第1話 王子様(仮)オーディション、落選しました。

 目の前に広がっていたのは――重厚な石造りの天井と、見渡す限りの金と緋(あけ)色。


 ついさっきまで私がいたのは、化粧品の香りに包まれたコスメカウンター。だけど今、足元にはふかふかの赤い絨毯、頭上ではシャンデリアが燦然と輝いてる。


 まるで歴史的映画のワンシーン。あまりの非現実さに、私はただぽかんと立ち尽くしていた。


「成功……しましたぞ! 召喚は成功ですじゃ!!」


 興奮した様子で叫んだのは、白髭をたくわえたローブ姿の老人。まるで絵に描いたような“魔法使い”って感じ。


「……は? 召喚? って何の話かしら?」


「見てみよ! この麗しき顔立ち、背筋の伸びた気品ある立ち姿! 我が娘の理想の婿に相応しいぞ!」


 後ろに控えていた、いかにも“王様です”って風格のおじさまが、なぜか感激したように私を見てる。


 ……ちょっと待って、今なんて?


「今、お婿さんって言ったかしら?」


「うむ。我はこの国の王である。そなたをこの世界に召喚したのは、最愛の娘・レアリアのため! 娘の理想の伴侶を、異世界から呼び出すよう命じたのじゃ!」


「ちょっと!? 理想の婿が欲しいからって異世界から人を引っ張ってくるって、どうゆうこと!?」


「ふふ……お父様、私にもその方のお顔をよく見せて」


 緋色のドレスをまとった少女が、王の背後から優雅に現れた。ゆるやかなプラチナブロンド、宝石のように輝く紫の瞳。まるで絵本から抜け出してきたみたいな“お姫様”。


 そんな彼女が、じっと私を見つめて――ほんのり頬を染め、そっと口を開いた。


「なんて理想的な外見をしていらっしゃるのかしら……あなた様と結婚できたら……」


 ちょっと待って!? 今、いきなりプロポーズ!?


「お名前を聞いても?」


「ええっと、本名は勇大って言うんだけど……可愛く“ユウちゃん”とか“ユウ”って呼んでくれたら嬉しいわ♡」


「ユウ……ちゃん?」


「あら、オネエに会うのは初めて? ごめんなさいね、王子様ってキャラじゃないの。」


 ……沈黙。


 目の前の王女の表情が、ゆっくりと固まっていくのが分かる。


 あっ、これダメなパターンね?


「お父様!! この方、外見は完璧ですけれど……その、私の求めていた“王子様”とはちょっと違いますわ!」


「なんだとっ!?」


「私、いえ……私の理想は、もっとこう……寡黙で、黙って私を守ってくれるような……」


「ちょっと待って!? だったら最初から“性格:寡黙・筋肉質”ってスペック表に書いといてくれない!? 外見だけでとりあえず召喚とか、そんなの理不尽すぎるでしょ!?」


 


 ――結果。


 私は王宮から、あっさり追い出された。


 


「勝手に召喚された挙句、まさかの門前払いってどういうことよ……!」


 王都の外れ、城門前。荷車の荷台に腰を下ろしながら、私は深いため息をついた。


 着ていた制服は白黒モノトーンで、完全に現代日本のスーツスタイル。ありがたいことに“魔法の加護”とやらで言葉は通じてるみたいだけど、見た目が浮きまくってる。


「でもまぁ……帰れない以上、どうにかして生きていくしかないわよね」


 私はジャケットの裾を整えて立ち上がり、手にした愛用のメイクポーチを見つめる。


「そうよ。こんなこと、人生で一回あるかないかなんだもの。

 楽しまなきゃ、損よね!」


 そう言って、私は王都の大通りへと、一歩を踏み出した。



 まずは情報収集――と意気込んだものの、通りを歩く人々の視線がやけに刺さる。


「……やっぱり、制服のままじゃ浮きまくるわよね」


 日本のコスメカウンター仕様の白と黒のスーツに、細身のパンプス。見慣れない異国の街並みに、まるで舞台衣装のように浮いてしまっている。


 せっかくなら、見た目からこの世界になじむのもアリよね。

 そう思った私は、まずは街角にあった服飾店に入ることにした。

 幸い、召喚のときに儀式を執り行ったあの魔法使い――名前は確か、ロルフ様だったかしら――が、お城を追い出される直前にこっそりと声をかけてくれたのよ。


『そなたには気の毒なことをした……少ないが、旅立ちの足しにしてくれ』


 そう言って、手渡されたのは金貨数枚と、ギルド本部の紹介状だった。



「いらっしゃいませ、お客様……あら、その服装、珍しいですね」


「ふふ、ちょっと遠くから来たの。できれば、この国で浮かない服を一式お願いしたいのだけれど?」


 事情を多く語らずとも、店員の女性は察しがよくて、数着のチュニックやローブ、軽装のズボンなどを持ってきてくれた。


 私はその中から、淡いラベンダー色のシャツに、グレージュのロングコート、ゆったりしたシルエットの黒のパンツを選ぶ。

 上品だけど動きやすくて、オネエ的にも合格。


 フィッティングルームで着替え、鏡の前に立った私は、にっこり微笑んだ。


「うん、これなら“この世界の住人”に見えるわね」


 けれど、足元を見て少しだけため息をついた。


「せっかく服がバッチリなのに、足元が“百貨店勤務”じゃバランス悪いわね……」


 愛用していた黒のパンプスは、確かに綺麗。でも石畳の街を歩くには不向きだし、これから先、歩いて移動がメインになるかもしれない日々を考えると――


「このお店って、靴も取り扱ってる?」


「ええ、少しですが。こちらです」


 案内された棚から、落ち着いたブラウンのショートブーツを選んだ。くるぶし丈で、低めの太ヒール。レースアップでホールド力もある。


 試し履きしてみれば、足にぴったり。歩きやすさも抜群だった。


「これなら、全力疾走だってできるわね」


 購入を決め、パンプスは丁寧に包んでもらう。ついでに、脱いだ制服のスーツも、布袋に入れてもらって――。


「……やっぱり、思い出はちゃんと取っておかなくちゃ」


 パンプスもスーツも、私が“ユウちゃん”として働いていた証みたいなもの。

 異世界に来たからって、それを簡単に捨てるわけにはいかない。


「ありがとう。どちらも、大切に持っておくわ」



 街を歩く足取りは、さっきよりずっと軽やかだった。靴が変わったのもあるけれど、きっと――覚悟が決まったから。


「よしっ。次は本屋さんかしら? それとも、魔道具のお店をのぞいてみようかしら?」


 異世界で生きていくための“私らしいやり方”を探す旅。

 その最初の一歩は、おしゃれと実用性を兼ね備えた靴から始まったのだった――。


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