第2話「非才無能、治療を受ける」
「はい、これで治療は終わったよ。お大事に」
「ありがとうございます……」
パイプベッドの上に寝転がっていた俺は、ゆっくりと体を起こす。
視界には、椅子に座った一人の女性がいた。
えんじ色のセーターを白衣でグラマラスな体を包み、眼鏡をかけている。
名を、メルフィーナといい、この冒険者ギルドの医務室長である。
ライラックたちと別れた後、肺に穴をあけられて動けなくなっていた俺は、冒険者ギルドの医務室に運んでもらい治療を受けた。
「うん、喋れてるなら問題なさそうだね。後遺症も残らないだろう」
胸に重傷を負った俺だが、メルフィーナの治療で、完全に回復していた。
メルフィーナの
人を治すエキスパートだ。
《回復魔法》のスキルを取得しており、身体に穴が開くような重傷でも、すぐに動けるようにしてくれる。
もちろん、それなりに値段は張るのだが。
メルフィーナははあ、とため息を吐く。
白衣とセーターで覆われた豊満な双丘が揺れる。
「それにしてもひどい話だねえ。一方的にクビにされたあげく、暴力まで振るわれるなんて。私から冒険者ギルドに報告しておこうか?」
「あはは、でも、仕方ないですよ」
そう、仕方がない。
結局、無能で無価値な俺が悪いのだ。
クビになるのも、暴力を振るわれるのも仕方がない。
これは、冒険者ギルドに報告しても無駄という経験則があるのも大きい。
ライラックの暴力は今に始まったことではなく、幾度となく俺に振るわれてきた。
しかし、最初はライラックを咎めていたギルド職員も結果を出し続けてきたライラックを責めることはなくなり、むしろ暴力を振るわれた側の俺をライラックと一緒になじるようになった。
メルフィーナなど一部の職員は例外だが、少なくとも報告したところで俺の立場がよくなるようなことは決してないだろう。
「それで、どうするんだい、これから」
メルフィーナは相変わらず心配そうな目で俺を見ている。
まあ気持ちはわかる。
俺も逆の立場なら同じような態度を取っただろうから。
【非才無能】の俺が今更誰かとパーティを組めるとも思えない。
ならばソロで活動するのだろうか?
不可能だ。魔物の巣窟であるダンジョンに潜る冒険者は文字通り命懸けの職業。
何の力もない俺が、一人で生き残ることなどできるはずもない。
しかし、たとえそれでも。
「変わりませんよ。冒険者を続けるだけです」
そうしなくては、果たせない目的がある。
冒険者でなくては、ダンジョンに潜り続けなくては、絶対にかなわない願いがある。
だから、俺は今の生き方を辞めることだけはできない。
「でも、危ないよ……。ねえ、ギルドの職員になれるように推薦してあげようか?」
メルフィーナの言葉は、俺を気遣ってのものだ。
有難く思うし、気持ちに応えられないことを申し訳なく思う。
「すみません。どうしても冒険者は続けなきゃいけないので」
「そう、私の方こそごめんね」
「いえお気になさらず。ありがとうございました」
俺に力があれば、こんなことを言わせずに済んだのかな。
医務室から出るとき、そんな考えが頭をよぎった。
ギルドの、クエスト募集掲示板に張り紙を見ながら、俺は今後について頭を悩ませていた。
「これからどうしようかな……」
冒険者を辞めるという選択肢は、ない。
商人、職人、農家などなど職業選択の自由というものが人にはある。が、俺にだけはない。
そういう職業は【商人】、【鍛冶師】、【農家】などの
【非才無能】の俺でも就職できた唯一の職業が冒険者である。
そもそも冒険者というのは失せもの探しからモンスター討伐まで色々な仕事をこなす何でも屋であり、この世界で最も地位の低い職業なのだ。
冒険者を辞めるというなら、もはや物乞いか犯罪者くらいしか選択肢がない。
加えて、俺の目的を達成するためにも冒険者は続けなくてはならない。
あと、さっきの治療でめちゃくちゃ出費してしまったからお金を稼がないとまずい。
「さて、何の仕事をするべきか」
無能の俺に、それもソロでできる仕事なんて限られている。
パーティに入れてもらえるあてもないしな。
荷物運びか、どぶさらいか、はたまた新薬の治験か。
「おっ、これなんかはよさそうだな」
『呪いの武具などの荷物運び』
荷運びもまた、冒険者に回される仕事の一つだ。
モンスターなどとの戦闘もないため比較的安全な仕事だが、報酬があまり高くないので敬遠されやすい。
これくらいなら、俺でもできるだろう。
俺は張り紙をはがして、受付まで急いだ。
◇◇◇
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