『布より始まり、神を喰らう:最弱妖怪の異世界進化譚』

コテット

『布より始まり、神を喰らう』

第1話 『布妖怪・フユの目覚め』


──風が吹いていた。


かすかな夜風。月のない空に、樹々の影が静かに揺れている。


その中で、一枚の布が、ひらひらと宙を舞っていた。


白い、古びた布。破れ、汚れ、何度も誰かに捨てられたような──そんな、ただの布きれ。


けれど、彼には名前がある。


フユ。かつて、人間だった記憶を持つ者。


「……え?」


自分の体が、ふわふわと浮いている。


感触も重みもない。ただ、風に流されているだけの存在。地面に落ちては、枝に引っかかり、また落ちる。


思考が混乱する。だが、確かに感じた。


「俺……死んだ?」


思い出す。ビルの照明、パソコンの熱、冷えたコーヒー。


ブラック企業の事務所で、深夜残業をこなしていた。無理が祟り、机に突っ伏したまま──心臓が止まった。


【転生条件達成:「現世で無念の死」→転生対象:妖怪「布霊(ぬのだま)」】


声が響いた。頭の中に直接。


【新しい世界へようこそ。】


「うそだろ……」


彼は今──異世界にて、妖怪へと転生していた。


風に乗って移動しながら、視界が徐々に慣れてくる。


森。深く、暗い。人の手が入っていない原生林のような密度。動物の気配は薄く、代わりに、どこか不気味な音が断続的に聞こえる。


「うわ、これ……ゲームで見たことあるタイプの世界だろ」


そう思っていた時──


【現在のステータスを表示しますか?】


問いが浮かぶ。どこからともなく、意識に語りかけてくるように。


「表示……お願いします」


瞬間、視界に浮かんだのは、光るパネルだった。


| 名前     | フユ(旧名:加藤冬也) |

| ------ | ------------------ |

| 種族     | 妖怪:布霊(Rank F-) |

| レベル    | 1 |

| HP    | 5 / 5 |

| 妖力    | 2 / 2 |

| 攻撃力    | 1 |

| 防御力    | 0.5(布ゆえに貫通) |

| スキル    | 吸着(Rank F)/共振(未開放) |

| 特性     | 炎に極端に弱い/軽すぎて飛ぶ |

| 進化条件  | 「吸着」で生物の妖気を10体分吸収 |


「な、なにこれ……紙以下じゃん……」


レベル1、ステータス最弱、しかも耐久もない。能力もスキルもショボすぎる。


「でも……転生ってことは、伸びしろがあるってことだよな?」


今度こそ、自分の力で何かを変えられる。


会社では、誰にも認められなかった。努力しても、数字がついてこないと意味がないと言われた。心がすり減り、気力が尽きて……最期は、誰にも看取られずに消えた。


けれど今、始まったのだ。自分の意志で進める新しい人生が──


「よし。やってやるよ、この“布の体”でな!」


フユはひらりと枝を離れ、風に乗って進む。


だが、次の瞬間──


「キィィィッ!!」


不気味な鳴き声とともに、森の茂みから飛び出してきたのは、三本足のネズミ。


その体は青黒く濁り、目は真っ赤に光っていた。


【魔鼠(Rank E-)】


──ステータス表示。


「おい、俺より格上じゃねぇか!!」


その牙が、布の一部を食いちぎった。


「痛っ!! っていうか体削られるってどういうこと!?」


体が裂ける。HPがゴリッと削られた感覚。再生もしない。


「やばい、やばい!! スキル、スキル使えるのか!?」


──そのとき、脳裏に浮かんだのは一つの単語。


【吸着:対象に張り付き、微量の妖気を奪う(持続)】


「やるしかねぇ!」


フユは布の端を伸ばし、魔鼠の背中に張り付いた!


ジジジ……。


魔鼠が暴れる。だが確かに、フユの中に「熱」が流れ込んでくる。


【妖気吸収:0.2体分】


少なっ!!


しかし、ほんの一瞬の油断が命取り。


魔鼠が地面に背中をこすりつけると、布の一部がズタズタに裂けた。


「ぎゃあああああああ!!」


──HP:1 / 5


瀕死。ズタ布。


「これは……撤退っ……!」


風を読み、最後の力で宙を舞う。魔鼠の牙が空を切り、フユは辛くも枝の上に落ちた。


敗北だった。


だが、初めての戦いで得たものが一つある。


【吸着スキル経験値:10%】

【妖気吸収:0.2体分】


──これが、最強への最初の一歩だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る