第28話「非才無能、食事を振る舞う」

「ともあれ、いったん休憩にしようか」 



 俺たちは五階層の安全地帯で休むことにした。

 五階層ごとに、安全地帯と呼ばれる場所がある。

 安全地帯の機能は三つ。

 一つは文字通りのセーフゾーン。

 そこにだけは絶対にモンスターが入ってこない。

 冒険者がダンジョンでトラブルに遭った際には、この安全地帯に入ることが鉄則とされている。

 今のように休息を取れるのも、安全地帯だけだからだ。

 二つ目は、記録。

 安全地帯の中心にあるボードに触れるとその冒険者に関する情報が記録される。

 冒険者ギルドにもその情報は共有され、到達した階層はランクアップの条件でもある。

 例えば、Sランク冒険者になるためには、三十階層の踏破が条件だったはずだ。

 ライラックたちは、もう突破したころかな。

 もう俺には関係ないけど。



 そして三つ目。

 記録に伴う転移ゲートの更新。

 冒険者はダンジョンのセーブポイントに登録すれば、その地点までワープできる。

 つまり五階層のセーブポイントに登録してしまえば、以後は一階層から四階層は通らなくていいのだ。

 そしてセーブポイントから直接ダンジョンの出入り口に移動することも可能となっている。

 ゆえに五階層のセーブポイントに登録して初めて冒険者として一人前、という人もいる。

 まあつまり、何が言いたいのかというと。



「じゃあ、改めて、二人の冒険者としての第一歩に」

「「「「乾杯!」」」」



 五階層の踏破は、祝杯を上げたくなる程度には、めでたいことなのである。 



「いやー、まさかこんなすんなり突破できちゃうなんて。さっすがお兄さん」

「いやいや、全員のおかげだよ」



 ゴブリンの殲滅はシャーレイの範囲攻撃や、ナナミの拘束、ヒュンリのガードあってこそだ。

 オーガに関して言えば俺の功績かもしれないが……そもそもの話オーガを倒す必要はなかったのだ。

 セーブポイントにたどり着くためにはゴブリンたちのいる洞穴を突破しなくてはならないが、ゴブリンを突破して、オーガが出てくる前にセーブポイントまで駆け抜けるという手段もある。

 実際、『聖女の英雄』にいた時はそうしていた。

 一番足が遅いのは俺だったので、危うく殺されるかと思ったが。



「あの、すごくかっこよかったです。オーガを倒すところ」

「そ、そうかな……」



 前髪の隙間からキラキラした目を向けられる。

 なんだかこそばゆい。



「当然です、これがご主人様のお力ですから」 



 マリィがドヤ顔で豊満な胸を張る。

 ドヤ顔になるメイドって結構珍しいんじゃないだろうか、とどうでもいいことを内心で考えていた。

 しかし、変な気分だな。

 他のメンバーに言われると照れくささとかがあるのに、こいつに言われるとそういうの感じない。

 自分のことみたいに話すからだろうか。



「それにしても、めちゃくちゃおいしいねえ。これ、どこで買ってきたんだい?」



 スモークサーモンのサンドイッチをかじりながら、ナナミが俺に尋ねる。



「いや、これ俺が作ったやつだけど」

「「「作った⁉」」」



 三人は一斉に大声を上げる。

 セーブポイントは石造りの床や壁に囲まれているので、結構響く。

 モンスターが寄ってくることはないが。



「そ、そうだけど……そんなに驚くことか?」

「驚くよ!だってめちゃくちゃおいしいもん!」

「前々からどこで用意してくるんだろうと思ってたんだが、全部手作りなのかい?」

「す、すごいです。女子力で完敗しました」

「ありがとう。実は料理だけはちょっと得意なんだ」

「ちょっとどころじゃないよお兄さん、こんなの店出せるレベルだよ!」

「それは大げさすぎないか?」



 『聖女の英雄』にいたころ、食事当番をはじめとした雑用は、大抵俺がやっていた。

 《料理》のスキルを持った人たちには遠く及ばないが、

 逆に言えばスキルを習得していないものの中ではうまい方なのかもしれないけれど。

 それだって、ライラックに文句を言われてばかりだった。

 そういえば何を作っても喜びや感謝の言葉はなかったな。



「ふふふ、流石ですね皆さん。いい舌をしていらっしゃいます。ご主人様は本当に料理上手で、私のご飯も毎日作って下さってるんですよ」

「まあ、いつもやってることだし」



 妹と二人で暮らしていたころから、当然ながら家事は俺の担当だった。

 最近は掃除や洗濯をマリィがやってくれるおかげで、かなり助かっている。



「こ、これを毎日食べられるなんて、羨ましい……」

「そんなにか?」



 俺は首をひねる。



「本当にすごい……」

「肯定。ご主人様はいつも素晴らしく、私に優しいですから」

「そうか……?」



 俺としてはそこまで有能な気はする。

 ただ、相棒としての信頼があるだけなのだけれど。



「あはは……」

「腹ごしらえもできたし、このままもう少しおくまで行ってみますか?」

「いいね!」



 俺達はさらにダンジョンの奥を目指すことにした。



「なんていうか、とんとん拍子っていうか拍子抜けだね」

「そうですね、もっと強いのかと思ってました」

「まあエリアボスは強さが飛びぬけてるからね。六階層から旧階層でハードオーガ以上のモンスターは、基本的にいないんだ」



 この前のネオジムドラゴンとか、オリハルコンゴーレムのようなのはあくまでもイレギュラーである。

 強くてもCランク以上のモンスターはまず現れない。



「うーん、あれが十階層のエリアボスですかね」

「そうだね」



 十階層のエリアボスは、フレイムタイガー。

 文字通り、火属性攻撃を放ってくる巨大な虎だ。

 純粋にステータスが高いのと、火炎による遠距離攻撃が凶悪である。 

 近接に頼る俺にとって相性のいい相手とは言えない。

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