第5話 第三王子と子猫…後半グレイ王子視点
ニーナのくれた鶏の羽は、なかなかに良い仕事をしてくれた。
南宮の階段下小部屋に入った私は、靴とお仕着せを脱いで箱に隠し、肌着姿で鼻先をコショコショ。
「ハッ……クシュン」
視界がぐんぐん下がって行き、肌着が私の視界を覆う。そこから這い出すと、肌着をくわえて箱の中にいれ、鶏の羽もその上に置いて、頭でグッと押して箱を閉める。口で引っ張りやすいように、箱には紐で取ってをつけてある。箱の上にかけておいたボロ布で箱を隠し、いざグレイ王子の私室へ。
厨房はすでに料理を作り終わり、竈の火も落としていたから、人目を気にせずに通り抜けることができた。黒い毛は闇にまぎれるには好都合だったし、見回りの騎士も、子猫一匹庭園を歩いていても、特に追い払われることなく目的のバルコニーについた。
私の高級ステーキは……。
尻尾をユラユラ揺らし、バルコニーの階段を登ると、皿は二枚。一つには水が入っており、もう一つは……食い散らかされていた。
(うおーっ!!!だから鳥は嫌いなのよ!人の食べ物勝手に横取りして、しかも食べ方も汚い)
地団駄を踏むかわりに、尻尾までブワッと毛が逆立った。
(私のお肉ーっ!!)
「なんだ、鳥に食べられたのか」
私がフーッフーッ言いながら悪態(猫語で)をついていたせいか、部屋着を着たグレイ王子がバルコニーに出て来た。白いシャツに黒いズボンとラフな格好なのに、金髪をかき上げる様は、ドキッとするくらい男の色気に溢れていた。
「ニャーゴ、ニャニャニャ(そうなのよ!私の高級お肉が鳥の餌食に。食べ残しも泥だらけよ)」
グレイ王子の足に縋って抗議をすると、王子は身体を屈めて私を抱き上げた。
「そう怒るな。新しい肉を用意させるから」
「ニャニャニャ(高級ステーキよ。肉汁たっぷりの。ミディアムレアがいいわ。塩胡椒もお願いね)」
グレイ王子は侍従にベランダの掃除とステーキを頼むと、水の皿だけ部屋に入れ、私を抱えたまま部屋に入った。
「おまえ、子猫なのに賢いな。ジークが夕飯も用意するって言ってたから来たんだろ?でも、ちょっと遅すぎたな。少し前までベランダで肉の見張り番をしてたんだが、寝る時間だからって侍従に連れて行かれたんだ」
あんなに小さな子が、肉を狙う鳥と格闘していてくれたのかと思うと、胸がキューッとしてくる。
「これからは、俺の部屋に餌皿を置いておくことにしよう」
「ンニャ(この部屋にはどうやって入るのよ。私は窓を開けられないわよ)」
「ここにおまえだけ入れる扉を作るように言っておく。ここだよ。いいか?」
グレイ王子は窓の右下を差して言い、その横に水皿を置いて私も下ろした。
「ニャー(わかったわ。ここから入れるようにしてくれるのね)」
「くすっ。おまえは本当に言葉がわかっているみたいだ」
「ニー(まぁね)」
それから焼きたての高級ステーキが届けられ、私の目の前に湯気の立つステーキが……。もうね、涎ダラダラよ。獣化している時は本能に忠実過ぎるくらい忠実だから、私はすぐに齧りついたわよ。だって、我慢できないじゃない?
「フミャーッ!」
脂が……熱っ!熱っ!あっつ!
毛を逆立てて飛び上がる私を見て、グレイ王子がクスクスと笑う。いつも不機嫌そうにしている王子の笑顔は、レア中のレアなんだけれど、さすがにそれを堪能する余裕は私にはない。
「熱いだろ。おまえは猫なんだから、猫舌に決まっているじゃないか」
グレイ王子は私の前から皿を取り上げて、テーブルの上に置いてしまう。
「ミャー(私の肉!)」
「取り上げたんじゃないから。切って冷ましてやるから待ちな」
「ミャミャミャ(なんだ、早く言ってよね)」
上品にステーキを切り分けるグレイ王子の足元にお座りをし、尻尾でパタパタ王子の足を叩く。早くちょうだいのおねだりだけれど、私はただの猫じゃなくて獣人だからね。待てだってできるのよ。
「おまえ、本当に利口だな」
「ニャーニャニャン(おまえじゃなく、ステラよ。あなたがつけたんだから忘れないでよね)」
「ほら、おいで。切ってあげたから。ふーふー」
グレイ王子の膝に飛び乗り、お座りをしてアーンと口を開ける。
「食べさせて欲しいのか?ほら」
ちょうど良いくらいに冷めたステーキを口に入れられ、夢中で咀嚼して飲み込む。昼間のステーキと何かが違う?同じくらい美味しいけど、なんか脂身が少ないような。昼間のも美味しかったけど、私はこっちのが好みだわ。少し独特の匂いにがあるけど、私には美味しそうな匂いに感じられる。
「気に入ったか?夜だからさっぱりめにラム肉にしてもらったんだ」
「ミャー(美味しいわ、おかわりちょうだい)」
「ほら、お食べ」
口を開けると、またもやふーふーと冷ましてから肉を私の口に運んでくれる。常に表情が険しくて、冷徹なイメージがあるグレイ王子だけど、なにげに面倒見が良くて尽くすタイプよね。じゃなきゃ、いくら兄弟とはいえジーク王子が懐かないよね。人は本当、見た目によらないわ。
「ミャミャ(もうお腹いっぱい)」
ステーキを完食して、ポンポコリンになったお腹を出してゴロンと転がれば、グレイ王子は穏やかな表情で私の首元をくすぐり、お腹を撫でてくれる。
やばい、ゴロゴロ鳴る喉が止められない。気持ち良過ぎて、瞼がどんどん下がって行き……。本当、一瞬だから、目を閉じるの……は……。
抗えない睡魔に自分に言い訳をしながら、私は目を閉じてしまった。
★★★グレイ王子視点
膝の上でお腹を出して眠る子猫に、俺は人生最大の癒しを感じていた。
動物アレルギーがあるくせに動物好きな弟が、少しでも動物に触れられるようにと、彼が拾ってきた子猫を自ら風呂に入れ、念入りにブラッシングし、毛が飛び散らないようにして触れ合わせてみた。この毛並みを直に触れられないのは可哀想だが、完全防備したジークは、アレルギー反応を出すことなく子猫と触れ合えた。
まだ小さいのに王子教育に奮闘するあいつの癒しになれば……と思って、子猫の世話をしてみたけれど、まさか自分がこんなに穏やかな気分になれるとは思わなかった。
もう慣れたと思っていたのだが、第三王子という立場は、自分にとってかなりなストレスだったようだ。母親の立場を考えれば、出過ぎず目立たずをもっとうとして、兄達……特に第一王子の機嫌を損ねないように愚鈍なふりをした。派閥に担ぎ上げられないように貴族達と距離を置き、友人も作らずにいたのは、自分達は無害だという最大限のアピールだった。母親と弟を守る為ならば、自分は「ハズレ王子」と呼ばれようが気にならなかった。成人して臣籍降下しなかったのは、王子の身分にしがみついたのではなく、母親と弟を守りたかっただけで、二人を連れて行けるのならば、獣人国との境にある辺境伯を任命されてもかまわないとすら思っていた。
実際には、自分の興味の向く分野以外は穴だらけの知識を持つ王太子よりはバランスよく知識があり、女の尻を追いかけてばかりで鍛錬を怠る第一王子よりは腕が立つ。それを隠しつつ、絶妙なバランスで王子としての国務もこなさなければならず、出来過ぎないかつ支障も来さないというのは、かなり神経をすり減らすものだった。
子猫をベッドに運び、枕の上に横たえる。その子猫の腹に顔を押し付けて匂いを堪能すれば、自分と同じ石鹸の香りとやや獣っぽさの混じった香りがした。
アニマルセラピーとはよく言ったもので、この匂いを嗅ぎながらならば久しぶりによく眠れそうだ。子猫の体温を感じながら、俺は深い眠りについた。
「……くしゅん!」
月の明かりが西に傾いてきた頃、可愛らしいくしゃみで、俺は半分寝ぼけながら目を覚ました。
ステラのくしゃみだろうか?体毛に覆われた子猫に布団をかけたら暑いだろうと、枕元に置いたままにしてしまったが、もしかしたら寒かったのかもしれない。
布団をかけてやろうと手を伸ばして……。
なんだ、この感触は?
ビロードのような毛並みに触れるのかと思ったら、滑らかな肌の感触がして、驚いて目を開いた。目の前には裸の女の胸が!?ささやかな膨らみながら、しっかりと形を保っているそれから、目をそらすことができなかった。
「……もう食べられない」
女の寝言に、ハッとして顔を見上げれば、まだあどけない黒髪の少女がそこにいた。ガバッと起き上がると、かろうじて少女の下半身にかかっていた布団まで捲れ上がってしまい、俺は慌てて布団を引き上げて少女の頭からかけた。
「くしゅん」
またもや可愛らしいくしゃみの音がする。
まさか、ハズレ王子の自分のところに、色仕掛けをしてくる女がいるとは思わなかった。もうすぐ、自分を含めた三人の王子の婚約者を決める為に、国内外から令嬢達を集めて、集団見合いのようなものを行うと聞いていたが、抜け駆けをしようとした令嬢の一人だろうか?もしかしたら、他の二人の寝室と間違えて入って来たのか?
女の顔をきちんと確認しようと、恐る恐る布団をめくると……。
いない!布団の中では、黒い毛並みの子猫が一匹。腹を出して大の字でスピスピ寝ていた。
「……幻か?」
俺は、女性には目を向けないようにしてきたし、閨教育は受けたが、経験豊かで豊満な教育係りの身体を見ても、特になにも感じなかった。同じ異母兄弟のラインハルトと違い、性的欲求が少ない性格なのかと思っていたくらいだ。
それなのに、まさか、寝ぼけたとは言え裸の女の幻を見るなんて!しかもそれが妖艶な美女ではなく、可憐な少女だったとか?!今まで自分の好みの女性なんか意識したことはなかったが、豊満なバストより小ぶりな方が好ましいらしいと初めて知った。
「欲求不満なのか……」
額に手をやり、深いため息をつく。すると、そのため息で目を覚ましたのか、ステラが起き上がって伸びをしながら欠伸をした。
「悪い、起こしたか?まだ朝じゃない。もう少し寝るといい」
ステラは金色の澄んだ瞳を俺に向けると、身軽にベッドから飛び降り、ベランダに続く窓の前でお座りをした。
「どうした?」
ステラは振り返って俺を見ると、前足でトントンと窓を叩いた。
「出たいのか?トイレか?」
「ナーゴ」
夜中だからか、ステラは控えめに鳴く。いや、子猫に気遣いなんかあるわけがないから、俺が勝手にそう受け取っただけだ。
ベッドから降りて窓を小さく開けてやると、ステラはスルリと窓の隙間から抜け出て、真っ暗な庭園に溶け込んだ。
「ステラ」
「ニャン」
短い鳴き声がし、暗闇に金色の双眸が光って消えた。
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