第20話「非才無能、脅される」

「伝説の魔剣。使い手を殺すのも容易じゃねえだろう。実際、俺らには無理だと思ってるぜ?ネオジムドラゴンを一人で倒しちまうなんてなあ」



 なるほど、まあ一人で倒したと思っている程度の観察眼しかないなら無理だろう。

 俺は、ちらりと怯えた顔をしているナナミを見る。

 顔色が青白く、ぶるぶる震えている。

 ここまで怯えることなんてめったにないだろう。

 こいつらとどういう関係なのか少々気になったが、それを追求するべきではないな。



「……だったら、どうするつもりなんだ?」

「言ったろ、武器を捨ててくれって。じゃないと――」



 悪党はニヤリと笑って。




「ナナミが死ぬぜ?」

「え?」



 どしゃり、と背後から音がする。

 俺の後ろには、ナナミしかいないのに。



「何が?」

「俺の恩寵は【呪術師】なんだがなあ、条件を満たしたやつに呪いを付与できる。んで、こいつに付与した呪いは【発信】と【衰弱】の二つ」



 【発信】は呪いをかけた本人に位置を教える効果があり、【衰弱】は時間をかけて徐々に体を弱らせていき、最終的に衰弱死させる呪いだ。

 昨日、ナナミと何事か話していた。

あの時呪いをかけたのなら相当進行していると考えるべき。

 衰弱死するというのは、嘘でも誇張でも何でもないのだろう。



「それで、ナナミを助けて欲しければ武器を捨てろって言ってるのか?」

「……っ、ああそうだよ。わかってるんじゃねえか。呪い自体は俺の意志一つで解けるからな」



 呪いに関わらず魔法の類は術者が望むか死ねば解除されることが多い。

 嘘ではないだろう。



「なるほどね……」 



 俺は視線を呪術師から視線を外さず、剣を構えたままだ。

 呪術師はアンドロマリウスにおびえているのか、こちらには近づいてこないし攻撃する気配もない。

 だがそれは俺が魔剣を手に持っているからだ。

 手放せば確実に攻撃してくる。そうなれば、俺もナナミも殺されるだけ。

 ゆえに、俺は魔剣を手放すべきではない。

 隙を相手に見せることこそが最悪なのだから。



「逃げ、ろ、モミト」



 後ろから声が聞こえた。



「そいつらはお前に危害を加えるつもりしかない。最低でも殺されるか、もっと悪いことになる」

「けれど、俺が逃げてもあなたは死ぬんじゃないのか?」

「アタシは、いい……。自業自得、だからね。こいつらは昔の仲間、だった、のさ」



 呪いが進行しているらしく言葉はとぎれとぎれになり、顔の青さはさらにひどくなっている。



「野盗でもやってたのか」

「その通り、だよ」

「…………だとしても、お前が俺達を売ったわけじゃないだろう」



 ナナミと彼らが知り合いであるとは気づいていたが、共犯関係だとは思わない。

 彼女が俺に彼らのことを言わなかったのもわかる。

 冒険者は色々な経歴を持つものが多く、前科者も珍しくはない。

 だが、犯罪歴を持っていて、かつての仲間が接触してきたということを俺ならば口にできるだろうか。

 否、絶対にそれだけはできない。

 


「わかった、要求を呑もう」

「なっ」

「へえ……」



 俺は構えをおろし、アンドロマリウスから手を離す。

 金属が石畳にぶつかる固い音が、ダンジョン内に響く。 



「さて、おれは要求をのんだわけだが……。解除してくれるのか?」

「ぷっ」



 呪術師は、髭面を醜く歪めて噴き出した。



「いいよいいよ、別に」



 ぱちんと指を鳴らすと、首筋にあった呪印が薄れて、消える。

 青かったナナミの顔も、少しだけましになっている。

 呪いが解除されたのは、嘘ではないのだろう。



「おいナナミ、お前はもう帰っていいぞ?協力しなかったから分け前はなしな」



 呪術師が、にやにやと笑っている。



「アンタら、強盗までするなんて……『はつか窃盗団』の掟はどうしたんだい」

「別にいいだろ。もう解散したんだし、何より今のお前じゃ俺達の相手にはならない。見逃してやるからとっととどこかに行け。処刑ショーまで見られたら口封じをせざるを得なくなる」

「ふざけっ、あ、ぐう」



 ナナミは立ち上がろうとして、転倒する。

 【衰弱】がひどすぎて、呪いが解除されても完全には動けないらしかった。



「おいお前ら、適合者である以上はどんな切り札を隠してるかわからん。確実に仕留めるぞ」「隙ができたな」

『《断》』

「はあっ?」



 呪いが、魔法が、《バインド》が付与されたロープが斬られて断たれて消失し、石畳の上に落ちる。

 攻撃を全て防がれ、ならず者たちの間に動揺が走る。



「な、なんでどうして……」



 そこまで、この魔剣が怖いのだろうか。

 話してみれば、性格も悪くないんだがな。

 マリィは粒子化することができる。

 粒子は俺の元に自動的に集まり、剣ないし人間の形を再構成する。

 つまり――マリィを手放しても手元に戻ってくる。



『質問。何かいうことはありますか?』

「地面に放り出してごめんね」

『洗浄。ちゃんと丁寧に磨くようにしてください』

「了解」



 俺はそんな軽口をたたき合いながらマリィを振る。



「な、なあっ!」

「ひ、卑怯」

「お前が言うな」

『《裂》』



 万物両断の魔剣が横なぎに振りぬかれ。



「《裂空斬》」



 真空刃が、俺を囲んでいた呪術師たちをまとめて切り裂いた。



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