第21話 本屋にて
「グレイ様は、何か本でも見て待っていてください」
「なんで?」
グレイ様も本屋に入って一緒にレジカウンターへ向かおうとしたから、私は慌ててストップをかける。これから受け取るのは、十八禁小説とやらで、さすがにグレイ王子を引き連れて行くのはどうかと思う。表紙からいかにもな絵だって言ってたし、本を確認して……なんて店主に言われた日には、お互いに居た堪れない気分になるに違いない。
「あー、ほら、あっちに戦術論についての新刊が出たようですし、そちらでも見ていてください」
戦術論の新刊とは思えないくらい、カラフルでキュートなポップがドドーンと目についた。
「あ、あれは廃版になった……、あっちは隣国の……」
グレイ王子の目が輝いて、戦術論の本の棚に引き寄せられるように歩いて行く。グレイ王子はターニア様ほど本好きではないが、勉強家な一面がある。グレイ王子の私室にも、沢山の蔵書があり、子猫のステラとして遊びに行っていた時は、よくステラをかまいながら本を読んでいた。その中でも、戦術論とか戦記物を読んでいる時は、私を撫でる手がおざなりになったり、ブラッシングの手が止まったりしたものだから、よく本の上に寝そべって、かまってアピールをしたものだ。
国の禁書だろうが閲覧できるグレイ王子だが、そんな王子も目を輝かせるような珍しい本がこの本屋にあるようだ。さすが、ターニア様御用達の本屋!
グレイ王子が本に夢中になっているのを確認して、店の入り口にあるレジカウンターへ向かった。
「あの、ターニア・キノロンが注文した本を受け取りに来たのですが」
レジにいた筋肉ムキムキの男に声をかけると、これから決闘でもしますか!?というくらい鋭い視線を向けられた。熊獣人だって言われても納得してしまいそうなくらい、ごつくて毛むくじゃらで、ザ・漢!という男だった。三十代後半くらいなのか、顔に傷跡があり、その部分だけ髭が生えていなかった。
「受け取りですね。それなら、二階の奥に店主がいますので、そこで受け取ってください」
店主かと思いきや、店員だったらしい。言葉遣いは丁寧なのに、威圧感は半端ない。お店の店員がこんな感じで、店にお客さんが入るのだろうか?グレイ王子の様子を見る限り、貴重な本があるようだから、にこやかな店員よりも、用心棒的な人の方が良いのかもだし、私にもグレイ王子にも害はないから、とりあえずつっこみどころの多そうな店員はスルーして二階に上がる。
二階は本が山積みだった。一階の整頓され、カラフルなポップが目を引く本棚との落差が半端ない。本の種類もグチャグチャで、お高い学術書の上に料理本が乗っていたり、その上にはいかにもいかがわしい表紙の本があったりする。
「誰?」
本の山の間から顔を出したのは、丸眼鏡の小柄な女で、ボサボサの髪の毛には埃がついていた。まだ二十代前半くらいに見えるけれど、彼女が店主なのだろうか?
「あの、ターニア・キノロンが注文した本を取りに来ました」
「ああ、あれね。あれは確か……」
女は私の前まで来ると、ひょいと一冊の本を取り上げた。
「はい、どうぞ」
女が取り上げたのは、さっきのいかがわしい表紙の本だった。それをそのまま渡され、女はさっきまでいた場所に戻り、本を読み出してしまう。
「あの!このまま渡されるのはちょっと……。包装とかお願いできませんか?」
「それなら、一階にいるうちの旦那に頼んどくれ」
「え?旦那……様?でも店主は二階にって?あれ?」
旦那様、つまり一階にいたごつい男が雇い主だと理解した私は、どっちが店主なんだ?とキョトンとする。
「旦那様なんて大層なもんじゃないよ。旦那、亭主、夫、連れ添い、わかる?」
「えっ!夫婦!?」
ちょっと失礼だったかもしれないけれど、女はケラケラと笑い出した。
「そう。あいつと私は夫婦で、この店の店主は私だ。といっても、私は気に入った本を仕入れて読むだけ。読んだ本をあっちに積んでおくと、旦那が下に運んで販売してるんだ」
じゃあ、あの可愛くてカラフルなポップは、旦那さん手ずから……。
「そうそう。本の内容聞かれて答えはするけど、それをまとめてポップにしてるのはあいつ」
あ……また考えていることが声にでちゃった。しかも、答えてもらえちゃったし。
「さあ、用事が終わったら下にお行き。読者の邪魔をしないどくれ」
「あ、はい。お邪魔しました」
裏表紙もガッツリ閨の描写だったから、なるべく抱えるようにして階段を降りた。戦術論の本の棚の前で本を数冊手に取り、熱心に見ているグレイ王子を確認し、こっちを見ていない隙に足音を忍ばせてレジカウンターへ向かった。
「あの、本が見えないように包装を……」
ターニア様の本を店主の旦那に差し出そうとした時、店の両開きの扉が開き、見覚えのある男性が女性をエスコートして店に入って来た。
「その黒髪!おまえ!!」
「みゃっ!」
男はお忍びの格好をしたアレキサンダー王太子で、連れていた女性は婚約者候補者のうちの一人、ジスロ公爵令嬢のサリーア様だった。
「やっと見つけた!」
アレキサンダーはサリーア様をエスコートしていた手を振り払うと、私の腕をつかもうと手を伸ばしてきた。私はその手を払い除け、横っ跳びに逃げる。払い除けた拍子に本を落としてしまったが、そんなことを気にしている場合じゃない。髪を結っていないから黒髪をさらしてしまったけれど、目の色を変える眼鏡はかけていたし、なるべく髪の毛で顔を隠すようにした。
アレキサンダー王太子の大声に、グレイ王子の視線もこちらに向いた。
本!!いや、今はそれどころじゃない。私がグレイ王子と関係があるってバレるわけにいかない。
私は本を拾うことなく、姿勢を低くしてアレキサンダー王太子の横をすり抜ける。王太子の手をかわして通りに出ると、猛ダッシュで走り出す。
「ま、待て!」
アレキサンダー王太子が追いかけて来たが、研究ばかりしているヒョロヒョロ王太子に追いつかれるわけもなく、しかも、王太子は店を出てすぐに情けなくも転んでしまったようだ。
私は建物の角を曲がり、隠れて様子をうかがった。
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