第14話「非才無能、空を裂く」

「なら、これでどうだあ!《ボルト・ラム》」



スキル宣言と同時に放たれるは雷属性の上級魔法。

家屋すら粉砕して余りあるほどの威力を有する、雷で構成された破城槌。

上級魔法を使える人間は魔法系の恩寵を持っている者の中の一割にも満たない。

ましてや詠唱なしで発動できるのはさらにほんの一握りだ。

ライラックは性格最悪だが間違いなく本物の天才ではある。

《ボルトラム》を耐える方法は、俺にはない。

直撃すれば骨も残らないだろう。

というか、ライラック、俺を殺したら反則負けなの忘れてるな。

そこまで、自分の攻撃が俺ごときに防がれたのがショックだったのだろうか。

舐められているなと、思うと同時に――それは一種のチャンスでもあると冷静に計算をする。

ともあれ、雷の破城槌が俺のすぐそばに来ている。



『《裂》』



直撃すれば。



「はあ?」



ライラックが理解不能と言わんばかりの声を上げる。

正面に構えた魔剣と雷撃がぶつかり、破れたのは雷撃の方。

万象両断の特性によって二つに分断された雷撃が訓練場の壁にぶつかり、穴を開ける。

俺には傷ひとつない。



「な、んで」



 ライラックにしてみれば、最大出力の攻撃を見舞ったのに、無傷だったわけで。

 だが、威力は関係ないのだ。

 ライラックは俺を舐めていることもあって、素直に魔術を打ってくる。

 来る方向とタイミングさえわかっていれば、俺のスピードでも刃を合わせることはできる。

 そして刃が当たれば、両断されて俺には届かない。



『上々。素晴らしいですね、ご主人様』

「いや」



 確かに初撃も二発目も防いだ。

だが、このままではいずれ負ける《・・・・・・》。

体力が、速度が、技術が、センスが。

ライラックは、俺よりもはるかに上だ。



「今互角に見えるのは、あいつが動揺してるからだ。冷静さを取り戻した瞬間、俺が負ける」



 ゆえに、ここで詰めに行く。

 俺は、ライラックに向かって駆け出す速度を上げ、距離を詰める。

 魔剣としての特性なのか、マリィの重量はほとんどなく――羽のように軽い。 

 つまり、速度は、落ちない。



「なるほどなあ!ゴミが一丁前に接近戦がしたいってかあ!」 



 やつもまた、俺の狙いには気づいたらしい。

 俺の武器を見れば、接近戦に持ち込みたいと考えるのは当然だ。

 そして、ライラックの性格を考えれば。



「乗ってやるよ!」



 ライラックもまた、駆け出した。

 もとよりライラックは【拳士】の恩寵を持ち、接近戦には自信がある。

 ましてや、雷撃を防がれた直後だ。

 格闘で俺を倒そうとするのは正しい行動で、だからこそ読めてしまう。



「ぶっ倒す!」

「――」



 ライラックは、両腕に紫電をまとう。

 雷を肉体に纏わせての格闘術は彼の十八番である。

 両腕を俺に向かって振るい。



「あ?」

「――そこか」


 ライラックの攻撃は、空を切った。

 先ほどまで正眼に構えていた俺が、剣を肩に担いだからである。

 『担ぎ』という剣術における小技の一つ。

 ためを作って、相手のタイミングをずらす技だが、手元を狙った攻撃をすかす狙いもある。

 ライラックが雷撃を弾いたアンドロマリウスを警戒していたであろうことと、俺を攻撃する際嬲るために手足から攻撃すること。

 この二つから、俺の腕を破壊しようとすることは読めていた。

 だから、攻撃をかわすこともできるし。



「ふっ!」

「そこまで!」



 カウンターを見舞うことも可能になる。

 担ぎ上げられたアンドロマリウスの刃をまっすぐに振り降ろし、手首で締めて寸止めする。

 万象両断の刃が、攻撃をかわされ驚愕の表情を浮かべているライラックの首筋に添えられて。



「しょ、勝者、モミト」



 ――生まれて初めて、俺は対人戦で勝利した。

 


 魔剣が光の粒子に変わり、マリィが俺の背後に現れる。



「祝福。モミト様、初勝利おめでとうございます」

「う、うんありがとう」



 俺は改めて無表情なメイドに向き直る。

 まったく、マリィがいなければどうなっていたことか。

 五回は死んでいただろうな。

 ライラックが途中から手加減を辞めたせいだ。

 正直、一発でも当たっていたらどうなっていたんだろうと思うと、背筋が凍る思いだった。



「感激。あの素晴らしい立ち回りと駆け引き、私は感動しました。流石ですね」

「あはは……考えてた戦術がうまくはまっただけなんだけどね」



 俺は非才無能だ。

 できることといえばがむしゃらに足掻くことと――考えることだけ。

 モンスターに対して戦術や戦略を考える冒険者はほとんどいない。

 ライラックのようなA級冒険者でさえ、スキルを習得し、それをただ使うだけで、どう使うかということはあまり考えない。

 それは、火力を集めてぶつけるのが冒険者にとって最適解とされているからだ。

 考えることを辞めないのは、俺のような弱者だけ。

 今回は、たまたまそれがいい方向に作用したというだけの話だ。

 そんなことを言うと、マリィはきゅっと唇を引き結んで。



「否定。そんな風にいわないでください、モミト様。貴方は勝ったのです」

「マリィ?」

「恐怖。相手は圧倒的強者で、貴方に恐怖を植え付けた相手でもある。違いますか?」

「その解釈であってるよ」



 だから、勝ちたかったのだ。

 そうでなければ、あの時の、何もない俺のままだと思ったから。



「不要。モミト様は、勝ちました。恐怖も、謙遜も、貴方に必要ありません。必要なのは、モミト様自身の誇りと、相棒たる私だけです」

「――」



 こちらをまっすぐ見つめてくる彼女に対して、俺は言葉に詰まってしまった。

 青い瞳はただ純粋に、俺に対する称賛を訴えていて。

 俺が卑屈になることを、許さなかった。

 だから、俺は少しだけ胸を張る。



「ああ、俺達の勝ちだ。マリィ」

「肯定。私達の勝ちです、モミト様」



 暖かい弛緩した空気が、俺たちの間に流れて。



「んなわけねえだろ、無能が」



 怒声によって、その空気は霧散した。

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