第19話 おつかいに行く途中で告白しちゃいました
「あ……あのですね」
もしかして、独り言で身バレしちゃった……とか?グレイ様に撫でられるのが好きだとか、まさかその好きが特別な好きだってことまでバレてないよね!?
「うん?」
背の小さい私の声が良く聞こえるように、背中を屈めてくれるその姿に、心臓がズキュンと撃ち抜かれる。いつもはきつい表情のグレイ王子が、子猫のステラに向けるような穏やかな表情で、近づいた距離にグレイ王子の爽やかでそれでいて甘い香りが漂ってきて……。
「好きです!」
間違えた!いや、間違ってはいないんだけど、この好きはさすがに意味不明ではないだろうか。だって、「ヒョロヒョロは論外」とか「ヘドロ」とか口走ったその口で、さすがに告白はないだろう。なにより、相手は王子様で主従関係でもある。
これって……不敬罪とか言われちゃう?侍女の分際で主に恋愛感情を抱くなんてとか言われて。いや、敬っているよ。敬いまくってる。だって
「大好きだもん」
しまった!やっぱり声に出てるじゃん!
血がザッと下がる音が聞こえるようだ。逃げ出したいけど、グレイ王子を一人にすることもできず、その場でバタバタと足踏みをしてしまう。
「兄ちゃん!女から告白したんだ。しっかり答えてやらねぇと男じゃねぇぞ!」
甲高い口笛が鳴り、男達が囃し立てる。そう!ここは王都のメインストリート。それなりに人通りがあって、私の告白モドキを聞いた人達が、事(告白か!?)の次第を確かめようと、立ち止まってニヤニヤと見物していた。
「なるほど……確かにな」
いやいや、王子!「確かにな」じゃないから。
グレイ王子は私の両肩をつかみ、視線をしっかりと合わせてきた。綺麗な深みのあるグレーの瞳の中に、焦りと戸惑いでワタワタしている私が映っていた。
「エステル、俺はおまえのことがかなり好きだ」
「ひぇっ!」
変な声出たーっ!
「おまえの大好きは、どんな好きだ?俺はおまえを一人の女として好きだし、アレ……他の誰にも渡したくない」
グレイ王子、何か食べたらいけないものでも食べましたか?!それとも今日は人を騙しても良い日とかですか?!
「兄ちゃん、男だねぇっ!姉ちゃん、答えたれよ!どんな好きかって聞いてるぜ」
「あたし、あなたに抱かれたいくらい大好きよってか」
ガハガハ笑いながら、見物人達が騒ぎ立てる。あなた達、お忍びだから処罰されないけど、あなた達が茶化している相手は、この国の王子様だからね。この場に護衛騎士がいたら、即刻縄をかけられてる?いや、その場で打ち首かもよ。
「いや、今どき打ち首はないだろ。別にあれくらいで処罰はしないさ」
あ……また声に出てたみたい。
「で、エステルの好きは?」
「で……でも、グレイ様にはご立派な婚約者様が……」
私の声をかき消すくらい大きな声で、男達がガヤを入れる。
「なんでえ、兄ちゃん。決まった女がいんのに、その可愛い子ちゃんにもこなかけてたのかよ」
「姉ちゃん、おっちゃんが慰めてやるからな」
「おまえ、孫くれえの娘っ子に手を出すつもりかよ」
「孫はまだ三つだよ」
私はともかく、グレイ王子には止めてっと思ったその時に、グレイ王子が殺気のこもった視線を見物人達に向けた。その殺気は、まさに強者の放つそれで、私は身体の芯からゾクゾクと痺れてしまう。こんな殺気を放てる人が、ハズレ王子であるはずがない。絶対強者の殺気に私はボーッとなってしまい、周りに人がいなくなったのに気が付かなかった。
グレイ王子は一睨みで賑やかしがいなくなると、自分の殺気で私が怖がったんじゃないかと、ハッとして私を見た。そんなのは杞憂で、私はトロンとした目でグレイ王子を見上げていたんだけどね。
「怖がらせては……いないようだな」
「ふみゃ?」
間の抜けた返事に、グレイ王子は顔を押さえて横に向き、何かに絶えているように肩を震わせた。私は、そんな王子も素敵に見えて、「ほーっ」とため息をつく。
「ううん!婚約者候補はあくまでも候補であって婚約者ではないし、彼女達も俺の婚約者になるつもりはないことは、おまえの方がよく知っているだろう」
「それは……まあ」
「ならば、エステルの気持ちは?」
そんなの、好き以外の何物でもないけど、でもグレイ王子は王子様で、私は準貴族とやらでちゃんとした貴族ですらないし、獣人としても半端者で、かと言って人間でもない。こんな全部が中途半端な私が、グレイ王子を好きだなんて言って……。
「いいんだよ、言っても。王子なんかただの肩書きに過ぎないし、俺には必要ないものでもあるな」
「……」
もしやまた……。
「まじで面白いな。全部声に出てるから。おまえ、無茶苦茶俺のこと好きなのな」
子猫のステラの前でよくする笑顔になったグレイ王子は、私の頭をクシャリと撫でた。
「もう、髪が崩れちゃったじゃないですか」
「悪い。でも俺は黒髪のおまえも好きなんだがな」
結い上げていた髪の毛を解かれ、黒髪がストンと肩に落ちる。
「もう!黒髪だと駄目なのに」
編み込みを手櫛で解し、癖のついた髪の毛をなでつける。毛づくろいは、獣人の基本だからね。
「艷やかで、こんなに綺麗なのに」
私の髪の毛を一房手に取り、グレイ王子は口づけた。
獣人にとって、自分の匂いをつけることが求愛行動だ。身体を擦り付けたり、舐めたり。雌がそれを素直に受け入れれば、求愛成功だ。そして身体を重ねてカップル成立となり、雄の濃い匂いを漂わせてる雌には、他の雌が近寄らなくなる。
私は自分の気持ちを口に出すよりも先に、本能的にグレイ王子にすり寄っていた。顔がボボボと赤くなり、パニック寸前状態になる。
ひゃー!求愛に応えちゃった!
「クスッ、そうなのか」
また声に出てる?!
「ほら、行くぞ」
グレイ王子は私の髪の毛を離し、自然に手をからめて繋ぐ。女性に対するエスコートじゃなく、これは完全に恋人に対する態度だよね?
え?恋人?私がグレイ王子の恋人になったの?
「あの……ちょっと耳を貸してください」
私がグレイ王子の手を引っ張ると、グレイ王子は身体を屈めて顔を寄せてくれた。
「私の考えてたこと、どこまで声に出てました?」
「まあ、色々。俺のことが好きなんだなってのはよくわかったよ。ただ、ちゃんと意識して面と向かって言って欲しいってのはあるけどな」
「それは……おいおい。じゃなくて、私の……アレですよ」
もし独り言で獣人だってことをつぶやいていなかったら、自分から暴露しちゃうことになっちゃうし、なんて尋ねれば良いかわからない。
うなりながら悩んでいると、グレイ王子に腕をつかまれて脇道に引っ張り込まれた。建物と建物の間の狭い通路は、薄暗くて人の目はない。こんな人の目につかないところに引っ張り込んで、いったい何をしようっていうの?
あんなことやこんなこと、さすがに外でいたすのは、さすがに未経験の私にはハードルが高いかも。獣人は本能が強いから、ところかまわず盛ることが多いけど、人間もそうなのかな?そういえば、ラインハルト王子はところかまわず盛っているじゃん!え!?じゃあ、グレイ王子も?求められたら、拒絶できる気がしない!!
「エステル、落ち着いて。興奮し過ぎて、全部声に出てるから。あと、俺とあいつを一緒にするな」
ピンク色の妄想(グレイ王子と☓☓したり、☓☓☓したりなんかする)に一人悶えていた私に、グレイ王子は苦笑いで私の頭をポンポンと撫でる。
「あいつ?」
「ラインハルトだ」
「うわわわ!」
あの妄想も声に!?
「だから落ち着け」
恥ずかしさのあまり、跳び上がって走り回りたい衝動に駆られたが、腕をつかまれたままだったからどうにもならず、ただジタバタするしかなかった。
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