ウルフ
「終わった――」
あの気持ち悪い化け物が死んで、私はほっと息をついた。化け物の首からはもう血は流れていなかったが、
その血が全身にべったりとついて、ものすごく臭くて、この世界に来てから感じたことのないひどい悪臭だった。
しかし、それよりも重要なことがあった。化け物に背中に負わされた傷だが、全く痛みを感じなかった。背中の傷から血が流れていても何も感じなかった。
私は背中に背負っていたリュックを外して確認した。
「いたた、こんなに破れてたらもう捨てるしかないな。でもよかった、まだ中身は無事だ」
リュックはボロボロに破れていて、もう使えなかった。幸い、中には死体から取ったペンダントしか入っていなかった。それはあの死体の家族に渡すための記念品だった。
クティからもらった財布は無事だった。森に入る前に腰にしっかり縛っていたからだ。
それから、傷口に手を当ててみた。傷がどれだけ掻きむしっても痛みは全く感じず、出血多量でめまいもなかった。
「痛みを感じないなんて、不思議だな」
それが本当か確かめるために、近くの木に向かって立ち上がり、思い切り頭をぶつけてみた。
ぶつかった衝撃でふらついて後ろに下がったが、確かに痛みは感じなかった。
「これはすごい能力だ」と私は感心した。
痛みを感じないことで、今のような状況に遭遇しても自信が持てる。
それに気づかなかったが、
「暗闇の中でもはっきり見える…」
そう、さっきは考え事をしていて、夜の森を光源なしで走り抜けていたことに気づかなかった。
今、周囲がよく見える。つまり、暗闇の中でも見えるのだ。
「これは不思議だ。今度女神に会ったら必ず聞いてみよう」
その時、何かに引き寄せられるように私は見知らぬ方向へ歩き出した。ペンダントは財布にしまった。
気がつくと、流れ続けている小川の前に立っていた。
「なぜここにいるんだ?」と驚いて周囲を見回す。
小川の向こう側はまだ密林だった。私は小川の下流へ歩き、森の出口を探した。
しかし、森の出口は見つからず、代わりにかなり大きな湖にたどり着いた。前に来た湖よりは小さいが。
湖のほとりを歩いていると、森から誰かが現れた。手には薪を持っている。
私はその影をこっそりつけていった。
その人は薪を置き、古びた小屋に入った。小屋の前には小さな焚火があった。ここが彼の住処のようだ。
私は隠れていても出口が見つからないので、その小屋に行き、住人に森の出口を聞こうと決めた。
扉の前で少しためらい、扉が古くて壊れそうなのでノックはせず、そのまま開けて中に入った。
中はカビ臭く、薄い毛布と――
「……人間?こんな死の森の中に人間が……!」
小さな少女が小屋の真ん中に座っていた。彼女は淡い青緑色の瞳、灰色のボサボサの肩までの髪、右目の上には縦に切り傷の痕があった。身にまとっているのは布切れだけで――
頭には毛の生えたオオカミの耳があり、背中にはふさふさした灰色と黒の尾があった。
そう、彼女は獣人だった。
「獣人か?」と私は思わず口にした。
「そうだよ。何だ、人間。ここにいるな!」と敵意をむき出しにして私に向かって叫ぶ。
彼女は壁の隅に身を縮め、牙をむき出しにして「人間は……屠殺者だ!」と言った。
「待ってくれ、道を聞きたいだけなんだ」と私は手をあげて安心させようとしながら苦笑した。
「知らない!知らない!消えろ!消えろ!消えろ!!」と彼女は板の破片をへし折って投げつけてきた。
私はそれを手で受け止めて、また苦笑しながら外に出て扉を閉めた。
「どうしてだろう。たぶん見た目が怖かったんだな」
血まみれの姿が彼女を怯えさせたのだろう。そこで私は湖に行き、体を洗い服を洗濯した。
「全然寒くないな」
夜の湖は普通ならとても冷たいはずなのに、私は寒さを感じなかった。
気にせず体を洗い、服を洗い終わった私は岸に上がり、薪を集めて焚火に火をつけ、魔法で乾かした。
石鹸がないので体はまだ臭ったが、気にしなかった。
扉の前に立って開ける勇気がなかった。彼女にまた追い返されるのが嫌だったからだ。
私は彼女の言葉を思い出し、対策を考えてから扉を開け、裸のまま入った。
「ねぇ、あの――」
「消えろ!」
彼女はまた板を割って投げてきた。私はそれを防いだが、反射神経が早くなっているのに気づいた。
でもそれは今私が気にすることではなかった。
「見てよ、私も共和国の仲間だよ。私も差別されているから君の気持ちがわかる」
そう言うと彼女は落ち着きを取り戻したようだった。私はゆっくり近づいて安心させた。
「本当?私も差別されているんだ。だから大丈夫だよ」
私が彼女の肩に手を置くと、彼女は泣きそうな顔をしていた。
「う、うーん……ついに伝説の『英雄』に会えたよ、お父さん、お母さん~~」
「へっ?」
そう言って彼女は突然私の胸に顔をうずめて泣き出した。私はどう反応していいかわからなかった。
「ねえねえ、落ち着いて。どうして私を英雄って呼ぶの?」
彼女は泣くのをやめ、顔を上げて言った。
「お父さんもお母さんも、みんな言ってたの。いつか東から黒い髪と深い黒い瞳を持つ人間が来て、私たちのような『混血種』を救うって」
私は本当に英雄かもしれない。女神に遣わされたのだから。
でも1つ疑問があった。
「ねぇ、『混血種』って何?どういう意味?」
質問を無視して、彼女は私に逆質問した。
「ねぇ、あなたは伝説の『英雄』?」
「たぶんそう。でもステータスには公国民って書いてあるよ」
「そんなの関係ない!」
彼女はまた私の胸に顔をうずめて頭を振った。
「で、君は誰?どうしてここに一人でいるの?」
顔を私の胸にうずめたまま答えた。
「私の名前はオウガ。私は14歳の狼獣人だよ、へへ~~」
彼女は私をしっかり抱きしめてから顔を上げて笑った。
「で、お父さんやお母さんや仲間はどこにいるの?どうして一人でここにいるの?」
笑顔のまま答えた。
「私たちは東に移動中。でも私が役立たずだからみんなに置いていかれたんだ」
「置いていかれて悲しくないの?」
「役立たずだって言われて必要ないって捨てられたの。悲しいよ。でも君がいるからもう悲しくない」
「ひどいね」
彼女はまだあどけない笑顔を浮かべながらそんな言葉を言い、私は胸が熱くなった。もう感じられないと思っていた感情だった。
「彼らはどれくらい前から君をここに置き去りにしたの?」
「まだ3ヶ月だけです」
本当にひどい話だ。今、私は彼女を捨てた奴らの顔を殴りたい気持ちでいっぱいだった。でも仕方なく自己紹介をした。
「私はレナ。君が見た通り東の方から来た。冒険者のランクはEで、19歳。よろしくね。」
それを聞くと、彼女は私を床に押し倒し、連呼しながらしっぽをぱたぱたと振った。
「レナ、レナ、レナ、レナ、レナ、レナ、レナ、レナ!」
「わかった、わかった、ちゃんと聞いてるから。服取ってきてあげるよ。」
彼女は少し悲しそうな顔で私を離した。
「うん〜〜」
私は外に出て、自分の服を取ってきた。まだ少し湿っていたが、着られた。
「何も着てないよりはましだ。」
服を着終わると、小屋に戻ってみると彼女はいつの間にか丸まってしっぽを抱いて眠っていた。
「かわいいなあ、こんなに愛おしいのに捨てられたなんて。」
寝ているときの彼女は、小さな体とふわふわのしっぽがとても愛らしかった。
そう思いながら近づき、片手でしっぽを、もう片方で小さな狼の耳を撫でた。すると突然、彼女が目を覚まし私を引き寄せた。
「まだ起きてるの?」と私は小声で聞いた。
「だって、敏感なところを触られたから〜〜」彼女は半目でしっぽを弱々しく振った。
彼女は私をぎゅっと抱きしめ、離さずにまた眠り続けた。
「まあ、明日には森から出られるからいいか。」
まだ片手は動いたので、ステータスを開いてみると、あのモンスターを倒したことで数値が上がっていた。
「レベル8になってる!魔力は60、HPは60、他のステータスは全部10ポイントずつアップだ。」
あの気持ち悪いモンスターを倒したから当然だ。
「それに新しいスキルが2つも増えた。」
そう、手に入れたスキルは「クイックドライブ」――一時的に高速移動できて、使うたびに30の魔力を消費する。そして「ソニックトレース」――音だけで敵を追跡でき、これも1回使うと30の魔力が減る。
職業も「なし」から「旅人」になっていた。多分、冒険者になったときに変わったのだろう。
ステータスを閉じて、もう一度オウガの可愛い顔を見つめ、ぎゅっと抱きしめた。
こうして二人は寄り添って深い眠りについた。
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