第9話 黒猫を見つけた…グレイ王子視点

 ステラはうまい具合に見回りの騎士達を避け、厨房から南宮に入り、さらには階段下の小部屋に消えた。


「くしゅん!」


 可愛らしいくしゃみが聞こえ、しばらくしたら小部屋の中でガタンガタンと音がした。

 扉をそっと開けてみると、中には子猫の姿もない。どこから逃げたのか部屋を見回すと、高い場所に小窓が一つ。俺はジャンプして窓の縁をつかむと、腕の力だけで身体を持ち上げた。顔だけ出して窓の外を見ると、お仕着せを着た黒髪の女が、女子寮に入って行くのが見えた。


 あの侍女がステラ……。


 ベッドの中でも見たけれど、目を閉じて眠っていた姿と、今の動いている姿ではかなりイメージが違った。

 侍女の一人だとわかってからは、黒髪の侍女を探した。黒っぽい焦茶の髪の侍女はそれなりにいたが、ステラのように真っ黒の髪の毛の侍女はなかなかいなかった。

 そして、やっと見つけた。見習い侍女でのエステル・リッチモンドという侍女だ。リッチモンドといえば子爵家だが、リッチモンド家には女子はおらず、親戚の娘として紹介状が出されていた。その娘のことを調べさせると、リッチモンド子爵の弟の娘で、子爵の弟は放浪癖があり、十数年行方不明だと思ったら、いきなり娘を連れてふらりと帰ってきたらしい。そして、娘を置いてまた放浪の旅に出たとか……。


 リッチモンド子爵は四角四面な人物で、獣人国と内通して国を裏切るようなタイプでもなかった。彼が紹介状を書いているのならば、信用できるのではないかという思いと、放浪癖のある彼の弟は怪しいのではと疑う思いが交差する。


 とりあえず彼女を観察しようと、侍従長にエステルの仕事を最初は東宮に近い厨房に指定しようとしたら、厨房からは出禁を申し付けられているとか。怪しい行動……たとえば毒を盛るとか……があったのかと思いきや、鶏と格闘したからだった。では、東宮の掃除メイドはと言ったら、掃除の仕方がパワフル過ぎて、東宮には向かないと侍従長は首を横に振った。窓掃除で、二階から落ちたらしいのだ。しかも無傷だったとか……。

 他にも色々やらかしてはいるらしいが、基本明るくて元気で猪突猛進……いや、猫なんだけど。

 庭園掃除では王妃の薔薇をちょん切って庭師を蒼白にさせていたし、階段掃除では、手摺を滑って見事な着地を決めていた。そして、今、類稀なバランス感覚で大量のデザートを運び、素早く均等にテーブルに並べ終わったところだった。

 最初は満足そうに自分の仕事の出来を眺めていたが、すぐにキョロキョロと辺りを見回し……手がデザートに伸びようとしたところを、俺の横を通り過ぎて行ったアレキサンダーに声をかけられていた。


 粗相を注意されるのかと思いきや、周りにいた取り巻きの美女達を遠ざけ、アレキサンダーはステラの肩をつかみ、かなり至近距離で何やら話している。

 まさか、アレキサンダーのタイプはステラみたいな女性なのか!?ラインハルトと違い、女性とからむよりも研究を優先するような兄が?


 もちろん、ステラは可愛らしい。小さな顔に大きな瞳、鼻は少し低めだけれど形は良いし、口元も愛らしい。全体的に小柄で、見た目も中身も女性の色気とは対極にあるタイプだけれど、それがステラの魅力でもある。何より、ステーキを前にした時のはしゃぎようはなんとも可愛い。ガツガツ食べる姿は見ていてほのぼのできるし、食べ終わった後のお手入れしている姿もいい。俺の前でグテンと伸びて、気持ち良さそうにブラッシングされている時は、本当にリラックスしているようだし、ベッドでお腹まで出して寝ている姿は、見ていて和やかな気持ちになれる。


 後半は子猫のステラに対する愛情が溢れてしまったが、子猫のステラも侍女のエステルも、俺にしたら同一人物だ。


「君、すまないがアレキサンダー王太子に伝言を頼む」


 俺は手近にいた侍従に声をかけ、王妃がアレキサンダーを呼んでいるというデマカセの伝言を頼んだ。俺が自分で仲裁に行ければ良かったんだが、あの人は俺の言うことなんか聞かないだろうから。


 侍従が伝言を伝えに行くと、アレキサンダーは立ち去ったが、今度は侍従がステラの腕を捻り上げているのを見て、一気に怒りが溢れた。


 俺の子猫になんてことを!


「おい!」


 俺は堪らず足早に近付き、侍従とステラに声をかけた。侍従はすでにステラの腕を捻り上げてはいなかったが、まだ強く腕をつかんでいた。


「仕事中に手を繋ぐとか、どういうつもりだ」

「あ、これは違うんです!」


 思っていた以上に冷ややかな声で侍従に詰問すると、侍従はパッとステラから手を離し、両手を万歳して無実をアピールする。手が離れた隙に、ステラは一目散に逃げ出し、侍従が慌てて後を追おうとした。


「あっ!待て!」

「おい、おまえ!どういうつもりだと聞いているだろう」


 侍従の肩をつかみ、ステラを追えなくする。


「ああ、違うんです。王子殿下、彼女は王太子殿下の……」

「王太子の何だって言うんだ!王太子付きの侍女でもないだろう」

「それはわかりませんが、王太子殿下がお気に召したようで、私室に連れて行くように仰せつかったんです。ああ、見えなくなってしまった。第三王子殿下、申し訳ありませんが失礼させていただきます」


 侍従はステラを追いかけて行ったが、すでに姿が見えないステラには追いつけないだろう。


 その夜、俺はステーキとケーキを用意してステラを待った。さりげなくアレキサンダーの動向を探ったが、特に侍女を連れ込んだとか、女を囲っているなんて様子もなかったからきっと来る筈。

 ソファーに座って経済学の本を読みながらも大して本に集中もできず、窓につけた猫用のドアをチラチラと見つめて、ステラが来るのを待った。

 

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