第7話 混乱する第三王子…後半グレイ王子視点
アレキサンダー王太子の乱入事件後、私が王子達に会いに(ステーキを食べに)行くのを控えたかというと、全く控えていなかった。
だって、グレイ王子がいれば絶対に守ってもらえるし、ジーク王子だけの時も、私がちゃんと逃げればいいだけだもんね。
というわけで、今日も私はグレイ王子の私室で夜食にステーキをたいらげ、彼のブラッシングを受けてウトウトしているわけよ。
「明日からは、おまえとこうしてくつろげる時間が減るかもしれない」
「ンミャ(どうして?)」
グレイ王子は猫用ブラシをサイドテーブルに置くと、ふかふかの毛並みになった私をお腹の上に置いてベッドに横になった。私はほふく前進をするようにそろそろとグレイ王子の上を歩くと、彼の顎の下に頭を押し込んでぐりぐりする。ちょうどすっぽりはまるここが私のお気に入りだ。
「明日から、お見合いパーティーが一週間連続で行われるんだ。昼間も、お茶会やイベントがあるから抜け出せないし、夜もパーティーで遅くなる。おまえも、あまり庭園をうろつかない方が良い。令嬢の中には動物を毛嫌いしている者もいるから、追い立てられるかもしれない」
お見合い!そう言えば、私達見習い侍女も、パーティーの給仕に駆り出されたり忙しくなるんだった。他国の王族や身分の高い自国の令嬢達にはベテランの侍女達が付くが、見習い侍女もそんな侍女達の使い走りをしなければならない。日常の仕事にプラスしてだから、それこそ朝から晩まで働き詰めになるだろう。
今回、見習い侍女が大量に募集され、私みたいに侍女未経験の人間が王宮に就職できたのは、このパーティーに向けての人員確保の為でもあったのだ。
私も、昼間はなんちゃらとかいう伯爵令嬢付きになることは言われていた。
「ニャニャニャ(グレイ王子にも婚約者ができるの?)」
「心配するな。俺みたいに評判の悪い王子には、誰も近寄ってこないから。ただ、兄達の引き立て役になるだけだ」
「ニャーニャン(逆よ逆。変態王太子と色気違い第一王子が、あなたの引き立て役になるでしょうね。グレイ王子は絶対にモテモテになっちゃうわ)」
「王命だからパーティーには参加するけど、俺は高位の貴族と紐付くつもりはないし、結婚なんか考えていないんだ」
「ニャニャンニャ(ならいいんだけど。グレイ王子が結婚なんかしたら、私の憩いの時間がなくなっちゃうもの)」
「大丈夫だよ。誰にも選ばれなきゃ、俺から選びようもないんだから」
一見会話が成立しているように見えるかもだけど、はたから見たらグレイ王子が猫に向かって独り言を言っている光景なのよね。グレイ王子には私の言うことはわからないはずなのに、よく通じているな……いや、あっちは本当に独り言か。私は会話しているんだけどね。
「ニャーン(私の憩いの時間は確保してよ)」
「おまえはここで寝ていていいんだからな」
チュッと鼻にキスをされ、もうドキドキがバクバクなんだけど!私は子猫、私は子猫、子猫にするキスには意味なんかないんだから!
グレイ王子の
グレイ王子は自分は選ばれることはないと言うけれど、そんなことは絶対にないよね。いくら評判が悪いとは言え、こんなにかっこいいし、ちゃんと話せばグレイ王子の良さはすぐにわかるはず。グレイ王子が正しく評価されて欲しいという気持ちと、評価されてしまったら令嬢達に狙われてしまうという不安でモヤモヤする。
しかし、そんなモヤモヤもグレイ王子の手で撫でられていると、すぐにどこかへ行ってしまい、気持ちの良い睡魔がすぐに戻って来る。
「眠いのか?ほら、おまえのためのクッションと上掛けを用意したんだ」
グレイ王子の枕の横に置いてあったクッションに下ろされると、小さな可愛らしい上掛けかけられた。クッションとお揃いの上掛けは、どうやら私の為に作らせたようだ。
「ニー(ちょっと目を閉じるだけだから……)」
ふかふかのクッションは気持ち良かったけれど、グレイ王子の膝の上の方が何百倍も気持ちが良いな……なんて思いながら、私はしっかりがっつり眠ってしまうのだった。
★★★グレイ王子視点
「くしゅん」
ベッドに入り、ステラを撫でながら俺は治水についての専門書を読んでいた。毎年、長雨の時期に川が洪水を起こすことが多く、治水についての陳情書が数多く上がっていた。しかし、国としての反応はいつも後手後手に回り、せいぜい被害が拡大しないようにするのが精一杯で、洪水を起こさないようにするにはどうしたら良いかなどが議題に上がることはなかった。
今読んでいるのは、他国で行われているダム事業についてで、他にも堤防土の設置や、そこに植林することで堤防の決壊を防ぐ方法、遊水池の設置などなど、なかなか興味深い内容ばかりで、夜もかなり更けていたが、本に夢中で睡魔に襲われることもなかった。
ステラを撫でていたはずが、何やら違う感触がして、思わず手を止める。柔らかくて、フルンとした触感。しかも、毛がない?!
恐る恐る本から視線を外して自分が触っている物を見れば、小さいけれど弾力のある胸を鷲掴みにしているではないか。
「おわっ!」
ベッドから落ちるギリギリまで飛び退り、目の前で爆睡中の黒髪の女を信じられない面持ちで凝視する。夢で見たと思っていた全裸の少女、あれは夢じゃなかったのか!?
それとも、気が付かない間に眠ってしまっていて今は夢の中……ってことはないな。リアル過ぎる感触が、いまだに手に残っている。
それなら、本に夢中になっている隙に、この間一瞬で消えたように魔法みたいに現れたとか……、いや、魔法なんてないんだからそんなこと非現実的だ。第一、俺はステラから手を離していない。手を離したとしても、一秒あるかないかだ。
どうやってこの女が俺に気付かれずにベッドに潜り込んだのか?色々考えてみたものの、さっぱりわからない。それに、ステラはどこにいった?女に驚いて逃げたのか?
前回布団をかけた途端に消えたから、今回も消えるんじゃないかと思うと、安易に布団もかけられず、俺は視線を女の顔に固定して、なるべく丸出しの胸を見ないようにした。
女が男のベッドに裸でいたら、そりゃ目的はアレしかないんだろうが、あまりに無防備に寝ているその姿を見ると、なんか……絶対に違う気がする。第一、事を起こす前に爆睡ってのは、ここまで大胆な行動を起こした奴がすることだろうか?
そんなことを悶々と考えていたら、女は微妙に寒かったのか、手をモゾモゾと動かすと、かろうじて下半身を隠していたステラ専用の上掛けを引っ張り上げ肩にかけた。
おいーっ!さすがに下半身丸出しはまずいだろ!
手探りで布団を引っ張り寄せ、なんとか女の下半身を隠してやる。どんな鍛錬でも、ここまで気力を振り絞ったことはなかった。
やり遂げた後、俺はベッドに突っ伏して脱力した。
「くしゅん」
女のくしゃみで顔を起こした俺は、さっきまで女がいた場所を見て愕然とした。
「……ステラ」
さっきまでそこにいなかった子猫が、クッションに丸くなってスピスピ寝息をたてていた。そして女は、俺が目を離した一瞬で忽然と消えた。
布団をまり繰り上げたが、やはりそこに女はいない。
「また消えた……」
そこではたと気付く。
女に驚いて逃げたのかと思っていたステラは、今、何事もなかったかのように寝ている。
女が現れて消えたステラ、ステラが現れて消えた女。
黒髪の女と……黒い毛のステラ。
世の中に、獣人という獣にも人間にもなれる人種がいることは知っていた。人間国と獣人国は鎖国状態だから、直に獣人を見たことはなかったが、人化した獣人は獣の特徴を強く残し、身体は体毛や鱗に覆われていると聞く。
あの女は、完全な人間の姿をしていたから、獣人ではないと思われたが、この状況を考えれば、黒髪の女とステラが同一人物だと考えれば納得もいく。
人間には知られていないだけで、突然変異的に完全な人間の姿と獣の姿を持つ個体が存在するのかもしれない。そんな個体を集めて、密かに人間国に獣人を紛れ込ませているとしたら、子猫のステラは獣人国から来たスパイ……。
「スピャー……ニャニャニャ(私の肉ー、沢山あるー)」
幸せそうに寝言を言うステラを見て、深刻に考えていた自分がなんだか間抜けに思えてくる。ステラが獣人であるという可能性はあるとして、スパイかどうかは確定じゃない。
とりあえずは、あの黒髪の少女を探してみよう。さすがに正体不明の少女がうろつけるほど、王宮の警備はザルではないはずだから、王宮を歩いていても問題のない人物、侍女か下働きの女の可能性がある。
「おまえはいったい誰なんだ」
早朝、まだ薄っすらと暗い中、部屋を抜け出すステラの後を俺はこっそりつけた。
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