23 これが真相だよ……
ふつう、夏祭りが行われるとき、駅は人でいっぱいになるはずだ。
そのことを言うと、白は「んんん」と唸った。そして「間違えた」と言った。
「え?」
「お祭り、今日じゃなかった。うっかりうっかり、だ」
「えー……」
「ノーソンでアイス
というわけで、二人は駅近くのコンビニ「ノーソン」に入った。
白は有言実行を敢行し、しっかりとアイスを奢ってくれた。
ふたりは店の外で、アイスを食べながら話をした。やがて話題は、自然と『アオハル事件』についてになった。
「黒。屋上の鍵、ちょっと見せて」
「え? ああ、うん」
黒はスクールバッグから鍵を取り出して、白に差し出した。
白は鍵を受け取ると、それを黒の目線の高さに掲げて見せた。
「私、今思い出したんだけどね、スペアキーって、鍵番号が刻印されないんだよ」
「鍵番号?」
「ここに、アルファベットと数字が彫ってあるの見たことない?」
白は、鍵の表面を示して言った。
黒は自分の家の鍵を取り出して、確認してみた。すると鍵の表面に、アルファベットと数字を合わせた七文字が刻印されていた。
「たしかに、掘ってあるね」
「でも、屋上の鍵には掘ってないんだ」
たしかに、屋上の鍵には、表にも裏にも、鍵番号らしきものは見当たらない。
「じゃあ、やっぱりこの屋上の鍵はスペアキー、『第三の鍵』ってことなんだね?」
「だと思う」
灰原の推理は当たっていたわけだ。
沈黙していると、「そういえば」と、白ががらりと話題を変えた。最近ぶっ飛んだ設定のホラー映画が公開されるもんで、それが気になるという話だった。
黒も気になってきて、スマホで検索してみることにした。
その際、せっかくなので、黒はノーソンのフリーWi-Fiに接続して、データ通信量の節約を試みた。
彼女は、親への金銭的負担を少しでも減らそうと、かなり安いプランを契約している。なのでデータ容量が少なく、チャンスがあればこうしてフリーWi-Fiを利用するようにしている。
ノーソンは独自のフリーWi-Fiサービスを展開しているので、非常に助かる。
ちゅーちゅー吸うタイプのアイスをくわえながら、黒がその映画のイントロダクションを読んでいると、「黒」と、白に声をかけられた。
「なに?」
「いまLINKで送ったURL、見てみて」
映画関連のページかと思いきや、白が送ってきたのは鍵屋さんのホームページだった。
「これがなにか……ん?」
ホームページを見て、黒は頭に何か引っかかるものを感じた。
その正体を具体的な像として思い描くのに、やや時間を要した。
「……ねぇ、白。あたし、気づいちゃったかもしれない」
「よかった。これで感動を共有できそうだ」
スマホの画面に表示されているのは、オンラインサービスについての説明ページだ。その会社が展開するサービスが、分かりやすく解説されている。
「鍵番号とメーカー名が分かれば、鍵をお店に持って行くことなく、複製ができる」
黒は言った。
「こんなサービスがあったなんて、知らなかった……」
「私も。さっき偶然見つけてしまった」
やり方は簡単だ。
まず、ホームページで鍵のメーカーや形状を選択する。そして鍵番号をフォームに入力する。仕上げに、氏名、届け先を入力し、購入を完了させる。
そうすれば、近日中にスペアキーが自宅に郵送されてくるのだ。
ホームページの解説によれば、鍵番号とは、いわゆる「設計図」なのだという。
ゆえに、それを知ることさえできれば、実物の型を取ることなく、スペアキーを作成できてしまうのだ。
「このサービスを使えば、盗むことなく、屋上の鍵を複製できる。鍵を見ればいいんだ。見るだけでいいんだ。そしてそこに彫られている鍵番号をホームページのフォームに入力する」
ふだん感情をあまり表に出さない白が、興奮を隠しきれていない。
「犯人は、鍵を見るだけでよかった」
見るだけでよかった。
見るだけで……。
黒は、金城の話を思い出す。
彼はこう言っていた。
――えっと、先月だったかな? うん、たぶん先月。放課後、アオハルくんが生徒会室を訪ねてきたんだ。『屋上に出たいのですが、鍵を貸してもらえないでしょうか?』って、水越先輩にお願いしてた――
――そんで、昨日の黒木さんと同じように、水越先輩が同行する形で、屋上に向かって行った――
おそらくアオハルは、そのどこかのタイミングで、水越が持っている鍵を盗み見たのだ。
そこに彫られている鍵番号を、盗み見たのだ!
間違いない。
黒は深呼吸してから、溶けてすっかり液体になってしまったちゅーちゅータイプアイスを飲み干した。
それから、白に金城の証言のことを話した。
「決まりだね……」
白は言った。
「『アオハル事件』の犯人は、アオハルくんだ……」
「うん。きっとアオハルくんは、オンラインサービスを利用して、鍵を二本複製した。そのうち一本を、遺書と一緒に封筒に入れて、残り一本で屋上の扉を施錠した。密室を作った。すべて、アオハルくんの自作自演だった……」
「あっけない幕引きだね」
白は肩をすくめた。
「事件解決をお祝いしよう。黒、今日はうちに泊まっていきなよ」
白と一緒にお泊りというのは、黒にとって非常に魅力的なイベントだった。黒は迷うことなく、白の提案を受け入れた。
「そうと決まれば、ジュースとお菓子を買ってくる。奢ってあげるよ」
白はアイスのゴミをゴミ箱に放りこむと、再びノーソンの中に入って行った。
黒は外で待つことにした。待ちながら、アオハルについて考えた。
「アオハルくん、あたしは、君のことが分からなくなってしまったよ……」
黒は、夜空に向かって呟いた。
アオハルくんはあたしの味方なの? 敵なの? 分からないよ……。
ぶるっと、ポケットの中のスマホが振動した。
確認すると、LINKのメッセージが着信していた。メッセージの送り主は……。
「!? あ、アオハルくん……?」
アオハルだった。
黒は震える手で、トーク画面を開いた。メッセージとスタンプが表示される。
スタンプは、パンダ人間が目元に影を落として「カンのいいガキは嫌いだよ……」と呟いているものだ。
そして、メッセージは……
黒。その様子だと、真相に気づいたようだね。そう、すべて俺の仕業さ。俺は君のことを、これから先もずっと見ているからね。もちろん、今もね。
今も……?
黒の全身に、突き刺すような悪寒が走った。
ノーソンの前の通りでは、数人の人間が行きかっている。その中に、アオハルの姿は見当たらない。
でも彼はどこかで、黒を見ている。
黒は急に、アオハルのことが怖くなった。彼の行動は常軌を逸している。今の彼は、黒に対してどこまでも冷酷になれる。そんな気がした。
黒は、白に助けを求めたかった。彼女にそばにいてほしかった。
白はレジで会計をしている最中だった。財布をガサゴソと漁っているのが、自動ドア越しに見える。
黒の頬を伝った汗が、乾いたアスファルトの駐車場に落下する。
会計を終えた白が、ビニール袋をぶら下げて外に出てきた。
「黒……? どうした? 顔が真っ青だ」
黒はさっき起きたことを説明するため、口を開いた――。
そのときだった。
「ああっ!!」
白が大声をあげた。
黒は驚きのあまり心臓が爆散するところだった。
「なに、白、どうしたの!?」
「アオハルくん!」
白は車道の向こうを指さして叫んだ。
「え!?」
黒は、白が示す方向に素早く視線をやった。
「あの路地に入って行った! 黒、追うよ!」
白は駆けだそうとする。
しかし黒は、白の腕を掴んで止めた。
「白、いいよ。追わなくていい」
「なんで!? 捕まえて、白状させよう!」
「ごめん。でも、あたし、今アオハルくんに会うのは怖い……」
黒の恐怖に染まった顔を見て、白は折れてくれた。
「分かったよ」
二人は、白の家に向かって歩き始めた。
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