第37話「そのころ、聖女の英雄は⑤」







 Sランクモンスターを倒した期待の新星、モミトのうわさは街中に広まっていた。

 一度注目を浴びてしまったら、情報をさし止めるのは難しい。

 ゆえに、知られてしまう。

 彼が、パーティ『裁断の剣』を作ったことも。

 そのパーティが結成して数日後に二十階層まで到達したことも。

 さらにいえば、すでに三十階層に到達しているのではないかという噂さえもあった。



「……どうなってやがる」



 ことここに至り、ライラックはモミトを認めざるを得なくなっていた。

 一度Sランクモンスターに勝ったのなら、誰かの功績にただ乗りしたんだろうということが出来る。

 一度一騎打ちで敗北したのも、こちらの油断と不意を突かれたのだと言い訳できる。

 だが、こうも結果を出されては、認めるしかない。

 どうやってかはわからないが、モミトは強さを手に入れたのだろう、と。



「どうして、こうなる……」



 実力を隠していた、わけではない。

 強ければ、あいつはその力を使うことを惜しんだりしない。

 だから追い出された後で力を手に入れたと推測できる。



「三十階層……」



『愚者の頭骨』で活動する冒険者にとって、三十階層は一つの壁だった。

 ライラックがモミトをクビにしたのも、足手まといがいては攻略ができないという判断に基づいてのものだった。

 仮にそうだとしても別に暴力が肯定されるわけでもないのだが――ライラックにはそれが理解できない。ともかく、彼らは三十階層のボスについて攻略方法を考えていた。


「三十階層のボスは、【シャドウ・ブレード】だ」



 シャドウブレードは全身が影の刃で構成された、闇の精霊である。

 物理攻撃は一切聞かず、影に同化してのワープ攻撃や、闇属性の攻撃魔法などを使ってくる厄介な相手だ。

 ワープして魔法攻撃ができる後衛を積極的に狙ってくる、頭の良さも厄介な点ではある。



「作戦は、俺を中心に展開する。やつは後衛であるフレアやセイラを狙ってくるはずだ。そこに、俺が攻撃を加えて、挟み撃ちをしてくれ。ガードナーは何もしなくていい」

「あ、ああ」

「わかったわ」

「わかりました」



 三人の顔は暗い。

 まるで何かにおびえているような、いやそのものの表情を浮かべている。

 しかし、ライラックはそこには全く頓着していない。

 そして当然その原因が自分であるということに気付くことさえもできない。



「とりあえず、作戦はこんなところだ。とりあえず、何か言うことはあるか?」


「あ、あのさ……」

「なんだよ?」

「モミトを戻すっていうのはどうかな?」

「は?」



 その言葉には、ライラックも許容できなかった。



「え、ええと、ほら、あいつが強いってことはわかったわけでしょう?なら別にあいつも戦力外じゃないわけだし、呼び戻してもいいんじゃないかって」

「本気で言ってんのかてめえは」

「ごあっ」



 ライラックは、ガードナーの鎧の隙間に指をかけ、放り投げる。

 重装鎧に指をかけて、投げる。

 言葉にすればシンプルだが、誰もができることではない。

 (身体強化)のスキルと、何よりライラック自身のセンスがあってのものだ。



「お前なあ、真っ当に考えろよ。俺たちはあいつを追い出したんだぞ?それで戦力に不安があるからってモミトを呼び戻すってのがどういうことかわかるか?」



 投げ飛ばされたガードナーを、足ですくい蹴り上げる。



「ぶごっ!」

「そうしたら、俺が、モミトに、頭を下げなきゃいけなくなるだろうが!」



 ライラックに原理を聴けば、物の重心を把握すれば誰でもできると答えるだろう。

 だが、それができるのはこの町広しといえども彼くらいのものだ。

 単純な技術やセンスなら、ライラックはSランク冒険者にすら届きうる。

 惜しむらくはその技巧の使い道が子供の癇癪であるという点である。



「あいつに、俺達だけじゃ不安だから、お前も戦力として、来てくださいって、お願いしろってのか?許しを乞えってのか?冗談じゃねえんだよ、本当に!」



 サッカーのリフティングのようにガードナーを自在に幾度も蹴り上げ、足で受け止める。



「け、けど、追加人員は得られなかったし……」

「はっ、俺様の実力や価値を理解できてねえ奴なんてこっちから願い下げだよ」



 ライラックは吐き捨てる。

 実際、追加メンバーの募集をしていた。

 というか、三十階層をクリアするための助っ人を探し、スカウトしようとしていたのである。

 だが、声をかけたフリーの冒険者にはことごとく断られた。

 ライラックの言動が主な理由である。

 当然だろう。

 パーティメンバーの一人に暴力を振るって追放したことは、冒険者ギルド内では噂になっていた。

実力はあるが、素行が悪いパーティ。

『聖女の英雄』はそのような評価を受けていたし、事実そうである。



「何度も言ってんだろ。お前らは、俺の言うことを訊いてりゃいいんだよ。わかったか?」

「りょ、了解した」

「……気に入らねえ」



 昔から目障りだった。

 俺より劣っているくせに、俺より弱いくせに。

 努力をまるで辞めない。

 才能が違うんだとどれだけいびっても、決して折れなかった。

 それが一層目障りだった。

 暴力のはけ口にしても、適当な口実をつけて報酬の分配をゼロにしても。

 文句ひとつ言わず、奴はやめようとはしなかった。

 決して折れない信念が、モミトにはあったから。

 そんなやつが力を手に入れたらどうなってしまうというのか?



「……気に入らねえ」



 何よりも、ルーチェの隣にはずっとあいつがいた。

 ライラックは、瞳を閉じる。

 彼女が目覚めなくなってから八年間、彼女を取り戻すためだけに生きてきた。

 声も、笑顔も、今でも鮮明に覚えている。

 そして、その隣には常に兄であるモミトの姿もあって。



「万能霊薬を手に入れるのは、あの子を救うのは、俺だ」



 そのためにも、三十階層は絶対に突破しなくてはならない。

 モミトに負けるわけにはいかないのだ。

 ましてや、頭を下げるなど絶対にごめんだった。

 その翌日。

 ライラックは、敗北を知ることになる。

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