第13話 第一王子と私…後半ラインハルト視点
「ンミャーン、ニャニャニャ(最近のお肉は味付きなのね。しかもデザートまでついてるなんて)」
猫に玉ねぎソースは、本当ならあげちゃ駄目なやつよ。私は獣人だから平気だけど。あと、甘いのも本当は駄目ね。誰かがグレイ王子に忠告しないことを願うわ。だって、いくら美味しいお肉で味付けなくても美味しいとしてもよ、味付けをしたらさらに美味しいじゃない。あと、甘くないケーキは、そこまで魅力的ではないしね。
「もっと落ち着いて食えよ。誰も取らないから」
グレイ王子に背中を撫でられながらも、無心で小さく切られたステーキにがっつく。ステーキをものの数分で完食した私は、デザートの苺のケーキに取りかかる。顔中クリームだらけになってしまうが、そんなことも気にならないくらい美味だった。
「ミャー(ご馳走様でした)」
「美味かったか、そうか」
グレイ王子は、濡らしたハンカチで私の顔を綺麗にしてくれる。
「ほら、こっちにおいで。ブラッシングするから」
グレイ王子がソファーに移動して膝を叩く。ジャンプして膝に乗った私は、だらしなくお腹を出してブラシを待ちわびる。グレイ王子のブラッシングは神がかっていて、とにかく気持ちが良くて、私はすぐ眠くなっちゃうのよね。意識せずに、喉がゴロゴロなる。
至福の時間だわ。
「今日、婚約者候補者が決まった」
「ンニャニャン(お二人共癖があるけど、悪い人じゃなさそうよ)」
「彼女らが辞退したら、勝手に宰相とかに選ばれるところだったから、決まって良かった」
「ニャニャ(そうなの!?)」
「うちは母上が俺の思った通りにさせてくれたから良かったが、アレキサンダーは四人のうちの三人は母親の言いなりに決めたし、ラインハルトは四人は自分の我を通したが、正妃は既に残りの一人に決まっているそうだ」
「ニャニャニャ(なんか、どっちもドロドロしそうで面白そう)」
「おまえはどっちの候補者達にも近寄るなよ。特にアレキサンダーは、黒髪に執着しているようなんだ。おまえも一応黒いからな」
やっぱりまだ諦めていないんだ。怖っ!変態王太子、まじで怖っ!
★★★
「くしゅん!」
自分のくしゃみの音で目が覚めた。くしゃみ?……私、くしゃみしちゃったの!?
ガバっと起き上がると、布団がずり下がって見慣れた小さな双丘がポロリ……。人化しちゃってるじゃん!
「……うーん」
私は慌てて隣を見る。隣にはグレイ王子が寝ていて……。
ブラッシングされている間に気持ち良過ぎて寝落ちしちゃった(これはいつも通りなんだけど)みたいで、グレイ王子がベッドに運んでくれたんだろうけど、さすがにこの姿で王子のベッドに潜り込んでいるのはまずい!
素っ裸だもの。
グレイ王子を起こさないようにベッドから降りると、王子の脱いだシャツを拝借して羽織る。シャツは太腿を隠すくらいの長さで、普段のスカートよりはかなり短いけれど、ないよりは断然ましなはず。しかも、シャツが黒いから暗闇に紛れやすい。足だけ白いのが難点だけれど、髪も下ろしちゃえば真っ黒よ。顔も髪で隠しちゃえ。
「ごめんなさい、ちゃんと洗濯して返すから」
眠っているグレイ王子に手を合わせて謝ると、足音を極力させないように窓へ向かう。さすがに子猫用の出入り口は使えないから、窓を開けてベランダに出た。南宮階段下の物置き部屋につけば、私のお仕着せが置いてある。庭園を横切り、木々に隠れるようにして進んだ。
南宮厨房の入り口について、ホッとして扉を開けて、後は階段へ向かうだけだと気を抜いたのがいけなかった。厨房から出る扉に手をかけた時、押していないのに扉が勢い良く開いた。
え?
扉に引きずられるように倒れ込み、ボスンと固い何かに顔が当たる。
うん?
目の前には肌色が広がり、慌てて体勢を直そうとすると、何故かウエストに腕を回されて引き寄せられた。
「ずいぶん積極的な子猫ちゃんだな」
鳥肌が立つような甘ったるい声がし、拒絶反応から引き寄せてきた者を突き飛ばした。
「おわっ」
尻もちをついた人に目を向ければ、シャツの前ボタン全開で、胸元や首にキスマークを散らした男性が、燃えるようなを赤毛をかき上げながら私を見あげていた。その瞳は緑色で……。
ラインハルト第一王子じゃん!
「すみません!お怪我は?」
「ないけど、起こしてくれないか」
「あ、はい」
差し出された手を思わず取ってしまったけど、小さな私が大きな男性を起こせるわけもなく、逆に引っ張られてラインハルト王子の胸の中にダイブしてしまった。
「正直、もう少しメリハリのある体型の子が好みなんだけど、大胆な子は嫌いじゃない」
シャツの上からお尻を撫でられ、私は初めて自分の意思で獣化しそうになった。全身の毛が逆立ち、金色の目が暗闇に光る。
(シャーッ!尻尾触んじゃないわよ!!)
人化している時は、尻尾は生えていないが、ラインハルト王子が触った場所は、まさに獣化した時に尻尾が生える場所だった。
「ベタベタ触んな!」
「え?目が光って……なんて……」
私はラインハルト王子の手を振り払い、王子を踏みつけて駆け出した。
「ぐえっ……」
角を曲がる手前で獣化が完成し、グレイ王子のシャツが床に落ちる。
黒猫の姿になった私は、ほんの少しだけれど大きくなっていた。
★★★ラインハルト目線
四人の婚約者候補の部屋をハシゴした僕は、さすがに種も尽きた状態で私室に戻る途中だった。南宮の正面玄関を通って帰るべきなんだろうが、乱れたシャツを整える気力もなく、近道をしようと厨房へ向かった。こちらには、東宮へ料理を運ぶ為の出入り口があり、この扉に鍵をつけないように指示を出していた。もちろん、南宮に泊まる令嬢達の部屋に行ったり、目をつけた侍女と逢い引きする為だ。
厨房の扉に手をかけ引っ張ると、男物のシャツを一枚羽織っただけの女が僕の胸に飛び込んできた。その女特有の柔らかい感触に反射的に抱き寄せて囁やけば、なぜかいきなり突き飛ばされてしまった。
尻もちをついて見上げて見れば、暗めの髪に黒いシャツ、大きな金色の瞳をした小柄な少女が立っていた。その瞳があまりに綺麗で見惚れてしまう。
きっと、いきなり抱きしめられたからびっくりしただけで、僕が誰だかわかったら、他の女みたいにすり寄ってくるだろう。そんな気軽い気持ちで、少女に手を差出して引っ張り寄せた。
見た目は細いのに実は……というのは男の妄想だな。見た目通りに貧相な胸のようだ。けれど、引き締まった細い足はなかなか良いし、尻も小さいが形は良いな。
尻を撫でれば、下着をつけていないことがわかった。
なんだ、やる気満々じゃないか。
「正直、もう少しメリハリのある体型の子が好みなんだけど、大胆な子は嫌いじゃない」
もう勃つ気はしなかったけれど、女子にここまでされて無視するのは男がすたる。と思ったら、凄い力で腕を振り解かれ、金色に光る瞳で睨みつけられた。その眼力の強さに、金色の瞳がさっきよりも大きく光って見えた。
その美しさに見惚れていると、少女はあり得ない一言を吐いた。
「ベタベタ触んな!」
「え?目が光って……なんて……」
今まで、女子にもっと触れて欲しいとは言われたことはあっても、触るななんて言われたことはなかった。しかも、少女は僕の腹と顔面を踏みつけて走り出した。
「ぐえっ……」
こんな扱いをされたのは生まれて初めてだ。
「ま……待って」
顔面を押さえながら起き上がり、少女を呼び止めようとしたが、少女は既に廊下の端まで走り去っていた。翻ったシャツから尻尾のようなものが見えた気がしたが、すぐに少女は角を曲がって見えなくなった。
「僕を踏みつけて行くなんて……」
壁によみかかって、踏まれた頬を撫でる。
国王の一番の寵愛を受ける第一夫人の長男に生まれ、正妃の息子に王太子の座は奪われたものの、研究馬鹿の王太子よりもよほど次期国王に相応しいと、誰もが僕を褒めそやした。女子は一晩の関係でもいいからと、自分からドレスを脱いで擦り寄ってくるから、みんながみんな、僕に惚れるものだと思っていた。
だから、さっきの少女がシャツ一枚で現れた時も、侍女の一人が僕を誘惑したくて潜んでいたものと信じて疑わなかった。
廊下を戻り、少女が消えた角まで来ると、曲がってすぐの廊下に黒いシャツが落ちていた。
「これは……」
シャツを手に取り、それに顔を埋める。
男物の香水の香り?最近はユニセックスとか言って、男性用の香水を女性がつけることもあるから、彼女もそうなんだろう。それに、微かに香るくらいの香水は好ましかった。それに比べ、婚約者候補達の香水はなんてどぎつかったことか。僕のシャツにはっきり移るくらい香水をプンプンさせ、シャツについた四人の香りが喧嘩し合って悪臭にしか思えない。
僕は悪臭の元になっているシャツを脱ぎ去り、彼女の残っていた黒いシャツを羽織った。侍女が着るには上質過ぎるシャツだから、もしかしたら脱落した婚約者候補者の一人なのかもしれない。
あんな金色の瞳の少女はいただろうか?
部屋に戻ったら、至急金色の瞳の少女を探させる為に、今回の見合いパーティーに集まった少女達を再度宮殿に呼ぶように言いつけることにした。
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