第10話 内緒でお願いします!
王太子にいちゃもん(?)をつけられ何とか逃げた後は、裏方の仕事を率先してやった。パーティーの給仕なんかして、また王太子につかまったらやっかいだからだ。
あの侍従はけっこうしつこくて、仕事もしないで私を探し回っていたけど、人化してはいても私の嗅覚はそれなりにきくからね。逃げる対象が分かっていれば、近くに来る前に逃げられるのよ。まさか、私なんかにそんなにこだわらないとは思うけど、しばらくは王太子もあの侍従も避けとくのが無難よね。
くしゃみさえしなきゃ、獣化はしないけれど、獣人だって疑われているのはやっかいだから。
「お疲れー」
女子寮の部屋に戻ると、鞄に荷造りしているニーナが鞄を閉じたところだった。侍女は部屋着から下着、生活用品は支給されるし、お仕着せなども毎朝洗濯された物が配られる。私物といえば外出着くらいで、ニーナの洋服がかかっていた洋服掛けのスペースがガランと空いていた。
「え?この時期に帰省?」
「違うわ。私の担当が決まったの。見習い終了よ」
「だからって、部屋を移るの?」
同室になって数カ月だが、少しつっけんどんで毒舌気味ではあるけれど、六人兄弟の長女だからか面倒見が良く、私からしても頼りになるお姉さん的な存在だった。
「王太子付きになったのよ。なんだって私なのかしら。見習い侍女をいきなり王太子付きの上級侍女にするなんて、聞いたことないわ」
「凄いじゃん。超出世だね」
「まぁね、お給金も良くなるからありがたいけど、南宮に寝泊まりして常に待機状態って、いくら給料高くても気が休まらないわ。それに、よくわかんないけど、王太子直々の指名って言うのよ。なんか怪しくない?」
王太子直々の指名?
「……王太子に会ったことは?」
「馬鹿ね、私達みたいな見習い侍女が、王太子に会えるわけないじゃない。遠くから、豆粒くらいの王太子の行列を眺めたことがあるくらいよ」
ですよね。そうすると思い当たるのは、私の名前詐称事件のみ。あはは、確かにニーナの名前を語ったわ。ニーナがアレキサンダー王太子に目をつけられるとしたら、それくらいしか考えられない。
思わず、冷や汗ダラダラになりながらなんて言おうか考えていると、ニーナはそんな私の様子を見てすぐにピンときたらしく、鞄を床に置いて私に詰め寄ってきた。
「エステル、私に話さなきゃいけないことがあるなら、今すぐに言いなさい。あんた、また何かやらかしたんでしょ」
「あ……いや……あの」
「私が怒る前に、今すぐ!」
「ごめんなさい!」
獣化していたら、確実に耳はペタンと後ろに倒れていたよね。私は身体を直角に折って頭を下げた。
「王太子にいちゃもんつけられて、名前を聞かれたもんだからニーナの名前を言っちゃいました!ごめんなさい!」
「あんたね……」
ニーナは一瞬呆気にとられたようだが、すぐに状況を把握したようにため息をつく。
「全く、何を失敗したら、王太子にいちゃもんつけられるような状況になるのよ」
「わからないのよ。多分勘違い?(実は真実なんだけど)なんか本当に言いがかりなの。黒髪だから獣人だろうみたいなこと言われて、閉じ込められそうになったの」
「獣人?エステルが?」
「あはは、笑っちゃうよね。獣人がこんなにツルツルだったら、脱毛症だっての。ハゲチャビンって馬鹿にされちゃうよ」
あっちにいた時は、同じくらいの年齢の子にはハゲだなんだと揶揄われていたし、私が人間とのハーフだって知らない獣人からは、皮膚病だと思ったのか、凄い勢いで距離を取られたこともあった。
もちろん、虐められて泣いて帰るなんてことはなくて、ちゃんと撃退していたけどね。獣人ってさ、自分の身体能力を過信しているから、とにかく肉弾戦なの。しかも、性格が単純なのか、奇襲とか罠とか全然疑わなくて、簡単にしかも何度も似たようなことに引っ掛かってくれちゃう。遠距離攻撃にも弱くて、鈍足で力自慢な獣人には、矢じりを丸くした弓矢やパチンコが有効だった。俊足な獣人は罠におびき寄せて吊し上げた。
でもね、やっぱり年頃になると、気にしちゃうのよ。だから、ニーナに言った言葉には、少し自虐も入っていた。
「こんな綺麗な黒髪でハゲチャビンなら、宰相閣下はクソハゲね」
「ぶっ!」
いつも眉間に皺を寄せて偉そうにしている宰相が、実は鬘だということは侍女達の中で公然の秘密であった。彼はうまく隠しているつもりなのだろうが、彼のクローゼットの中に同じ鬘が沢山隠されていることを知らない侍女はいない。
「冗談はさておき、王太子がエステルを獣人だと勘違いしているのも意味がわからないけど、なんで閉じ込めようなんて……」
「獣人を研究したいんじゃないかな。もしかしたら、解剖しようとか考えているのかも!」
「まさか!……いや、あの王太子ならあり得るのかな」
二人で顔を見合わせて青褪める。
アレキサンダー王太子の薬に対する研究は国の為になっており、救われた命も多いと聞く。ただ、それは国民を救いたいという崇高な使命のようなものに突き動かされて……とかではなく、王太子の異常なまでの探究心を満たした結果、たまたま発見された成分に薬効があったというだった。王太子は、残酷な動物実験も眉を顰めずに行う、マッドサイエンティストな一面があるので有名だ。
「私、王太子の勘違い(でもないんだけど)でモルモットみたいに研究されちゃうの?で、最終的には解剖されて、ホルマリン漬けにされるとか怖すぎるんだけど」
王太子の私室にある一室は、珍しい動植物の標本が沢山あると聞く。研究室と呼ばれるその部屋は、誰も掃除に入ったこともなく、王太子自ら管理しているとか。目とか臓器とかがプカプカと瓶に浮いている様子を想像すると、ゾッとしてしまう。
「エステル、あんた絶対に王太子に捕まっちゃ駄目だわ。勘違いで解剖とか、洒落にならないもの」
私はウンウンと頷く。
「侍女帽を外せって言われても、私は黒髪じゃないし、あんたじゃないことは見ればわかるはずだから、私が獣人に間違われることはないわ。でも、他人だってなれば、きっとすぐに仕事を降ろされるわね」
「そうかな?ニーナは優秀だから、王太子付き侍女として重宝されるわよ」
「それならそれでラッキーだけど。王太子付き侍女になれたら、私の名前を挙げてくれたエステル様々ってとこかしら」
ニーナは、私が名前を騙ってしまったことを、上級侍女になれるチャンスだと受け取ってくれたらしい。
「でも、私があんたと別人だってわかれば、きっとあんたとの関係を聞いてくるはずよ。それに、あんたみたいな真っ黒な黒髪は珍しいから、侍女帽を脱げって言われたらすぐに見つかるわよ」
「え……?そうなの?どうしよう」
侍女帽は、すっぽりかぶる大きめなもので、本来は全部髪を入れるように指示されているが、厳しく言われるのは厨房侍女くらいで、他の侍女達は編んだ髪の毛をわざと侍女帽から出していた。私は髪を編むのは面倒だから、適当にまとめて侍女帽中に突っ込んでいた。適当過ぎたせいで、ちょろっと髪の毛が帽子から飛び出て、アレキサンダー王太子に黒髪が見つかっちゃったんだけどね。
「黒っぽい焦げ茶なら、まあいなくもないけどね。あんたの髪の毛は、ただ黒いだけじゃなくて艶々ね」
ニーナは、私の髪の毛を羨ましそうに引っ張る。
まあ、毎晩グレイ王子が高いブラシでブラッシングしてくれているからね。子猫のステラが艶々フカフカになったら、人化したエステルまで毛艶が良くなったのよ。
「黒髪じゃなくなればいいんなら、染めちゃえばよくない?」
「それは駄目!……な、亡くなった母親の遺言だから、髪は染めるなって。あと、この長さより短くしちゃ駄目って」
「……宗教の戒律とか?」
「ううん、うちは無宗教」
そんな遺言はなかったけれど、獣人の髪の毛はちょうど良い長さになったら伸びなくなるものだから、下手に切ると獣化した時に情けない姿になるよとは言われた。あと、染めるのならば全身染めないと、獣化した時に斑になっちゃうらしい。でも、全身染めるのは難しいから、やらない方が良いねとも言われた。
だから、染めるのも切るのも却下なんだよね。
黒っぽい髪の毛の人はチラホラいたと思ったけど、確かに真っ黒は見たことなかったっけと記憶を探る。一番多いのは明るい茶髪で、次はブロンド。全体的に見て、明るめの髪色の人が多いかもしれない。それに対して、獣人は黒や焦茶、斑などが多い。何を隠そう、実は私もただ真っ黒なだけではなく、襟足のところがグレーがかった銀髪のツートンカラーだ。髪を上げないとわからないから、知っている人は少ないと思うけど。
「私は、黒髪の侍女なんか知らないってしらを切り通すわ。それに、こうすれば、黒髪じゃあないわよね」
ニーナは私を椅子に座らせると、襟足のグレーがかった銀髪を残してお団子を作ると、その上から侍女帽をかぶせた。銀髪の部分は緩く編んでわざと侍女帽から出す。これなら、黒髪じゃなく銀髪だと認識されるだろう。
「これで、あんたを黒髪だって誰も言わないし、私が嘘をついたことにもならない。だって、これだってあんたの髪色だもの」
屁理屈と言えなくもない理論だが、獣人だとバレたくない私には有り難い。
「黒髪のことは、絶対に内緒でお願いします!」
「もちろんよ。私も、解剖されたあんたなんか見たくないもの」
まじて、これからは王太子を徹底的に避けよう!研究対象なんて、まっぴらごめんだわ。
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