どうせ世界が終わるなら…

桜月夜

No.1 『俺は走る』

どうやら今日の夜、世界が終わるらしい。

そんなニュースが飛び込んできたのは、いつもと何ら変わらない穏やかな朝のことだった。


一般ピーポーの俺にはよく分からないが、隕石が降ってきてドカーンとなって、諸共消し去るだとか。

あまりに突飛な話でピンとこない。でも、テレビはその話題で持ち切りだし、多言語でぐちゃぐちゃ言っている各国のリーダー達は顔面蒼白。デタラメだと騒いでいる連中もいるが、まあ、大方変えようもない事実なんだろう。

死んだらどうなるんだろうとか、宇宙に放り出されたらどうなるんだろうとかは考えたことはあるが、いざ明日そうなりますよって言われると、ぼんやりしてしまう。そんなことしている場合じゃない。俺にはまだ今日という一日が残されている。


そうだな、どうせ世界が終わるなら…


「自転車で行ける所まで行ってみようか」




俺は長らく車庫に閉じ込めていた自転車を取り出した。なぜ急にこんなことを思ったのかは自分でもよく分からない。でもこういうのは、直感に頼るに限る。空気を入れて、ネジを締める。意外と自転車って丈夫なんだな、なんて思いながら跨る。何処へ行くか?そんなの何処だっていいじゃないか。

俺は無計画に走り出した。


ビュンビュンと風を切る音がする。自転車に乗ったのなんて学生以来なのに、体はしっかり覚えていたらしい。同時に懐かしい思い出が蘇ってくる。


青春=自転車と言っていいほど、俺の学生時代の思い出には自転車がくっついている。通学はもちろん自転車だった。雨の日に無理やり走って盛大に泥を跳ね飛ばし、服を汚した時は母ちゃんに「馬鹿じゃないの?!」って、こっぴどく叱られたものだ。それでも綺麗に洗濯してアイロンがけまでしてくれた母ちゃんは偉大だった。部活動の試合に遅れそうになって、友人達と自転車を飛ばしたこともあった。結局あれは間に合ったんだったっけ?好きな女の子に告るために、ドキドキしながら乗ってたこともあった。今考えると恥ずかしくて台パンを連発したくなる。まあ、振られたんだけどね。全く、情けない話だ。


よく見知った街を横目に走り抜ける。当然のことだが、車はいつもの5分の1もいない。そりゃそうだろ。大体こんな時に、自転車ぶっ飛ばしている奴が可笑しいのだから。ふん、上等だ。心の奥底からむくむくと反抗心が湧く。年数を重ねても、ガキっぽいのは相変わらずだなぁ。こんな瀬戸際になってまで俺は何も変わらない。何も変われない。自分のことながら笑えてきた。


「ははっ…あはははははっ」


俺は自転車に乗ったまま笑った。何が可笑しいのかも分からない。この状況が?この俺自身のことが?なんでもいいや。ずっと無計画に鉄砲玉のように生きてきた俺だ。「お前って狂ってる」って笑われてきた俺だ。終わりまでとことんガキをやってやる。


人っ子一人いない河川敷を飛ばす。ふと顔を上げた時、イーゼルを立ててペンを握る少女がいた。こんな時に外にいるってことは仲間か。そんなことを思いながら、俺は通り過ぎる。風の音に紛れてよく聞こえなかったが、通りすがりに声がした、気がした。だが、俺の意識はすぐに目の前の坂に向いたので、気に留めることはなかった。ただ、人とすれ違うのは彼女が最後だった。


夕暮れが近づいてきた。足はもうガクガクで、まともに漕げやしない。それでも俺はフラフラと進み続けた。もう流石に限界か、そう思った時に一筋の光が降ってきた。それは次第に大きくなる。

あぁ終わるんだな、それだけ思った。実際に来てもこんなものか、と思った。怖くもないし、悲しくもない。俺は強くなる白い光の中に飛び込むように、最後の一漕ぎをした。

調子に乗って、少しカッコつけて言ってみる。


「さようなら、この世界」


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どうせ世界が終わるなら… 桜月夜 @Hoshi910

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