第3話「今年は彼女の文化祭になる」

      クイーン1


 文化祭っていうよりも地域のお祭りみたいだ。


 近所の人や他校の生徒がパンフレットを片手に、期待に胸を弾ませた様子で行き来している。自分の学校に興味を持って人が来てくれるのは、素直にとても嬉しいことだった。


 文化祭だということもあり、同級生も他校の生徒もみんなお洒落で気合いを入れている。校則を破ったファッションや、出し物が関係するのかしっかり髪型をセットしている生徒が多い。


 一方、自分はというと、いたって普通だ。中学のときはワックスを使い、格好をつけようと思っていたけれど、やめてしまった。


 でも、身につけているものだってある。


 右腕に、『風紀委員』という黄色い腕章が巻かれている。黒いブレザーに黄色が映えていた。


『風紀委員』と言いつつ、普段の活動は町内の清掃作業や花壇の世話などが主なものだ。影では清掃委員とも呼ばれている。


 腕章を着けているのは、文化祭に来てくれた人が困った時に訊ねていい人ですよ、とわかりやすくする為だ。文化祭の間、風紀委員は腕章をつけ、校内の巡回をする。


 困っている人がいれば声をかけ、何かトラブルがあればそこに向かい、仲裁をする。生徒会は文化祭の運営を、文化祭実行委員会は文化祭の企画運営と忙しいらしく、困っている人を助けるのが、文化祭中の風紀委員の仕事だ。


 決められた場所にいて警備をしろ、というものではないので、文化祭の間は好きに動くことができるが、油断なく校内全体に目を見張れ、という意味にも思える。腕章をぱしっと叩いて、気合いを入れた。


 僕は、そのために風紀委員に入ったのだ。


「よお、狭間、警備はどうだ?」


 振り返るとそこには、いつもよりばっちり髪の毛をセットしている同級生の林田はやしだが立っていた。同級生は彼のことをリンダと呼んでいる。


「順調だよ。そっちは?」

「実はミスコンの手伝いをしててさ、アンケートを取ってんだ」

「リンダは文化祭実行委員だっけ?」

「違うけど、有志だよ、有志」


 そんなことを言って、どうせミスコン候補者と仲良くなりたいだけなんじゃないか。


 リンダが、レストランのメニューを開くように、抱えていた大きなファイルを開いた。そこには、十人の女子生徒のバストアップの写真と名前が貼り付けられている。それぞれの写真の下には枠が作られ、丸いシールが張られていた。


 分散しているものの、右上の生徒の下に張られたシールの数が多い。


 天宮静香あまみやしずかという名前とその容姿は、一年生の僕でも知っていた。ミスコンに出るという話も誰かから聞いていた。


 改めて写真を見る。黒髪に、白いカチューシャが映えている。目を惹かれるのは事実だし、性格も良いと聞くので、反射的にシールを張りつけた。


「お目が高いねぇ」


 うるさいよと言うと、リンダは「噂をすればだぜ」と指差した。


 視線を向けると、校門周辺におとぎ話から飛び出てきたようなドレスを着た女子たちがチラシを配っていた。オレンジや黄色などのドレスが陽の光を反射し、きらめいている。


 穏やかな晴の日の空で生地を染めたような、淡いブルーのドレスを身に纏った女子生徒に目が止まった。


 明らかに一人だけ異彩を放っている。


 ドレスから伸びる白い腕、肩下まで伸びた黒髪と白いカチューシャのコントラストは美しく、上品に笑う横顔は可憐だった。別格、という言葉が頭の中で浮かぶ。


 天宮という苗字が似合っている。確かに、僕らとは住む世界が違いそうだ。苗字が住む世界を表すのだとしたら、自分の狭間は酷く住みにくそうだけど。


「清楚、可憐、品行方正、お嬢様、人気物、成績優秀、完璧美人、天宮静香。今年は彼女の文化祭になるんだろうなぁ」


 リンダがボードと本人を見比べながらそう口にした。そうかもねえ、と僕も相槌を打つ。


「クラスでやる劇は『シンデレラ』だったはずだ」


 ということは、天宮さんがシンデレラか。


「ガラスの靴に足が入る女の子がシンデレラだけじゃなくて、誰がシンデレラかわからなくなって大混乱、みたいなコメディらしい。なあ、三年六組をあとで見に行かないか?」


 三年六組だったら、僕の通っている道場の朝倉あさくら先輩と同じクラスだな、とぼんやり思う。


「僕は委員会があるから」


 そんな話をしてから、十数分後、スマートフォンが震え、朝倉先輩からメッセージが届いた。


『狭間、頼みがある。天宮静香を守ってほしい』

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