オムライス
立樹
第1話
「はらへった~」
かれこれ、十二時間ほど食べていない。
モデルという仕事上、どうしても食べる時間が不規則になってしまう。
撮影が長引けば、休憩があろうともタイミング次第で食べれないこともある。今日は、食べるタイミングがなかった日だった。
いつものカメラマンが体調を崩して休みだった。代わりのカメラマンとの相性が悪く、なかなかOKがもらえなかったのだ。
本来なら、遅くても十九時には帰れるはずだったのに、すでに二十一時近い。
家までがまんだと「ぐー」となる腹に言い聞かせながら歩いた。
電車に乗りこみ、なにを食べようかと、考えをめぐらす。
だが、からっぽな冷蔵庫内から、なにかを作るのも、腹の減りすぎで、作る体力さえない。このまま、帰ってもなにもないことに考えがいたり、ため息がでた。
「……あそこなら、開いているかも」
ふと、いつも駅から家に向かう通りに、気になっていた洋食店があった。
藍生はオムライスに目がなかった。
自分でも作るが、やっぱり、父の作るオムライスは格別だった。
誕生日になるごとに、ほしいものと聞かれれば「父さんのオムライス」と答えていた。
それも、家を出て、一人暮らしをしてからは、もっぱら自分で作るオムライスしか食べていなかった。それは、やっぱり、父のオムライスと違っていて、あの味が無性に恋しかった。
いつもなら、夕食が夜遅い時間になるときは、吹き出物や太ることを気にして、脂質の少ないものにして、サラダだけ、という日もある。
しかし、今日は、撮影が上手くいかず神経がギスギスしていることもあって、サラダだけでは満足できる自信がなかった。
幸いにも明日はフリー。
今日ぐらい好きなものを食べたっていいだろう。
藍生は、電車を降りると、その洋食店に向かった。
『麦の実キッチン』
昼間は黄色の暖簾が、夜になると、ちょうど麦色のような色味をしている。
その暖簾をくぐり、温かみのある木枠のガラスの扉から中に入った。
「いらっしゃいませ」
深みのあるバリトン。
(この声、知っている)
視線を向けると、「あっ」と、声が出た。
相手も、はっとした顔だ。
しかし、向こうは店員。すぐに、営業スマイルを浮かべて、一人だという藍生を空いている席へと案内してくれた。
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