第30話「非才無能、空を飛ぶ」

「《アローレイン》!」



 シャーレイが矢を放つ。

 一本の矢は空中で分裂し、雨となって降り注ぐ。

 無数の矢を飛ばし、広域を殲滅する、【射手】にとっての代表的なスキルである。

 俺達がパーティを組んで魔物に挑んでいることからでもわかっていることだが、数というのはそれだけで脅威だ。

 俺であればマリィ込みでも対応しきれずハチの巣になっていたことだろう。



「FOOOOOOOOO!」



 だが、フレイムタイガーはもはや矢にかまうことすらしない。

 周囲を覆う炎が矢を焼き尽くす。

 有効打になりえないとわかっている攻撃にかまっているほど、弱くも愚かでもない。

 それは、間違いなく懸命な判断であった。

 それより気にするべきことは沢山あったから。

 


『《裂》』

「裂空斬!」



 フレイムタイガーに対して、俺は斬撃を浴びせる。

 狙いは、足元。

 鎌鼬が炎を超えて、わずかながら確かな傷跡を作る。

 


「FO!」



 不可視の斬撃に、フレイムタイガーは気を取られる。

 足元から、俺と同じ声が聞こえた以上、なおのことだろう。

 もっとも、そこに俺はいないのだが。



(とった)




 俺がいるのは、フレイムタイガーの真上。

 ナナミのロープによって高く投げ出され、ここにいる。



 《アローレイン》で視界を奪い、《裂空斬》で足を攻撃して、下に俺がいると思わせた。

 極めつけは、ナナミの持っていたスキル。

 《変声》。

 本来は魔物の声を再現する運用が一般的だが――俺の声をまねてもらった。

 これで、フレイムタイガーは俺の位置を把握できない。

 ヒュンリに、《アローレイン》が放たれた後に射出してもらったなど、わかるはずがない。

 狙うはただ一点。

 フレイムタイガーの頭部のみ。

 何も考えない。

 ただ、剣を正確に振り下ろすことだけに集中する。



『《断》』



 フレイムタイガーの頭部が、真っ二つに立たれて。

 戦闘が、決着した。



「よっとっと」

「マリィ!」



 剣から人型になったマリィが俺をお姫様抱っこするようにかかえて着地する。



「ごめん、大丈夫?」



 マリィの身体能力の程度はわからないが、大の大人一人抱えさせられるのは決して楽でもあるまい。



「否定。いえいえ、むしろごちそうさまです」

「何の話⁉」



 無表情で言われているのもあって、彼女がどういう意図で言ったのかは不明だった。



「毎回危なっかしいねえ」



 ナナミが苦笑しながらこちらに歩いてくる。

 視線は俺たちではなく、油断なく周囲に向いている。

 二重湧きを警戒したのだろうか。

 流石斥候職。

 こういうところで、意識の差が出るな。完全に油断していた。



「お、終わったんです、か?」

「あっけなかったね……二人だけで活動してた時と全然違う……」



 シャーレイとヒュンリもおずおずと駆け寄ってくる。

 二人は、あっさり倒せたのが信じられないという様子だった。

 まあ確かに、五階層で苦戦していたのに一日で十階層まで行けたらそんな反応にもなるか。

 俺もマリィやナナミと一緒に初めてダンジョンに潜った時はうまくいきすぎて嬉しさより戸惑いが勝ったし。



「今日はここで撤退しよう」

「あ、あの、もう矢がなくて……」

「それにポーションももう残り少ない。アイテムボックスに入れられるとはいえ、それも無限じゃないしね」

「そっかあ、じゃあ仕方がないね……」

「ああ、セーブポイントに登録したら、街に戻って食事にしよう」

「いいですねご主人様。私はご主人様のグラタンを所望します」

「別に俺の手料理を振舞うわけじゃねえよ?」



 こういう時の打ち上げは酒場と相場が決まっているだろう。

 少なくとも前のパーティにいた時はそうだったんだが。

 まあ、俺は何も役に立ってないということで参加させてもらえなかったから知らないけども。



「まあ、それは準備もあるだろうから次の機会として……今日は焼肉でも行くってのはどうだい?」

「賛成!」

「み、みなさんが嫌じゃなければ参加したいです」

「ふむ仕方ありませんね。ご主人様が焼いた肉を私が食べるということで妥協しましょうか」

「ええ……まあいいけどさ」



 一人だけ変なことを言ってる気がするけどまあいいや。

 俺は、苦笑しながら、セーブポイントの石板に触れた。

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