昼下がりとタクティカルベスト女

***

 俺は休日を謳歌していた。


 週末日曜日の午後13時半。一日のちょうど中間地点。


 俺は部屋でチップチューン音楽を聴き、レトロな気分に癒されながらベッドで寝ころんでいた。


 空は晴れ、陽気は上々。初夏の風が柔らかく窓の隙間から流れ込んでくる。


 俺のアパートの一室は至福の空間と化していた。



「いやぁ、今週もクソみたいに忙しかったな。カス忙しかったな。冗談じゃない。今日はなにもしないぞ俺は」



 俺は皿にたっぷり盛ったバニラアイスにメロンソーダを注いだものをスプーンですくって食べる。ネットで見た食べ方であり、俺はこれを気に入っている。


 自堕落きわまる時間だが。最近休日はもっぱらこんな感じだった。


 30中盤に差し掛かった独身男性は休日に活動的になる元気はないのだ。


 休日は労働でシナシナになった精神を癒すことに全精力を注がなくてはならないのだ。



「なにもしない。グダグダする。素晴らしい」



 俺は言った。


 その時だった。




───バリバリバリバリ!!!




 突然だった。ベッドの横、部屋の中心が激しく発光したのは。



「なんだ!? 漏電!!??」



 激しい発光は電気を帯びている。映画とかで見る青い閃光が走るあれだ。現実で初めて見た。


 蛍光灯が漏電したのか。気づかないうちにほこりが溜まっていたのか。


 しかし、やがて発光は徐々に落ち着いていった。


 そして、



「え、誰」



 そこに立っていたのは女だった。なにか分からないごついタクティカルべストみたいなものを全身に装備している。赤い髪の顔だけが普通に出ていた。



「あれ、間違った」



 女は開口一番言った。



「な、なにを間違ったんだ。ここは俺の部屋だぞ!! あんたは誰だ!」



 俺は叫ぶ。純然たる不法侵入だからだ。


 侵入の仕方が意味不明だったが、不法侵入なのは間違いないだろう。すなわち犯罪行為だ。立場は俺の方が上である。



「ごめんごめん、座標間違っちゃった。すぐ出てくから許して」



 女はゴメンとばかりに俺に目線を合わせ、手でジェスチャーしてくる。女の豊かな胸部が強調され、俺は鼻の下を伸ばした。


 じゃない。そんな場合じゃない。だって床は今のとんでもない発光と電撃で焼けて黒くなっている。



「これ、床が焼けてんじゃないか! どうしてくれるんだ!」


「あちゃあ、どうしようもないかな。なんとか上に掛け合ってみるから」


「上? 上司が居るのか! 上司を呼べ! 文句言ってやる!」



 俺は状況の意味不明さからくる恐怖を打ち消すべくひたすら怒りを沸かせた。


 冷静になったらこんな正体不明のタクティカルベストを着た女が突然部屋に現れるなんて尋常な話じゃない。


 これから俺に何が起きるのか分かったもんじゃない。


 その現実から目を背けたかった。



「ごめんごめん。今立て込んでてさ。ちょっと後にしてもらえない? それにしても今日日曜日でしょ?」


「それがなんだ!」



 女はポチポチと腕の機械のボタンを押し何か操作している。途端、女の前の空中に画面が浮かび上がる。ホログラムだ。そんな技術実現してるなんて聞いたことないが。



「休日にベッドでゴロゴロはどうかと思うなぁ」


「なんだと!」


「見たところ30ちょっと過ぎって感じでしょ。外で遊んだほうが良いんじゃない?」


「なんで、なんでいきなり部屋に現れた意味分らん女にそんなこと言われないとならないんだ!」



 なんだこの時間は!



「人生って短いからさ。ぼーっとしてるとあっという間に時間過ぎちゃうよ。30過ぎたら特にね」


「うるさいうるさいうるさい! 聞きたくないんだよそんなこと!」



 ホログラムの画面を操作しながら嫌なことばっかり言う女に俺はブチギレていた。


 ブツギレながら冷静になっている俺が居た。


 女の言葉がじっとりと俺の心に染みを作っていく。


 襲い来る仕事、変わらない社会的立場、貯まらない貯金、親が会うたびに聞いてくる結婚の話、そして、毎日繰り返される代わり映えのない日々。



「気づいたらそのまま40だよ」


「なんでそんな嫌なことばっかり言うんだ!!」



 なんなんだこの女は!


 好きな音楽をかけながらグダグダするこの時間はそういった全てから解放された俺の砦なのに。


 現実から目を背けて無為に時間を過ごす最高の贅沢なのに。


 その時間の内側に突然現れた人間が俺を現実に引き戻す。最悪過ぎる。



「まぁ、疲れてるのかもしれないけどさ。たまには外に出てなんかした方が良いと思うよ」


「なんでお前に説教されないとならないんだ! とっとと出てけ!!!」



 俺が叫んだ時だった。



───ドカァアアアン!!!



 窓の外から轟音が響く。


 そこには巨大な目があった。大きなトカゲの目。それが窓から俺たちを除いている。ここはアパートの6階だ。


 それは二足歩行の巨大なトカゲの怪獣だった。


 それが、俺の部屋をのぞいている。



───ガァアアアアアアア!!!!



 トカゲは爆音で叫ぶ。部屋ごと吹っ飛ばされそうだった。



「なんだなんだ!!! なんなんだ今日は!!!!」



 叫ぶ俺をよそに。



「こちらアルファレッド、目標を確認したわ.......了解、実行する」



 そう言うと女は腰のあたりのスイッチを押す。チュイインという乾いた音が響いた。



「じゃあ、行くわ。色々言ったけど本当に疲れてるならゆっくり休むのも良いと思う。時間の無駄遣いって最高の贅沢だしね」


「どっちなんだ」


「人生いろいろってことかな。私はまだピチピチの22歳だから良く分かんないかも。じゃあね、おじさん」


「まだギリギリおじさんじゃないわ!! ってお前!」



 女はそう言うや、一気に走り出し、窓をぶち抜いて外へ飛び出す。そして、怪獣に飛びつくと。



───バリバリバリバリ!!!!



 この部屋で起きたのの何倍も大きな発光が怪獣を包み込む。



「うわあああ!!」



 思わず腕で目を覆う俺。


 そして、しばらくすると光は止んだ。


 腕を離すと、そこに怪獣の姿はなく、怪獣に飛びついた女も一緒に消えていた。



「なんだったんだ」



 あとに残されたのは焦げた床と破壊された窓だけだった。


 色々分からないことばっかりだったが、とにかく問題はどうやってこの床と窓を大家さんに説明したものかということだった。

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昼下がりとタクティカルベスト女 @kamome008

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