子猫の姿で逃げたし。ただ、それはしっかり見られていたみたいで、子猫が逃げて女が消えたから、黒い子猫が獣人だって思ったみたいで……」
「だから、子猫のステラをジークから奪ったのか」
「ですね。あの時、獣人が獣化したり人化したりする時のエネルギーの出どころが知りたいみたいなことを言ってました。こころゆくまで研究したいから、婚約者に指名してもいいとかも言われました。意味が分からないですよね」
「婚約!?」
グレイ王子のこめかみに青筋が浮いた。
あれ?グレイ王子の顔が無茶苦茶怖くない?
「グレイ王子?」
ハズレ王子を擬態している時は、人を近寄らせないようにか、常に機嫌の悪そうな渋チンな顔をしているけれど、ここまで怒りを表したような怖い顔ではない。兄達の話をしたから、何か嫌なことでも思い出したのかな?グレイ王子には笑っていて欲しいのに……。
そうだ!アニマルセラピーって聞いたことがあるわ。動物に触れ合って癒されるってやつ。子猫のステラを撫でれば、一発でその眉間の皺もすぐになくなるかもね。
それに、何より私が気持ち良い!
私は獣化して子猫のステラの姿になり、ワンピースの中から這い出て椅子から飛び降りると、グレイ王子の膝の上に飛び乗った。
食べ終わったし、後で好きなだけ膝に乗っていいって言われたしね。
「ふみゃーご(さあ、心ゆくまで撫でていいですよ)」
尻尾でパタンパタンとグレイ王子の腿を叩き、撫でてと要求する。しかし、私が獣化したのも、膝の上に乗ったのも気がついていない様子だった。
「……あの二人」
私は椅子の肘掛けに跳び乗ると、精一杯背伸びをして、グレイ王子の首元をペロペロ舐めた。私のザラリとした舌の感触で我に返ったのか、グレイ王子は驚いたように私を見て、抱き上げて視線を合わせてくれた。
「いつの間に……?」
「ふみゃみゃ(笑って)」
グレイ王子の口をペロリと舐めると、やっとグレイ王子の顔に笑みが浮かんだ。
「どうせなら、人間の姿の時にキスしてくれよ」
「みゃみゃん(して良いならいくらでも!)」
私はグレイ王子の顔を舐め回した。
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