第16話 私は変態じゃない
「グレイ様!」
私はパンツを落とす(つまりノーパンで歩き回る)変態なんかじゃない!と言おうとしてグレイ様に向き直ってみたら、思いの外距離が近くてびっくりする。そう言えば、ターニア様の眼鏡をかけてふらついたところを、グレイ王子に抱きとめられてそのまんまだったかもしれない。婚約者候補の前で、一介の侍女がベタベタするとか駄目なんじゃないの?お二人に嫌な思いをさせたんじゃないかと思うと、サーッと血の気が引いていく。
「どうした?」
いつもは厳しい表情のグレイ王子が、子猫のステラに向けるような柔和な表情を私に向ける。アンネロッテ様達に感じた罪悪感も、そんな王子の顔を見てしまったら、本当に申し訳ないことなんだけど、頭の片隅に追いやられ、ふにゃあって蕩けそうになる。
「ん?」
顔を覗き込まれて、グレーの瞳に見つめられると、子猫の時のように喉を鳴らしてお腹を出したい衝動に駆られる。私に触って、私を撫でて……って、人間の姿でそれを言ったら破廉恥極まりないじゃん!
「あのですね……」
「うん」
「ですから……」
「うん」
私が言葉を濁す度、グレイ王子は何々?と顔を近づけてくる。
「近過ぎますっ!」
思わずグレイ王子の顔を両手でブロックしてしまった。しかもただ顔を覆うというレベルを超えて、力強く押してしまった。
「あ……」
慌てて手を引っ込め、グレイ王子の鼻が潰れていないか確認する。とんでもないことをしてしまったという気持ちでオロオロしていると、グレイ王子が口元を押さえ、堪らないというように笑い出した。
「あ、あの……」
「いや、ステ……エステルらしい反応だと思って」
この時、しつこくかまい過ぎた時の子猫のステラの反応(顔面に猫パンチ)をグレイ王子が思い出していたなんて知らず、私は「私らしい反応ってなに!?」と、ただ頭を悩ませるだけだった。でも、レアなグレイ王子の笑顔も見れたし、私の無礼な態度はスルーしてもらえたようだし、事を蒸し返すことなく話を戻すことにした。
「私がラインハルト殿下に探されている理由もわかりかねますが、なんで王太子殿下が探している……(パンツ)の持ち主が私だなんて思うんです?」
「黒髪は珍しいからな。濃い灰色や焦げ茶の髪はそこそこいるけど。(人間国は)明るい髪色が多いから」
「そうなんですね」
獣人国では、黒髪なんか珍しくもなかったし、なんならブチとか縞とかもざらだったから、自分の髪色が珍しいなんて思ってもみなかった。
「俺はエステルの黒髪も、それに混ざるグレーの髪色も綺麗で好きだけどな」
好き!!
心臓がバクンッと跳ねた。グレイ王子は私の髪が好きって言っただけなのに、なんだってこんなにドキドキするんだろう。グレイ王子に擦り寄って身体をこすり付けたくなっちゃうし、とにかく甘えて側にいたい。お尻をふりふり振りたくなるようなこれって……、発情期特有のアレなんじゃ!?
人間とのハーフで未成熟な私に発情期がくるなんて、思いもよらなかった。でも発情期だとしたらまずい!グレイ王子を(性的に)襲いかねない。
私は素早くグレイ王子から飛び退いた。数歩離れてみたけれど、やはりドキドキは変わらず、グレイ王子に目を向けると、やたらとキラキラと輝いて見えた。発情期って、目までおかしくなるの?
獣人の発情期を教えてくれる前に母さんは死んだし、人間の父さんがそれを私に教えてくれる筈もなく、私はなんとなくの知識しかなかった。ただ、獣人国にいた時のお隣さんは、かなりハードな発情期を過ごしていたようで、叫び声やら悲鳴やらが激しかった。あんな奇声を発するのが発情期なら、私に発情期が来なくて良かったって思っていたのに。
「私、二方に探されているとしたら、どうしたらいいでしょうか?」
なるべくグレイ王子から距離を取り、間違っても襲わない、グレイ王子の匂いに惑わされない間隔を維持する。
「とりあえずは、二人が探している人物がエステルだとばれないように変装するしかないよね。時間が経てば、婚約者婚約の人達と絆も深まり、エステルへの興味が薄らぐかもしれないし。何かあれば、俺も全力で守るよ」
ドキッ!!
発情期はやはり健在のようだわ。とりあえず、グレイ王子から離れなくちゃ!!
「ですよね!私、髪の毛を結ってきます。黒髪を隠さないとですから」
髪を結ぶゴムも持って来ていないし、今は黒髪を隠す侍女帽もかぶってきてない。この姿をアレキサンダー王太子やその側近に見つかったら大変だ。
「気をつけて行くんだぞ」
「任せてください。私、隠れたり逃げたりするのは得意ですから」
得意げに鼻をこすると、足音なく観客席を後にした。
足音を消すのも得意だし、耳と鼻をフル稼働させれば、人がいない場所を選んで進むことだって可能だもんね。などとお気楽に考えていたら、前後左右ついでに階段の上からも下からも人がやってきてしまった。どこにも逃げ場がない状態だけど、黒髪を隠せてないから、出会ったらいけないのは今の場合は王太子関係だけ。
よし!階段を下ろう。女子寮に戻りたいから、それが最短距離だもんね。
階段を早足で下ってる最中、階段の踊り場を曲がったところで、上ってきたアレキサンダー王太子一行に遭遇した。その中にはニーナもいる。ニーナは、私を見て一瞬目を丸くしたが、すぐに平静を装った。
四択でハズレひいた!
「おまえ!」
アレキサンダー王太子は私にすぐに気がついたようで、私を捕まえようと手を伸ばしてきた。王太子殿下に腕をつかまれて引き寄せられた時、嫌悪感で毛が逆だった。異性が近くに来たのに、グレイ王子の時みたいにドキドキしなくて、発情期じゃなかったっけ?ってびっくりする。それどころか、グレイ王子と比べたらさらに嫌悪感が増した。
「嫌!離して!」
腕を振り回したら、アレキサンダー王太子が足を踏み外して階段から落ちそうになり、王太子は私の手をパッと離した。まるでスローモーションみたいに王太子は後ろに倒れていき、私は慌てて王太子の手をつかんで踊り場にぶん投げた。火事場のなんとかってやつね。
「殿下!」
お付きの侍従達が、踊り場に転がったアレキサンダー王太子に走り寄ろうとする。
「私は無事だ!その侍女を捕まえろ」
私!?
侍従達は戸惑いながらも私に手を伸ばしてきて……。捕まるわけないじゃん。私は手摺を滑り降りた。ニーナの横を通り過ぎた時、ニーナは私の滑り降りる風圧によろけるふりをして、同僚達が私に手を伸ばせないようにブロックしてくれた。さらには追いかけられないように、わざとそのまま階段でつまずいたふりをして、行く手を塞いでくれていた。
心の友よ!ありがとう。
それにしても、アレキサンダー王太子が落ちる瞬間私から手を離したのは、私を巻き添えにしないようにだよね?あの人、変態だけど悪い人ではないのかもしれない。だからって、捕まるつもりはないけどね。研究対象になるなんて、まっぴらごめんだし。
百点満点の着地を決めて、私は自慢の俊足で逃げる。侍女は走らず早足で……なんて、守っている場合じゃないもの。
それにしても、ラインハルト王子の顔を踏みつけ、アレキサンダー王太子を突き飛ばして転ばせ、捕まったら確実に処刑されてしまうよね。
怖っ!まじで怖っ!
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