第8話「非才無能、感謝される」
「説明。そもそも魔剣とは人間を剣の形に変えたものです」
「……待って全然わからない」
「詳細。私はもともと人間でした。しかし、魔神ソロモンによって剣に姿を変えられたのです。人に力を与える代わりに、化け物に変える呪われた魔剣に」
魔神ソロモン。
七十二本の魔剣を作った神であり、最高神に背いたまつろわぬ神の一つ。
名もなき邪神や死神タルタロスと並んで、物語の三大悪役と言われていたりもする。
閑話休題、ともあれ俺も、事情を呑み込みつつあった。
「……いやそれはわかるんだけど。わからないのは、何で君がいま人の姿で、一糸まとわぬ姿で俺の隣で寝ているのかだけど」
「補足。私達魔剣は、魔力を消費して一時的に人の姿になることができます。もともと人間だったので、当然と言えば当然だと思いますが」
「それはそうか」
俺もひとまず原理に関しては飲み込んだ。
そもそも、魔剣自体よくわからないものだ。
「それで、何で全裸で、俺の隣で寝てたの?」
「…………」
なぜか、アンドロマリウスは目をそらした。
「無所有。服を持っていませんでした」
「あ、そうなんだ」
どうやら都合よく服がついてきたりはしないらしい。
しかし、それは不便ではないだろうか。
実体化するとき、常に全裸ということになってしまうが。
もしかすると、倉庫にいた時剣の姿だったのは裸体を見られるのが嫌だったのだろうか。無理もない話だ。
しかし。
「と、とりあえずこれを着てくれ!」
「承知」
俺は服を投げてよこし、彼女が着替え終わるまで悶々としながら後ろを向いていたのだった。
◇
さて、当座は凌いだが、このままというわけにもいくまい。
「よし、服買いに行くか」
「質問。それは私の服を、ですか?」
「さすがにそれじゃ不便だろうからな」
現在、アンドロマリウスは俺の服を着ている。
だがサイズはあってないし、何より見た目があまりよくない。
いや、アンドロマリウスの容姿が整っているからとても綺麗に見えるが……服単体はお世辞にも美しいとはいえない。
さすがに女性に恥をかかせてはいけないという最低限の分別は俺にもあった。
「承知。私もご主人様のため、服を選ばせていただきます」
「あーうん。ていうか、ご主人様って俺のこと?」
「肯定。貴方こそは私のただ一人の主。私を振るい、呪いから解放してくださった至高の存在」
「そこまで大したことはしてないと思うけど……」
あと、そうだとして俺のために服を選ぶというのはどういうことなのか。
「なあ、一つお願いがあるんだけど、いいかな?」
「承諾。私はそれが貴方のお願いであれば、何なりと」
「なら、ご主人様ってのはやめてくれ。あまりにも他人行儀過ぎる」
「……そ、そうでしたか」
「俺は戦闘中は君に剣であることを強要する。俺には君の力が必要だから。けれど、君を虐げたり下に置くような真似はしない」
「納得。では、モミト様とお呼びしてもよろしいでしょうか」
「いやそれもちょっと」
「救済。私は、貴方に救われました。敬意を払わせてはいただけませんか?」
「わかった、じゃあ呼び方は好きにしてくれ」
「了解。ではモミト様と」
まあ、名前で呼んでくれているだけ打ち解けたと思うことにしよう。
「提案。もう一つだけ、私の方から提案したいのですが――よろしいですか?」
「うん、好きにしてください」
「名前。私のことは、マリィと呼んでいただけませんか?」
「あー」
確かに、アンドロマリウスだとちょっと長いか。
「うん、じゃあ改めてよろしくマリィ」
「同意。これからよろしくお願いします」
俺達は、関係値の第一歩目として握手をした。
少し、いやかなり気恥ずかしくなってすぐに手を引っ込めたけど。
彼女の手は、魔剣とは思えないほど細く、柔らかく、そして温かかった。
「それで、どんな服を着たいんだ?」
「不明。正直どんな服があるのかまったくわかりません」
「わからない……?」
俺は、首をかしげる。
アンドロマリウスがどのような生き方をしてきたのかはさっぱりわからないが、あまり服飾に明るくない人生を送ってきたらしい。
まさか全裸で生活してきたわけでもないのだろうが。
「じゃあ、とりあえず店に行って色々見て回るか?」
「肯定。よろしくお願いします」
「おう」
俺達は服屋へと向かうことにした。
迷宮都市は冒険者のための町だ。
冒険者は街のすぐそばにある迷宮に潜る。
商人や職人は、その冒険者に食料や武具などを売りつけ、冒険者ギルドから迷宮由来のアイテムを得る。
冒険者ギルドは冒険者に仕事を割り振り、仲介料を取ることで利益を得ている。
おおよそこのようにして経済は回っている。
「盛況。活気がありますね」
「だろ?」
あちらこちらに屋台が立ち並び、人波が蠢いている。
「…………」
ふと気づくと、アンドロマリウスがじっと肉串の屋台を見ているのに気が付いた。
もしかして食べたいのだろうか。
まるで考えていなかったけど、魔剣も食事ってするんだろうか。
ぐうーっと音がした。
マリィ、ではなく、俺の腹である。
「ふふっ」
「ははっ」
俺もマリィもつい笑ってしまった。
笑うしかないだろう。
どうして笑わずにいられようか。
「一緒に食べるか」
「肯定。よろしくお願いします」
串焼きの列に並ぶ。
冒険者ギルドに寄れば、もう少し安く買えるのだがマリィが食べたそうにしていたので仕方がない。
「牛串二本、お願いします」
「はいよっ」
髭面のおじさんが焼いた肉串をその場で紙皿に乗せて手渡してくる。
「あの――」
「なんだよ、不満か?」
「いえ、多くないですか?」
木皿の上には四本の肉串が乗っていた。
俺が渡したのは二本分の代金のみ。ひょっとして注文を聞き間違えたのだろうか。
「いいのいいの、サービスだ」
「でも……」
「兄ちゃんあれだろ?この前ゴーレムをぶっ倒してくれた冒険者だろ?今日は剣を持ってないみたいだが」
「「え……」」
俺とマリィは絶句する。
確かに冒険者ギルドの前でゴーレム相手に大立ち回りを見せたが、この人もあの場にいたのか。
「なんだ知らねえのか?映像が出回ってるんだよ、街を救った英雄だって」
「いや俺は、そんなたいそうな人間じゃ……」
俺は、癖ッ毛の生えた頭をガシガシかきながら目を逸らす。
しかし。
「何言ってんだよ。アンタが戦ってくれたから、そして勝ってくれたから、俺は今日もここで生きて商売ができるんだ。ありがとうな」
だが串屋のおじさんは引かない。
まっすぐに俺の方を向いて、真摯に礼を言ってくる。
そんな態度を取られたら、俺はもう反論なんてできなかった。
「ありがとうございます。俺たちでいただきます」
深々と頭を下げた。
「おう、ぜひ彼女さんと一緒に食べてくれ!」
「「へ?」」
固まった。
硬直したのは俺だけではない。
隣にいるマリィも同じだ。
「訂正。わ、私とご主人様は決してそういった関係ではなくて、いえ好意は否定しませんがそれあくまでも人としての」
「マリィ、落ち着いて」
先ほどまで冷静だったマリィが顔を真っ赤にしてあたふたしている。
店主に頭を下げて、俺達は屋台から離れた。
「謝罪。取り乱しました」
歩きながら、肉串を手に持ったまま、マリィが謝ってくる。
そんな必要はないのに。
「別にいいよ、それよりもう食べちゃおう」
「肯定」
こくこくとうなずいて、マリィは肉串にかじりつく。
「……美味。これほど、とは」
涙を流しながら肉串を口に運ぶ。
俺も肉串を食べる。うん、うまい。
うまいが、別に泣くほどかと言われると……そうでもないな。
マリィはずっと剣の姿だったらしいし、もしかしたら食事自体久しぶりなのかもしれない。
なら感動することもあるか。
「よかったな、マリィ」
「はい、はいっ」
普段の口調も崩して、マリィはもぐもぐと肉串をほおばっている。
彼女のそんな様子は、ただの少女にしか見えなくて。
どういうわけか、胸が疼いた。
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