第11話 婚約者候補決定

 一週間のお見合い期間が終了し、各王子達の婚約者候補が発表されることになった。令嬢達は一同庭園に集められ、その正面には王族が並んで座っている。令嬢達の後ろには王宮使用人達が立ち、この発表を聞き逃すまいと耳を傾けていた。

 というのも、婚約者候補に決まった令嬢達は、これから一年間、妃教育を受ける為に王宮に留まり、一年後に正式な婚約者が決定する。どの婚約者候補のお付きに任命されるかで、将来の出世が決まると言って良い。王太子妃付きになれれば最高だし、夫人付きでもまぁまぁ。最悪なのは、妃に選ばれる可能性の低い令嬢付きになってしまった時で、そういう令嬢には、見習い侍女上がりが配置されるんだろうと皆予想していた。


 今日、配属が決まることにより、見習い侍女から見習いの呼び名は消え、正式な侍女になるのだが、もちろん私が令嬢付きに指名されるなんて思っていなかったから、見習い侍女達の中でも後ろの方に陣取り、後で張り出される配属表で、配属を確認すれば良いかなと気楽に構えていた。


 今日もよく整えられた鬘をかぶった宰相が前に出て来て、小さく咳払いをすると、三人の王子の婚約者候補が決定したと、朗々と話し出した。


「王太子候補。シンクレア王国第一王女、ミランダ王女。ケナロック王国第二王女、カトレア王女。ジスロ公爵家次女、サリーア嬢。ケプラー伯爵家長女、イーシア嬢。以上四名の方は前にお願いします」


 王女達は堂々と進み出、アレキサンダー王太子の両脇に立ち並んだ。シルバーブロンドの美女ミランダ様はまさに王妃の風格をお持ちで、厳格で冷ややかな印象を受けた。それに比例し、ピンクブロンドのカトレア様は、朗らかで優しげな雰囲気の美女だった。この二人が正妃候補と見て良いのだろう。

 残りの二人は夫人候補なのか、サリーア嬢はブルーブロンドという珍しい髪色をしていて、自信に溢れた様子は夫人は確定だと言わんばかりだった。反して、黒髪にも見えがちな濃い焦茶の髪をしたイーシア嬢は、自分が何故ここに選ばれたのかわからないとばかりにオドオドとしており、絶えず眼鏡を指で押し上げて落ち着かない様子だった。


「続きまして、第一王子妃候補。フロモント侯爵家長女、リンダ嬢。セフゼニール伯爵家三女、アイリーン嬢。ニキノロン伯爵家次女、シャーロット嬢。ランデルカン伯爵家四女、ヨハンナ嬢。タンザール伯爵家三女、ライザ嬢。以上五名の方は前にお願いします」


 リンダ様以外の令嬢は、キャーキャー喜びながら前に出て来て、我先にとラインハルト第一王子にくっついた。四人共にブロンドに素晴らしいスタイルの持ち主で、皆同じに見えると言うか……女好きなラインハルト王子の好きなタイプなんだろうなとわかる集団だった。そんな中、彼等と一歩離れて立つリンダ様は、プラチナブロンドにスレンダーな体形をしており、ラインハルト王子に目をやるでもなく、無表情で前を見据えていた。


「最後に、第三王子妃候補。サバン伯爵家三女、アンネロッテ嬢。キノロン伯爵家次女、ターニア嬢。お二方、前にお願いします」


 明るい茶髪で人懐っこそうなアンネロッテ様と、赤毛に近い茶髪で眼鏡美人のターニア様、二人は微妙な表情でグレイ王子の後ろに立った。ハズレ王子の婚約者候補に選ばれなくて良かったとざわつく令嬢達の後ろで、私はそんな令嬢達にイラッとして、噛み付いてやりたい衝動に駆られる。そんな怒りと共に、グレイ王子に寄り添える(後ろに立っているだくだけれど)存在がいることにモヤモヤした。だって、アーンをしてくれたり、ブラッシングしてくれたり、お膝でうたたねできたりするのは、私だけの特権だったのに。


 選ばれなかった令嬢達は、思い思いに会話をしながら退場していき、残された使用人達は、今度は自分達が呼ばれる番だとピリッとした雰囲気になった。


 王太子の婚約者候補者付き侍女から発表され、名前を呼ばれた侍女達は誇らしげに前に出て行き、王女や令嬢達に挨拶をする。

 見習い侍女の出番はないよねと、のほほんと構えていたら、いきなり名前を呼ばれた。しかも、第三王子付きの侍女。婚約者候補のほうじゃないの?どういうこと?


 とりあえず、どんな役割がわからないけれど、呼ばれたから第三王子の前に進み出る。


「エステル・リッチモンドです。よろしくお願いいたします」

「ああ。君には、婚約者候補達との伝達役になってもらう」

「私がですか?」

「そうだ」


 グレイ王子と意思疎通して会話したのは初めてだった。今まで、子猫のステラとして会話したつもりになっていただけだったから。

 結局、グレイ王子の婚約者候補には最低限の次女しかつかず、私がオールマイティに二人の候補者に仕えることになりそうだ。王太子はともかく、第一王子とも差をつけられ、私は宰相に殺意さえ覚える。


 いつかその鬘、風で吹き飛んでしまえ!


「エステル、髪型を変えたんだな」


 宰相に呪い(残念ながら発動はしないけど)をかけていると、グレイ王子に髪の毛をつままれた。


 うん?(人として)話したのは今日が初めてだし、会ったと言うか遭遇したのはこの前、王太子にからまれたパーティーが初めてのはず。あんな一瞬で、しかもただの見習い侍女を認識するとか、グレイ王子って記憶力良過ぎだよね。さすが王子様!


「よく気が付きましたね」

「染めたのか?」

「地毛ですよ。私、ツートンカラーですから」


 猫ならありきたりのツートンカラーも、人間では珍しいということを失念していた。


「珍しいですね。目の色も茶色というよりも金色っぽいし、二色の髪色なんて白髪以外に初めて見ました」

「白髪じゃないですよ」


 話に入ってきたアンネロッテ様が、コロコロと笑い声を上げた。


「わかってます。フフフ、あなた面白いのね」

「グレイ第三王子殿下に質問があるのですが、よろしいでしょうか」


 ターニア様が淡々とした様子で口を開いた。朗らかで明るい雰囲気のアンネロッテ様と、冷静沈着でややクールな雰囲気のターニア様は、見るからに正反対なタイプだった。婚約者候補は、ある程度は王子達の要望も入りつつ選ばれるから、ここまで真逆なタイプをグレイ王子は何基準で選んだんだろうか?

 この二人のうちのどちらか、もしくは両方とグレイ王子が結婚するかもしれないと思うと、モヤモヤとしたものが胸に溜まる。


「なんだ」

「今回の候補者に、なぜ私をお選びになったか聞きたいのです」

「あ、それは私も聞きたいですわ。だって、第三王子殿下とはこの一週間、一度も会話しておりませんわよね。私の場合、どなたとも縁付くつもりはございませんでしたから、第三王子殿下だけではなく、他のお二方の側にも近寄りませんでしたけど」


 アンネロッテ様の発言に、ターニア様も頷く。


「それは私も同じです」

「えっと……じゃあなんでパーティーに参加したんです?」


 今回のお見合いパーティーは、伯爵位以上の令嬢で、婚約者のいない者が参加条件ではあったけれど、強制参加ではなかったはず。嫌ならば来なければ良かったのでは?

 そんな私の思いが表情に出ていたのか、アンネロッテ様は少し困ったように眉を下げる。


「私は美しい女性が好きなんです」

「「「えっ!?」」」


 いきなりのカミングアウトかと、驚愕の視線がアンネロッテ様に集中する。


「髪型やお化粧、ドレスにアクセサリーに至るまで、総合コーディネートをすることで、いかに女性を美しく表現するか!私の手で、女性の美を究極まで引き出したいというのが、私の将来の夢なんです」

「えっと、それがこのお見合いパーティーになんの関係が?」


 確かに、アンネロッテ様の装いは上品な上にセンスに溢れているとは思うけれど、何が言いたいのかさっぱりわからない。ニーナとかは、侍女としてのスキルで必要だからと、髪型の研究をしていたり、流行りのお化粧の仕方とかの講習も積極的に受けていたみたいだけれど。


「あら、王子様達とのお見合いパーティーならば、令嬢達は最高の仕上がりで勝負しますでしょ。勉強になると思ったんです」

「勉強……、私がこのパーティーに参加したのもまさにそれです。王宮に滞在できれば、蔵書数随一と言われる王宮図書館への出入りが自由だと聞いたので」


 ターニア様が話に入ってきた。


「つまりお二人共、お見合いは二の次だったということですか?」


 それはそれでグレイ王子に失礼じゃない?しかも、彼女達を選んだ本人を目の前にさ。


 グレイ王子のお嫁さん候補と聞いてモヤモヤしていたはずが、逆に二人がグレイ王子のことは眼中になかったとわかると、それはそれでグレイ王子が軽んじられた気がしてムカムカした。これが子猫の姿の時なら、毛を逆立てて二人を威嚇していたかもしれない。


「二の次というか……」


 二人は顔を見合わせると、グレイ王子に揃って頭を下げた。


「「選ばれることは想定しておりませんでした」」


 グレイ王子がどんな顔をして二人を見ているのか、怖くて顔を上げることができなかった。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る