異世界からの購買部革命

市野沢 悠矢

第1話 異世界帰還、即バッドエンド?


──あれ? 俺、今……つり革、つかんでる?


 満員電車の圧力で、胸が潰れそうだった。視界にあるのは、サラリーマンの脇腹と、就活生のリクルートスーツ。俺は叫んだ。


「つ、詰まってる!? てか、俺、異世界で魔王倒したはずじゃ──」


 光に包まれたラストバトル。仲間たちの涙。そして「おめでとう、元の世界に還れる」という神の声……。


──はずだったのに、なぜ俺は今、電車に詰まってるんだよー!


 鼻をつく汗と芳香剤の香り。車内アナウンスが耳に入り、俺は這うようにして駅のホームへと転がり出た。エンジン音が遠ざかり、代わりに朝の雑踏が押し寄せてくる。


 駅前ロータリー、歩道橋、スマホを見ながら歩く学生たち。コンビニの看板に、自転車がぎっしり並んだ駐輪場。……間違いない。ここは日本だ。


「帰ってきた……のか?」


 でも、感慨深さより先に、内臓の奥がズンと重くなる。俺にとってここは「帰りたい場所」であると同時に、「二度と戻りたくなかった場所」だった。


「……やれやれ。魔王討伐よりヤベェのが、いっぱい待ってそうだな」


 制服の袖を引き直しながらつぶやく。生徒たちの波に飲み込まれながら学校へ到着すると──


「はい次、耳にかかってる! 校則違反、指導室ね!」


 制服チェックの教師が、前髪の長さを測っていた。登校初日から修羅場の気配しかない。


「──頼むから、また異世界に戻してくれないかな」


 そのとき、カバンの中から「ふん」と鼻を鳴らすような声が聞こえた。


「帰ったばかりで、それはないだろ、勇者殿」


 お前……アスモデマス!?


 カバンの中から覗く一本の黒い剣の柄。異世界で俺が使っていた、喋る魔剣。まさか、コイツまで一緒に帰ってきたのか。


「ふう、久しぶりに狭い場所に押し込められていたぞ。ここは……見覚えのない魔境だな」


「いや、魔境っていうか……日本だよ。俺の元いた世界」


「む、結局つまり……新たな“魔境”か」


「いや違う……合ってる気もするけど違う」


 肩を落とす俺。こいつがいることで、すべてを夢だったとは思わずに済んでいる。多少うるさいけど。


 通学路を進む。懐かしいはずの景色が、どこか異質に感じられる。生徒たちは全員同じ髪型で、同じリュック。型に嵌められたような均一感。


「なあ、今のアイツ……あんな髪型で登校して大丈夫か?」


「生活指導に引っかかるだろ。てか、見たことない顔じゃね?」


「もしかして転校生? でも、あのカバン……中から声してなかった?」


──うん。やっぱり日本社会のほうが魔境だわ。


 やがて、見えてきたのは「誠栄高校」。俺が異世界に転移する前まで通っていた学校。だが、どこか違和感がある。


 校門では警備員が金属探知機で生徒をチェックしていた。


「バッグ開けて。未登録電子機器は禁止ね」


「……生理用品入ってるんですけど」


「女性教員呼ぶから待っててー」


 え、なんだこの空港方式……?


「見慣れない顔だな。転校生?」


「え、あ、まあ……みたいなもんです」


「ふむ。で、その鞄。異音がしてるが?」


 やばい。アスモ、黙っててくれ!


「ただのぬいぐるみです。“喋るぬいぐるみ”ってやつで……」


「ふーん。じゃあ中身見せて」


 頼む、お願いだから──


 ……奇跡的に通された。どうやらアスモが「おやすみモード」に入っていたらしい。そんな機能あったのかよ。それに金属探知機にも探知されないなんて、お前何で出来てんだ?


 校舎内も様子が違う。電子ホワイトボード、生徒全員が同じタブレットを首から下げている。自由さはゼロ。まるで監視社会。


──もしかして、俺、帰ってくる世界……間違えた?


 そんな不安が頭をよぎったそのとき。


「ねえ、あなた。ちょっといい?」


 冷静な声が背後からかけられる。振り向くと、黒髪の少女がこちらを見ていた。


「……その剣、喋ったわよね?」


 ──俺の日常が、またしても壊れる音がした。

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