終章

第15話 アリス・イン・マーダーランド

 花々は咲いたまま、凍るように色褪せる。

 白く、透き通った光になって消えていく。

 夕陽の差し込む大講堂のステージには——羽のように軽やかに、風船のように緩やかに、それぞれの色を陰らせ、橙色の蝶々の群れのように——数多のフレが降ってきていた。

 観客席のふれどーるたちから送られた、命がけのステージへの、拍手代わりの賞賛。


「シラベちゃん」


 呼ばれて見ればシラベの正面には制服の女の子が立っていた。足元には鹿角の生えた金色の馬が駆けてきたところ。

 銅のような赤褐色、あるいは明るい茶色の髪。肩に届くか、くらいの長さで、中々難儀そうなクセがある。

 細い顔立ちの左頬から首をなぞり制服の中まで、火傷の痕に覆われていた。


「あー、えっと、何から言えばいいのかな……」ミチルは首筋に手をやって、目を逸らした。どこか気恥ずかしそうな様子。「まずは……おめでとう? 新人戦、出場か」

「え……ああ、そっか。そういうことになってるんだ」シラベの右手にはシリウスの左手が握られている。「嬉しいには嬉しいけど……なんか実感が湧かないんだよね。結局ミチルちゃんに勝ったわけじゃないからなあ」

「それは高望みしすぎでしょ」ミチルは苦笑する。「わたし一応、君たちとは次元が二つくらいは違うメルドルなんだから」

「でもいつかはちゃんと正面から勝つよ!」


「いやいや、ちょっと待って」こちらもフレアクトを解いたユワは、なにやら大困惑。治った左手でミチルを指差す。「えっ、ミチルさん? あなたがミチルさん!?」

「ん、なに?」ミチルはツンッとした細い眼差しを返す。「わたしは……えっと、ウツセ・ミチルだけど。どこからどう見たってそうでしょ」

「ええー……見た目が違いすぎない……?」


「まあ」ミチルはまた首筋に手をやって脇を見た。「いろいろ事情があって」

「ずっとフレアクトしてたのは?」

「それもまあ、事情があって」


「なんか怪しくない……?」ユワは警戒の目を向ける。

「なに? なんか文句あんの?」ミチルは一転して煽りにいく。真っ直ぐ見つめて、圧。「喧嘩売ってるってんなら買うけど」

「シラベさーん!」ユワはひえーんとシラベの胸に泣きついた。「ユワ殺されちゃう……」上目遣いで。「早くメルヘンしてぇ……?」

「おーよしよし、メルヘンしてあげるからねえ」シラベはユワの背中を優しく撫でる。「ユワちゃんは三人殺してるから三万年だよ」


「ん? 三万年? 何が?」

「量刑」シラベは微笑みかける。「私のメルヘンの中で三万年間、炎に焼かれて過ごすんだ。これでどんな過去も帳消しだよ!」

「ん……?」冷や汗を浮かべるユワ。


 コホン、と咳をしたのはミチルだ。


「じゃあ、せっかくの機会だし、ここで聞かせてよ」シラベに向けて緩く手を伸ばす。「あのときの返事を」


 シラベはユワを除けつつ、ミチルに視線を返して首をかしげる。


「返事?」

「そう、返事」


 返事か……。

 返事……?


「えっ……もしかして……」ミチルの声がどんどん小さくなっていく。「覚えてない……?」

「あっ、いや! 覚えてるよ!? 覚えてる!」シラベは額に指を当てて必死に思い出す。「そうだった、私なにか返事しなくちゃいけないんだった気がする……!」


 シリウスは気だるげな様子ながらも、ミチルのふれどーる—―リンリンの方へ歩いていっている。挨拶らしい仕草をしている。


「えっと、えっと」


 シラベはなんとか頑張ってあの深夜の大浴場でのやり取りを思い出したのだが──。


「あれ」首をひねる。「私、これ、どういう返事をしなくちゃいけないんだろう」


 だからといって問題は解決しなかった。


「ダメだ、ごめんユワちゃん」シラベはちょっとフレアクトして、ユワに閻魔帳を手渡した。「私の経験を読んで解説してくれない?」

「ええー……」


 剣になっているシリウスは抜きで、ふれどーるたちがやんやと輪になって、少し経った頃。

 ユワ、読了。


「つまりね」ユワは指を立てて説明する。「ミチルさんは世界中のふれどーるを皆殺しにしようとしてるヤバイ人で、シラベさんはこの運動の同志にならないかって誘われてたの。分かった?」

「なるほど! すっごく分かりやすいよユワちゃん!」

「物わかりのいい子は嫌いじゃない」褒められたユワはまんざらでもないと胸を張った。


 ステージに腰掛けてふてくされているミチルがボソッと呟く。


「知った以上、君の返事も聞くから」

「ん?」

「だから、わたしたちの思想を—―テロリズムを知っちゃった以上、ユワさんの返事も聞かなきゃなんないって言ってんの」

「ん……?」ユワの額に再びの汗が浮かぶ。

「よし分かった!」とシラベ。


 二人ともシラベを見る。


「私はミチルちゃんの考えには──賛同しない!」


 シラベはこの二週間で多くのふれどーると触れ合ってきた。

 彼らに良い印象を持っているのか、悪い印象を持っているのか?

 当然。

 悪いわけがない。


「だってふれどーるはみんないい子たちだから。殺すなんて可哀想だよ」シラベは笑って言った。

「そう……」と残念そうなミチル。


 ユワはあちゃーと目を逸らしている。


「だから私は、誰のために戦うかって言ったら、『ふれどーるのために戦う』よ」シラベはその腕の中にシリウスを抱いた。もふもふだ。「でもね、私は、ふれどーるにいなくなってほしい、とも、思ってるんだ」


 ミチル、ユワ、そしてシリウスも。みな驚いてシラベに目をやった。

 シラベは柔らかく微笑んで、シリウスのボタンの瞳を見つめ返す。

 なんだかんだ、最初からずっと一緒にいてくれたのはシリウスだけである。

 もう彼を悲しませたくはない。


「ふれどーるはこの世界にいるべきじゃないよ」


 シラベは見てきた。

 スガリとカイザーを。

 フブとマリアを。

 ナギとナイチンゲールを。

 彼らはみな、不幸になっていた。契約をきっかけとして、もろとも不幸になった。

 悪いのはどちらだったのだろうか。

 人を殺せる力を願った人間か?

 その力を与えたふれどーるか?


「だって、私たちが出会ったら不幸になっちゃうから」


 どっちも悪くなんてない。だってどっちも悪意はないんだから。

 私たちを出会わせた世界が悪いんだ。


「私は、私たちとふれどーるたちが、出会うことのない世界にしたいな。元いた世界、みたいなものがあるなら、帰してあげたいし、そういうわけじゃないなら、住み分ける必要があると思う。どうやったらいいのかはまだ分からないけど、そのための手段を探したい。それがお互いにとって一番の幸せだと思うから」

「そう」ミチルはステージに立ち上がりつつ微笑む。「それなら結局、わたしと手段は同じだね」

「そうだね、そこまではおんなじ」

「ユワさんは?」ミチルは次にユワに試すような視線をやる。「別に返事が悪くたって殺したりとかしないから」

「あっ、そう。でもまあ」


 ユワはもう考え切っているようで、言葉に迷う様子はなかった。


「ミチルさんが言ってるのって結局エゴでしょ? ふれどーるを排除したら、可愛い至上主義の世界ではなくなるかもしれないけど、その代わりにミサイルと核兵器で戦う世界に戻るじゃん。知識でしか知らないけどさぁ……それも結構悪い世界のはずだよね。いい結果になるとは限らないなら、崇高な理念ってわけじゃなくて、自分にとって都合のいい世界にしようとしてるだけ」

「……それで?」ミチルはやや不機嫌な様子。フレアクトを脱ぐと意外に表情豊かである。

「だからユワも身勝手に考える」ユワは、ステージの奥に転がっている拳銃に目をやった。「少なくともこんな、くだらないゲームは終わらせてやるよ。ユワたちみたいな美少女に殺し合わせるだなんておかしいんだから。つまり、ユワはその理念に賛同する」


 シラベは驚いた。それこそシラベが悩んでいたことだったからだ。


「そっか! ふれどーるがいなくなっちゃったら、私たちって殺し合いしなくてもよくなるんだ!」

「そうそう。ユワたちが人を殺したのもふれどーるに起因する構造のせい、ゲームのせいってこと。不可抗力だったってわけ。ね。ね?」

「なら減刑もありうるね!」

「よしっ……!」小さく、しかし力強くガッツポーズ。

「分かった。なら二人ともわたしの仲間だ」


 ミチルは二人に順に目をやる。


「いずれにせよわたしたちは、この世界で一番ふれどーるを愛している人間を排除しなくちゃならない。この世界の構造の中心にして、この構造を強く肯定している、最強のメルドル……」

「どうせ主人公の座は奪うつもりだったんだから、一石二鳥だね!」シラベはぐっと拳を握って答えた。

「レンくんを世界の中心に据えるには消えてもらわなきゃいけないわけだし」ユワも頷いている。

「わたしたちの目標は、彼女を打ち倒すことだ」


 ミチルは左手を自分の頬に添え、目を瞑り何かを思い返してから、深呼吸を一つ挟み、再び、目を開いた。


「『殺しの国のアリス』を」





**





 学園の三年生──総獲得フレ数50万オーバー、通称『マジシャン』──セイラが校舎内をふらついていたところ、セキュリティランクの高い資料室が開きっぱなしなことに気が付いた。空いた扉から覗けば、バインダーの敷き詰められたラックに向かって立ち、資料を開く女の子の姿がある。艶のある黒髪に灰色の瞳。

 ミツルギ・ヒルギだ。


「不用心だね、扉を閉めないなんて」呆れつつ中に入った。「先生に怒られちゃうよ?」

「セイラ?」ヒルギは間の抜けた様子で目を上げる。「あ、ごめん……忘れてた」


 セイラが近寄っていくと、ヒルギは在校生に関する資料をめくっていた。


「これは確か……五組の先行組の子か」


 開かれていたのはウツセ・ミチルのページだ。見やすいように寄せてくれたので、目を通す。羊みたいにもこもこした白い髪の毛に、金色の瞳。パーソナリティ診断の点数を見るに、メルドルの適正はかなり高いようだ。三年前から地方でローカルのメルドルをやっていたらしい。

 こういう経歴の人間は少なくない。中央の手が回っていない辺鄙な場所で、孤独にしかし果敢に戦い、敵国の侵略から土地を、引いては国土を守っていた。地域を救う田舎娘メルドル。ありふれた感動的なストーリーだ—―家族のため地域のため、という動機ならば。実際にはフレアクトの全能感に中毒になっているだけのことが多い。国民に手をかけ始めたなら政府から使者が送り込まれ、処理されるか、任用されるか、あるいは年齢次第では学園に入れられる。

 ヒルギは資料に目を落として静かにしていた。


「彼女がどうかしたのかい? 確か君の話だと……同じクラスのシラベさんをストーカーしてるんだったね」

「えっ」ヒルギは顔を上げる。「よく覚えてるね」

「電話口で何度か言ってたじゃない」

「そうだっけ」


 ヒルギは『四月の振るい』の五組担当だった。クラスの人間が校舎外へ出るとき監視に付いていたわけだが、ヒルギはシラベをストーキングしているミチルを何度か目撃していた。


「その件で気になったのかい?」

「ううん。そっちは多分、ただただ気になってるだけ、みたいだから」

「それはそれで怖いね……」

「自分が気になったのは──」


 ヒルギは資料の顔写真に指を添える。


「──自分、この子に会ったことがある気がするんだ」

「へえ? まあそんなこともあるかもしれないね」

「私が攻撃にいった、隣国で。初陣のとき」

「……え?」セイラは眉を顰める。「あの作戦で?」


 最強にして最強、あるいは最強のメルドルであるところのヒルギは、しかし最初の作戦で失敗している。

 新人戦で優勝したヒルギは、初めから国外の戦場に召集された。敵国のメルドル研究都市への潜入任務である。目的は研究データの奪取、設備の破壊、離脱。支援無し、応援無し、単独。

 初陣には無謀としか言いようがない作戦だった。ヒルギを殺すための作戦と言っても過言ではなかった。

 セイラは当時の心境を覚えている。ヒルギがこの作戦に召集されて──。


 ほっとした。


 自分たち現場のメルドルだけでなくて、上層部もこの女をちゃんと恐れていている。そのことが分かって、安心したのだ。

 新人戦で時の人となったヒルギを無駄死にさせては、激しい非難は免れないだろう。だがそれでもこの判断こそが正しい。手に負えない猟犬を、まだ成長途中のうちに絞め殺しておく。なんとも賢明な判断だ。


 この女が四月に街一つ食い尽くしてまで成長したのは、先行組を殺すため。先行組を殺すのは、彼らの固定ファンとなっていたふれどーるを奪うため。では、ファンを奪いにいったのは何のため?

 新人戦に出たかったから、ではない。より多くのフレが欲しかったから、ですらない。

 監視役の先輩を暗殺し、ゴーストタウンを創り上げ、全クラスの先行組を殺すことで『四月のふるい』を機能不全にしたのは──ただ、ひとえに。

 ふれどーるが他人を応援しているのが許せなかったから。

 独り占めしたかったから。


「あの研究所はふれどーるのみんなに酷い実験をしてた」ヒルギの語り口は淡々としたものだ。


 隣国の研究都市は本国で言う学園のようなもの、メルドルの駐屯地である。防衛する敵国のメルドルとの戦闘は連戦に次ぐ連戦のはず。だというのに死んでいなかったヒルギは、指令に従って研究データを抜き取ろうと地下へ降りた。そのときに、件の光景を目の当たりにしたのだ。

 閉じ込められたふれどーるたちと、彼らへ対する凄惨たる実験の痕跡を。

 ヒルギは当初の目的を無視した。そして二十万人の暮らす研究都市の全てを破壊した。爆発と炎でもって、殺人と破壊の限りを尽くした。

 メルヘンキルではない。つまり、殺すために殺している。


「あのとき、研究にはあんまり関係なさそうな若い人は見逃したんだけど、その中に女の子が一人いてね。錆みたいな赤い髪に、黒い瞳の、東洋人」ヒルギは資料の顔写真ではなく、記憶の中のミチルを見つめていた。「ミチルさんを見たとき、その子のことを思い出したんだ」


 セイラは、はは、と乾いた笑いをこぼした。


「一応聞いとこうかな。そのとき明確に見逃した、人数は?」

「明確に……? ちょっと待って、数えるから……」ヒルギはまるで目の前にモニターがあるかのように、上から下へ、また上から下へ、と目線を動かしていった。「3466人」

「その顔をすべて覚えているとでも?」

「え? えっ、そりゃあ、自分はメルドルである前にアイドルなんだから」ヒルギは、からかわないでよ、という感じで笑った。「会った人の顔を忘れることなんてないよ」


 二年でかなり丸くなったとはいえ、未だに揺るがない。

 最強にして、最凶、あるいは最狂。


「……でも」セイラはヒルギの手元の資料に目をやった。「ミチルさんは今聞いた女の子とは全然違うね」

「そうなの!」ヒルギはずいと詰め寄ってきた。月光の瞳。「髪どころか顔立ちから違う! でもなんだかミチルさんを見るたびにその子のことを思い出すんだ! それが最近の悩みというか……なんでだろうなって……」

「ヒルギの勘が見当違いだったってだけだね。よくあるじゃない」

「ええー。まあ……よくあるけど……」


 まだ不服そうなヒルギからバインダーを取り上げてラックに戻す。


「ああっ」

「はい、もう結論は出た。考えすぎるのがヒルギの悪いところだよ」

「そうかぁ〜」


 肩を落とすヒルギの背中を押して、セイラは資料室を出た。

 田舎から出てきた娘だろうが、経歴を偽って潜り込んだ敵国のスパイだろうが、何でもいい。

 かつては主人公になろうとしていたセイラは、今はただただ待つだけになってしまった。

 この化け物を殺せる、真の主人公を。

 あるいは。

 この主人公を殺せる、ラスボスを。





**





 五月一日。三人の出場が告げられた教室の中央で。

 シラベは机の上に立ったシリウスと向き合っていた。


「本当に契約を破棄してしまうんですか? せっかくこんなにフレを稼いだのに……勿体ないですね」と言うのは担任の先生。

「契約を破棄しないなら」ユワはニコニコとしてナイフを構えている。「殺す」

「刺し殺されるか……」ミチルが見上げる先では、天井に張り付いたマリアがじっと見下ろしている。「吊るし殺されるか……」

「するってば、もう」


 シラベは指先に王冠を模した黄色い光を浮かべ──シリウスから貰った最初のフレである──シリウスに差し出した。


「はい、返すね」


 シリウスは片膝をついて頭を下げる。


 ──おっ。珍しい。


「どうせすぐに再契約するんだから、そんなにかしこまらなくてもいいのに」


 そう言ったのだが、シリウスは傅いたままだ。

 シラベは、まったく頑固なやつだ、と笑って、シリウスが被った王冠に重ねるようにして、フレを返却した。


「契約を破棄する」


 これまで手に入れたフレが、風船を針でつついたように、パッと勢いよく飛び出た。細かい粒子に別れ、消える。

 続けて周囲に黒い影が出たと思うと、それぞれ人の形をとっていった。

 最初に現れたのは──。


「ウソ一回ごとに一年は!!」猫耳フードの女の子、カザン・トドロである。出現と同時に力強く訴える。「レートが狂ってるのだ!!」


 すぐに血相を変えた様子でシラベに食い掛ってくる。


「おかしい。おかしいのだ。こんな目に遭うだなんて聞いてなかったのだ。話が違う。ありえない」かなり脅迫的な様子だ。

「あ……その……」シラベは驚きつつ目を泳がせる。「もしかして……みんな焼かれちゃったの……?」

「知らでか!?」トドロ、驚愕。

「みんな仲良く地獄に送られたよー」二人目はルーズソックスのギャル、キレイ・ヒエン。「おっ、トドロん、久しぶり。ウスバネも、元気してた?」肩に留まったふれどーるにも笑いかける。


 ウスバネの羽は回復している。ミチルはふれどーるたちに回復可能な傷しかつけていなかった。相当な手加減をしていたらしい。


「ヒエン……!」


 トドロはヒエンに駆け寄って抱きつく。


「何百年ぶりの再会なんでしょうか。感動的ですわね」

「ちょっと待って」ユワは顔を青くする。「ウソ一個につき一年追加?」

「そうだな」


 シラベを水溺のトラウマが襲った。冷や汗を浮かべつつ振り返れば、声の主は青髪の女の子である。


「これまでの人生でついてきたウソ一つにつき、刑期が一年追加される」相変わらず皮肉の笑みを浮かべつつ。「人を殺してようがなかろうが、かなりの年数焼かれ続けることになるわけだ」

「ナギちゃん!」


 シラベに呼ばれたナギは、口角は上げつつ、横目に視線を流した。


「感謝はしねえぞ。文字通り──というかそのまま──地獄の体験だったんだからな」

「そう、でもよかった。喉は治ったんだ」聴いたものを虜にするあの歌声は、元から持ち得たものだったらしい。「また今度、聴かせてよ、ナギちゃんの歌」


 ナギは少し驚いた様子で自分の喉に手を当てた。気付いていなかったらしい。多少考える様子を見せたのち、またニヤリと笑う。


「高いぞ」

「お金取るの!?」

「もちろん」ナギの手にはからくり仕掛けの小鳥が乗っている。「オレたちの歌は世界一なんだから」


 得意げに笑う。シラベも微笑みを返した。


「まあ、終わってみれば夢みたいなものですね。もう既に記憶が薄れてきました。せっかく悟りの境地に至ったのに……」こっちを見れば空間を大きく占めるでっかいツインテール、カズラがいる。「ちなみウソやズルのような細かな罪に関しては、訴え次第で減刑できたみたいですよ」

「カズラちゃんは、減刑を訴えて通ったってこと?」


 ユワが期待の眼差しをこちらに向ける。


「はい。最初は誠実に訴えて減刑を勝ち取りました。でも途中で『うまく言いくるめたらもっと減刑が狙えるな』と思ってしまって、『神様を欺こうとした刑』を追加されたので……最終的には損してますね」言ってカズラはため息をついた。とはいえあくまで、軽く。「ズルは通らないみたいです」

「私の無意識、ちゃんとしてるんだなあ」


 向こうでユワが頭を抱えている。

 他にもぞくぞくと戻ってきて──最後の二人は同時だった。

 片方が片方の首根っこを後ろから掴んだ形だった。すぐに手放して床に伏せ倒れる。


「ウチは刑期を終えとるからな。同じ穴の貉やとか、そういう言い訳は聞かんで。大口も叩かせてもらおか」


 フブは、彼女の足元でごほごほと息を治すレンリを冷たく見下ろしている。


「三万年。これはレンリはんの所業に対して十分すぎる罰や。あの炎に一瞬でも焼かれた人間なら納得せざるを得んやろうな。ウチの一万年ですら虚無と気狂いを何億回繰り返したか分からん、それが三倍だなんて想像したくもない。あんさんは妥当な罰を受けた。でもな──」フブが次に目を向けたのはユワである。「──あの女の分まで、とか、そういうのは道理が通っとらんよな?」


 膝を立てて体を起こしつつ、レンリはフブの顔を覗き見た。フブの視線は依然として厳しい。


「……ごめん、ユワ」レンリはユワに苦笑を向けた。「肩代わりはダメらしい」

「レン……くん」


 ユワはレンリの前で膝を折って、涙を浮かべつつその手を取った。

 フブはふんと不満げに顔を逸らす。フブから全ての負い目を取り去ったらこんなに強気になるのか、とシラベは驚いた。

 出場枠の関係上、ユワをメルヘンする意味は無かったのだが、やはりクラスの和を保つにはメルヘンする必要がありそうだ。


「まあまあ、みんな仲良く、ね!」


 シラベは全員の視線を集めた。

 一年五組の残存メンバーは十一人。

 理想的な結果ではない。それぞれ思うところもあるだろう。


「とにかく、みんな生きててよかったってことで!」


 けれど、それだけは紛れもない事実だった。認めざるを得ない功績。


「しかも、みんなの一番の理解者であるところの!」シラベは胸に手を当て、ドヤッと鼻を高くした。「私がいるんだからね!」

『……?』


 みな、しょうがないかー、という顔をしていたはずなのだが、このシラベの言葉は伝わらなかった。


「というと?」口火を切って尋ねたのはミチル。

「え?」シラベは何を聞かれたのか分かっていない。

「一番の理解者、というのは?」

「それはほら、私ってもう何でも知ってるから」シラベは閻魔帳を見るような仕草をする。「トドロちゃんが五歳の頃の失恋をまだ引き摺ってることとか」

「突然何を言ってるのだ!?」と声を上げたのは当然トドロ。ちょっと赤面している。


「カズラちゃんが身長をコンプレックスに思ってるとか」

「ん? 何のことですか?」カズラの表情は変わらないが、片足を下げたのは厚底を隠したい気持ちの表れ。

「レンリちゃんが実はユワちゃんよりも──」

「──シラベ?」レンリは相変わらず微笑んだままだ。しかしその口を挟む速さたるや彼女のフレアクトの素早さにも劣らなかった。


「という感じでね!」シラベは目を輝かせている。「私、みんなのこと全部分かるから! 完璧な理解者ってことよ!」鼻を鳴らす。「みんな、なんでも私に相談してね!」


 冷たい視線がシラベに向けられた。


「あれ?」


 ──思ってた反応と違うな!


「最悪なフレアクトだ」ナギがクックッと笑う。「だがオレたちのリーダーはコイツだ。最悪のリーダーだがな」

「まあ……ウチらの代表が誰かって言ったら、シラベちゃんやけどなあ……」フブは諦めたように肩を落とす。「というか、今ちょうど総獲得フレがゼロになったと思うんやけど、そんなんで新人戦に勝てるん?」


 シラベに助け舟を出した二人の心境を、シラベは知っている。二人も、それを知られていることを承知でいる。

 シラベは彼女たちのだ。

 この世界のみんなの一番になる、その第一歩を、シラベは踏み出した。


「フレ数がゼロ? 他の人と差がある? いいね、それくらいの方がいいんじゃない? じゃなきゃ他の人が可哀想だよ」


 シラベは、自分の髪を漉き落として、そのまま腰に手を当てる。


「ほら、私ったらこんなに可愛いから」


 そして、得意気に笑った。


「いいハンデだ」

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