第39話 青空と一つ色なり汗拭ひ①

グラウンドの端にあるテントの下で、ぼんやりと競技を眺めながら、

(高校の体育祭って、こんなに楽なんだー)

そんな実感に浸っていた。


中学のときは、全員参加の競技が結構あり、クラス対抗の種目も一人ずつ割り当てが決まっていた。正直、体育祭って、ただの面倒な行事だった。


全ての高校がそうじゃないのはわかってる。でも、うちの学校はかなりゆるい。

競技に出るのは、希望者だけ。全員が参加するのは応援合戦くらいで、それも前で旗を振る人たちを見守るだけでOK。

テントの下で風に吹かれながら、ぼんやりと歓声を聞いていればいい。9月後半、まだ暑さは残るけど、今日は雲も多くて日差しはそこまで強くない。うっかりしたら、うとうとしてしまいそうだ。


忙しい人からすれば、こういう時間はもったいないって感じるかもしれない。でも、日々の慌ただしさを思えば、こんなゆるい時間もたまには必要だ。

槙野先輩なんかは、「しんどくなったら、部室で涼んでればいいよ」なんて悪いアドバイスをさらっとくれる。


体育系の強化部があるこの学校では、こういう行事が、部活漬けの生徒たちにとってのちょっとした息抜きになればいいと思う。

私はといえば、こうしてのんびりしてる分、クラスの応援旗作りはがんばったのだし。


黄色のクラスカラーの布に、大筆で大きく「結」の字を書き、その周りにクラスメイトの名前を一人ずつ書き込んだ。

隣で同じようにのんびりしている、美術部の塩原さんと高石くんと一緒に放課後に作り上げた。けっこう良い出来になったと思う。


今、その応援旗の大きな影の下で、お昼寝寸前のまどろみを楽しんでいる。

こんな体育祭は、悪くない。


「暑くなったら、美術室に行こうね」


塩原さんが、のんびりした声でつぶやく。美術部にも、気の利いたアドバイスをくれる先輩がいるらしい。


「うちのクラスの人、ちゃんと頑張ってるかな?」


高石くんは隣の椅子を3つも使って、気持ちよさそうに横になっている。塩原さんがその顔に向かって、ハンディファンの風を送った。


それぞれのクラスに、こういう“部外者”っぽい生徒はけっこういる。でも、それを責めたり、『クラスで団結しよう!』なんて言いに来たりする先生もいない。

つくづく、いい学校に入ったなぁと思う。


昼休みは、志乃ちゃんたちと部室でごはんを食べた。2年生もやってきて、部室は思った以上ににぎやかだった。

体育祭の日に部室が開いてるのは、もはや当然のことのようだ。


「うちの部室は涼しくて助かる〜」

2年の甲斐さんが、ちょっとバテた様子で座り込む。競技にもいくつか出たらしく、「100メートル走で勝てたのは奇跡!」と笑っていた。

――スポーツって、べつに全員が全力でやらなきゃいけないものじゃないと思う。

もちろん、体を動かすのは大事だろうけど、楽しくやった方が体にも心にもいい。これ、運動苦手派の私の持論。


午後の競技が始まる前、表彰式まで部室に残るという志乃ちゃんや伊登ちゃんたちに手を振って、私はクラスのテントに戻った。


最後の学年対抗リレーに、チカが出るのを知っていたから。


午前中も、テントの影から競技に出ているチカをそれとなく目で追っていた。


暑くなって、体操服の裾で額の汗をぬぐう姿。

――できるなら写真に撮りたい。でも、隠し撮りは倫理に反するので我慢した。


リレーが始まる頃には、応援テントの前には大きな人だかりができていた。

ピストルの音が鳴る。


学年対抗リレーは、各学年2チーム。上級生たちはプライドをかけて、下級生は闘志を燃やして走る――って、うちのクラスから立候補した野球部の子が言っていた。


チカは1年生チームのアンカー。

歓声のなか、次々とバトンが渡されていく。前にいるのは、3年生2チームと2年生の1チーム。なかなかの接戦だ。


そして、ついにチカがバトンを受け取った。


――かっこいいなぁ。


気づけば、私は身を乗り出していた。

ぐんぐん前に出るチカ。2年生のチームを抜いて、残るは3年生の2チーム。


「あと、ちょっと!」

テントの中なのに、声が出ていた。

周囲からも、たくさんの声援が飛ぶ。

「チカ! チカ! がんばって!」


こんな大歓声のなか、自分の声なんて絶対届かないってわかってるのに、思わず叫んでいた。


結果的には、最後の3チームが団子状態でゴール。3年生の壁は越えられなかったけど、チカの走りは文句なしにかっこよかった。


仲間に笑顔で肩を叩かれてる姿を見て、私はなんだか胸がいっぱいになった。

――それだけで、今日はもう満点の日だった。

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