測定士リオ

月雨春人(つくさめはると)

『若返り』魔法研究記録

0001_『若返り』魔法研究記録#001

「やあリオ、旅支度は順調かい?」


「ご覧の通り、バッチリさ」


「どこがバッチリなんだい。

 全然進んでいないじゃないか」


「しばらく帰ってこられないと思うとさすがに少し名残惜しくてね。

 研究を始めてからずっとここに暮らしていたんだ。

 君だってそうだろう?」


「名残惜しくないこともないが、君ほどではないねぇ。

 私が初めてここに来たのは、君がここに来たよりもずっと後だったんだろう?

 そんな君を差し置いて名残惜しいだなんて、とてもとても」


「白々しいなぁ……」


「それにしても、君はすっかり見違えたねぇ。

 初めて会った時はちょっと小突けば死んでしまいそうなほどに老いぼれていたというのに、こんなにも若くなってしまうとはねぇ。

 これはやはり奇跡と呼ぶしかないかな?」


「奇跡……ね。

 僕はそうは思わないけど」


「おや、何故だい?

 『若返り』を完全な形で成し遂げた人間は過去に一人もいなかったそうじゃないか。

 そんな偉業を奇跡と呼ばずして何と呼ぶんだい?」


「実験し、観察し、考察する。

 そうして、何が原因か、何が原因ではないかを調べ、因果を突き止め、再現性をを以て理を解き明かす。

 僕は、この積み重ねを科学と呼んでいる。

 いつどこで起きるともわからない奇跡とは対極にあるものだと思っているよ」


「ふぅん……科学、ねぇ。

 その科学とやらは、魔法よりも便利なのかい?」


「そうとも言えるし、そうでもないとも言える。

 結局は使う人次第だよ、魔法と同じでね。

 万能なんかじゃないのさ」


「やれやれ、私が科学を理解できるようになるには、あと300年くらいは必要になりそうだねぇ……。

 ところで、また随分と古いものを掘り起こしてきたようだけど、それは何だい?」


「これは僕の研究ノートさ。

 ずっと昔のね」


「名残惜しくなってそれを眺めていた、そんなところかな。

 見たところ随分古いもののようだけど、一体いつの物だい?」


「これは、僕の325年の『若返り』研究の第一歩、1609冊に及ぶ研究ノートの、記念すべき1冊目だよ」


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


遡ること325年前。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


『くそっ、どこへ行った!』


『向こうにはいなかったぞ!』


みんなが僕を探している。

どうしてこんなことになってしまったんだろう。


『あと探していないのはどこだ!?

 物陰に隠れているかもしれない、くまなく探せ!』


『敷地の外に通じる道は全て封鎖しろ!』


誰も傷つけていない、誰にも迷惑をかけていないのに。

ただ運が悪かった、ただそれだけのことなのに。


『絶対に奴を逃がすな!

 「呪いの子」は、必ずここで殺せ!』


ただ不運にも、「呪いの子」になってしまっただけなのに。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


ベルルド村。

周囲が山や谷や川や森で囲まれているせいで、待ちからそれほど遠くないにもかかわらず人の往来が少なく、妙に辺鄙な空気の漂うのどかな村だ。


「なあおばちゃん、何か今日の肉ちょっと少なくねぇか?」


「何言ってんのよ、いつも通りでしょ。

 はい30G」


「いやいや、少ないって!

 いつもなら……こう、もうちょっとあると思うんだよ!」


「あんたね……生活が苦しいならちゃんというのよ?

 あたしだって鬼じゃないから、ちゃんと言ってくれればおまけしてあげるわよ」


「いや生活は……苦しくないとは言わねえけど!

 本当だって!

 いつもより少ないって!」


若干軽そうな青年と肉屋のおばさんが何やら肉の量の多い少ないで話をしている。

……最近ちょっと物価上がってるみたいだし、みんな思うところがあるのかな。


「あっリオじゃん、ちょうどいいところに!

 なあ、この肉量ってくんない?

 おばちゃんはいつも通り30G分だっていうんだけどさ、いつもより量少ない気がすんだよ!」


「ちょっとあんた、リオくんを巻き込むんじゃないよ!

 ごめんなさいね、リオくん。

 忙しかったら、こんなのはほっといていいからね」


「こんなの!?」


「いえ、大丈夫ですよ。

 このお肉を量ればいいですか?」


目の前には皿に乗せられた肉の塊。

その重さを『測定』する。

値は……8413。

ということは、あー、計算すると……。


「2100グラムくらいですね」


「おお、2100グラム!

 2100グラム、か……。

 えっと、2100グラムってどのくらいだ?」


「そんなことだろうと思いましたけど……。

 お兄さん先週同じ30Gで2000グラム買ってませんでした?

 同じ値段で先週よりちょっと多めみたいですよ」


「えっ、あっ……そ、そうだったかなー?

 なんかそう言われると、いつもよりちょっと量が多いような気がしてきたぜ!

 サンキューな、リオ!

 おばちゃん、いつもありがとう!

 また来るぜ!」


「全く調子いいんだから……また来なさいよ!

 ありがとうね、リオくん。

 忙しいだろうに、ごめんなさいね。

 今度来たときはちょっとおまけするわね」


「ははっ、ありがとうございます」


僕がこのベルルド村に辿り着いて1ヶ月ほどになる。

紆余曲折あってこの村に辿り着き、僕は目的を果たすために準備を進めてきた。


「おーい、リオ!

 今日もやってくか?」


「親方さん!

 はい、お願いします」


この人は、僕が仕事でお世話になっている木こりの親方だ。

親方さんは切った木を木材に加工する仕事をしているが、はらった枝は建材などには使えないため、長さを揃えて薪などに活用している。

枝の長さを揃える作業の手伝いを、時々やらせてもらっているというわけだ。

アルバイトだね。


「おう、そんじゃ頼むわ。

 おい新入り、枝一山持って来い!」


「は、はい親方!」


見かけない若い青年だ。


「新人さんですか?

 僕はリオと言います、よろしくお願いします」


「あ、どうも……っす」


「おめぇちゃんと挨拶しねぇか!

 こんな豆粒みてえに小さい子供に挨拶で負けてちゃ大人が務まらねえぞ!」


バシン!

親方が青年の背中を張った。


「いっでぇ!」


「まあまあ。

 僕は大丈夫ですから」


「全く……。

 そんじゃリオ、頼むぜ。

 終わったら声かけてくれ」


「いてて……。

 あー、リオくん、でいいっすか?

 鉈とか斧なら向こうにあるんで、手元気をつけて使ってっす」


「ありがとうございます。

 でも僕、自分用の道具があるので」


僕はカバンから安全のためにぐるぐる巻きにしたその「道具」を取り出す。


「……それ、包丁っすか?

 そんなんじゃ切れないっすよ?」


「大丈夫です、これの方が使い慣れているので。

 あとは任せてください」


「そっすか……?

 まあ、任せるっすけど……あと頼むっす」


よし、始めますか。

枝を一本手に取る。

結構曲がってるな……。


「さて、この辺りで……『測定』」


枝の端から、包丁を当てた位置までの長さを『測定』する――2583。

もう少し長めか。


「このあたりかな?」


包丁の位置を若干ずらし、再度『測定』する――2599。

おっと、行き過ぎたか。


「じゃあこの間辺りで」


先ほどの位置との中間点辺りに包丁をずらし、三度『測定』――2591。


「よし、ドンピシャ。

 包丁に魔力を込めて、と」


包丁にほのかに赤い光が灯る。

そのまま枝の側面に真っ直ぐと押し当てると。

……スッ。

豆腐でも切るかのように音もなく包丁が枝を切断した。


「うん、いい感じ」


綺麗な断面、ちょうどの長さ。

1本目からこれは幸先がいいね。

よし、サクサク行こう!


――――――――――――――――――――


しばらくあと。


「親方さん、終わりました」


「おう、お疲れ。

 おい新人、リオの切った枝束ねとけ!

 やり方はわかるな?」


「は、はいっす!」


「よし、行って来い!」


新人さんがその辺の縄を掴んで僕が切った枝の山の方へ向かっていった。


「悪いな、挨拶もちゃんとできてなくてよ。

 まだ新人なんだ、大目に見てやってくれ」


「はい、もちろんです」


「お前は本当に小さいのにちゃんとしてんな……。

 ところでよ、リオ。

 あんなボロ屋で本当にいいのか?

 お前にはそれなりに世話になってるし、もっとまともな家を建ててやってもいいんだぞ?

 もちろん金はもらうが」


「あはは……雨風が凌げればそれで問題ありませんから。

 それに、何かあれば親方さんが直してくれるんですよね?」


「当然だ。

 金はもらうがな」


そう言いながら安くしてくれるのが、この親方さんの優しいところなんだよね。


――――――――――――――――――――


「おう、新人。

 束ね終わったか?」


「あ、はい親方。

 あの、これで大丈夫っすか?」


「ん……おう、なかなか上手くできてんじゃねえか。

 筋がいいな、次も頼むぞ」


「あの、この枝なんすけど。

 これ本当に自然のものなんすか?」


「あん?

 当たり前だろ。

 どういう意味だ?」


「だってこの枝、束ねてから切ったみたいに全部同じ長さなんすよ?

 あのリオって子、一本ずつ切ってたはずなのに、どうなってるんすか?」


「ああ、それか。

 俺もあんまり詳しく聞いちゃいないんだが、あいつは長さや重さが『見える』らしい。

 だから同じ長さに切り揃えるのは得意だって言ってたな」


「それに、包丁で枝切ってましたけど……」


「そりゃあれだ、魔力だな。

 なんでも、刃物に魔力を込めるとものすごくよく切れるらしいぞ」


「へぇー、じゃあ俺も頑張れば包丁で木切れるようになるっすかね?」


「冒険者でもねえのにそんなことできるわけねえだろ。

 馬鹿言ってねえでさっさと仕事覚えやがれ」


――――――――――――――――――――


よし、これで枝切りの作業も終わり。

あとはノートを受け取って帰って……おや?


「あ、リオ!

 ちょうどいいところに!」


「お、君が噂のリオくん?

 こんにちは」


さっき肉屋さんで小揉めしていたお兄さんだ。

一緒にいるのは、ちょいワル風のお兄さんだ。

……のどかな村に似つかわしくない、何と言うか、インテリヤクザっぽい雰囲気なんだよね。


「お兄さん……今度は何したんですか?」


「出会い頭にその反応酷くない?

 聞いてくれよ、ちょっとこいつとサイコロやろうと思ったんだけどさ」


「……お先に失礼しますね」


ガシッ。

服を掴まれてしまった。


「ちょっ、賭け事とかよくないですから!

 僕みたいな子供の教育に!」


「それ教育される方が言うやつじゃなくない!?

 じゃなくて!

 こいつ俺のサイコロがイカサマだとか言ってくんのよ!」


「リオくんはどう思う?

 こいつのサイコロ、イカサマしてないと思う?」


「……まあ」


「ねえ、それどっちのまあ!?」


色々と情けない話をいくらでも聞くお兄さんだし、それくらいの姑息な手を使ってもあまり驚きはしないかな。


「本当にイカサマなんかしてないんだって!

 だからさ、ちょっと測って証明してくれよ!」


「いや、僕のスキルそういうやつじゃないんですけど……」


「頼むって!」


「リオくん、俺からもお願いしていいかな?

 まあイカサマじゃない証明じゃなくてもいいんだけど、せっかくならフェアに遊びたいからさ」


「はぁ……じゃあ、こうしましょうか」


僕はさっき親方さんのところでもらってきた枝を取り出した。

……長くて細いものって持って歩きたくならない?


「僕がサイコロを作ります」


「作る?」


魔力を込めた包丁で枝の端を短く切り落とし、それを直角に切り出していく。

包丁と面の角度を『測定』、既に切り出した面との距離を『測定』。

木片に包丁を何度か入れていく。

そしてそれを2つ分繰り返した。


「はい、どうぞ」


2センチ角くらいの木製の立方体をお兄さんたちに一つずつ手渡した。


「うおー、サンキュー!

 お前マジでスゲーな!」


「これは……すごいな。

 目の前で見ていたはずなのに、こんな精度のものが人の手から作り出されるなんて」


「だろ?」


「お前が威張ることじゃないだろ」


「ふふ。

 目は入ってないので、適当に入れて使ってくださいね」


「サンキュー、リオ!

 よっしゃ、こいつで勝負だぜ!」


……お兄さんさっき生活が苦しくないわけではないって言ってなかったっけ。

そんなだから生活が苦しいんじゃ……。


――――――――――――――――――――


「さて、これで準備よし」


色々あったけど、ようやく研究を始める環境が整えられた。

ギルドに通い詰め、親方さんのところで仕事をしてお金を貯め、家を借り、研究の記録をつけるためのノートと筆記用具も用意した。


「まずは研究の目標を書き出しておこう。

 まあ、最終目標は一つだけど」


それは、『若返り』の魔法を完成させることだ。

ただし、ただ使うだけではなく、完成させることが目標となる。

その昔、当時世界最高の魔法使いと呼ばれていた人がただ一度だけ成功したらしいと記録が残っていた。

その人は一度発動に成功しただけだったらしく、後年は年老いて普通に死んだそうだ。

つまり、発動はしたが、何らかの理由で完成には至らなかったのではないかと僕は見ている。

というわけで。

――――――――――――――――――――

目指せ、『若返り』の魔法完成!

――――――――――――――――――――

親方さんのところでもらった大きめの端材に書き込み、家の一番目立つところにでかでかと飾った。


「うん、実にいいね!

 長丁場の研究になるだろうし、モチベーションを維持するためにも定期的に目標を視界に入れることは重要だよね!」


途中でモチベーションが下がって手が止まってしまうのは、それなりに問題が大きいと思っている。

何しろ数十年くらいかかるだろうと見込んでいるわけだから、平均的にモチベーションを高めておく工夫は重要だろう。


「まあ、完成させると言っても、そもそも『若返り』の魔法はしばらく昔に一度試したきりなんだよね。

 魔法の性質がいきなり変わるわけはないけど、むしろ僕の方は幾分か成長していることだし。

 もしかすると、もしかする可能性がないわけでもないしね。

 久しぶりに試してみるとして、その前に」


僕自身の身長と体重を『測定』しておこう。


「身長が3062、体重は46180。

 ノートに記録して、と。

 まあ変動が確認できればいいだけだし、絶対値変換しなくても大丈夫でしょ。

 必要なら、必要になってからやればいいしね。

 ……よし、早速始めるとしよう」


ゆっくりと集中し、『若返り』の発動を念じる。

すると、全身から魔力が失われたのを感じた。

しかし何も起こらなかった。


「……何も起こらない。

 『若返り』は不発……か」


この世界の魔法は、魔力の残量が足りていれば必ず発動し、誰が使っても同じ効果を発揮する。

逆に魔力が不足している場合、魔力の残量全てが消費され、何の効果も発揮しない。


僕が使った『若返り』の魔法が何の効果も発揮しなかった、すなわち不発だったことから、先ほどの僕には『若返り』の魔法を使うだけの魔力がなかった、ということがわかる。


この『若返り』の魔法、凄まじく消費魔力が多い。

記録上、この魔法を発動できた人間は過去にたった一人しかいない。

その人は当時世界最高の魔法使いと呼ばれていたが、その人が全魔力を使ってようやく発動できるほどだったそうだ。

その人の魔力は正しく空前絶後、後にも先にも並ぶ者はないと言われていた。


そんな人でようやく発動できるような魔法を、僕などがまともに発動できるはずなどなかったのだ。


「ふふふ……はっはっは!

 やっぱりそうか、当然発動しないだろうね!

 久しぶりに使ってみて万が一があるんじゃないかなどとは微塵も考えはしなかったけれど!

 そうとも、つまりは!

 ということさ!」


歴史上一人しか発動に成功していない『若返り』の魔法が、そう簡単に発動するなどとは微塵も思っていない。

初めからと考えていた。


最終目標の『若返り』の完成に至るためには、まずは現在の状況を正確に把握し、それを踏まえて何をどうするのか決めていかなければいけない。

これはその第一歩だ。


「ここからだ、落ち込む要素など何一つない!

 しかし、きちんと記録はつけておかないとね」


僕は真新しい研究ノートに今回の実験結果を記録した。


――――――――――――――――――――

『若返り』の魔法の発動は失敗。

魔力不足が原因とみられる。

今後の課題:魔力量の増加及び『魔力抑制』の強化。

――――――――――――――――――――


「さあ、『若返り』に向けた研究の始まりだ!

 あ、そうだ。

 表紙にタイトルと名前を書いておかないとね。

 後で整理するときに困らないようにしなくては」


――――――――――――――――――――

件名:『若返り』魔法研究記録#001

名前:リオ

――――――――――――――――――――


くらり、少しめまいがする。


「……っいけない。

 少し、疲れてしまったみたいだ。

 ここまでいろいろと……本当に色々あったからね。

 まだ、考えなければいけないことがたくさんあるんだ……。

 もう少しだけ起きて、情報の整理を……」


だめだ、うまく頭が回らない。

体にも十分力が入らない。


「……うん、無理だね!

 これだけ疲労した状態でまともに研究などできるわけもない。

 疲れていて出来なくなるのが肉体労働ばかりだなどと思うような僕ではないさ!

 ひとまず今日のところは眠って、頭と体を休めて、明日から本格始動するとしようじゃないか!

 いざ、お休み僕!」


――――――――――――――――――――


『若返り』完了まであと325年と210日。

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