第1話 マスゴミ女子
「今回の『週間談話』の売れ行きも好調ですね! これもマジマさんのスクープのおかげでしょう!」
「……どーも」
見るからに高級そうなレストランの緊張感に、いつもは引くほどある食欲が減退している。
そんな状態で、情報屋のおじさんに胡麻を擦られでも嬉しくも何ともない。
早く帰って、この世界の文学に触れたい。
私の書く、雰囲気だけで押し通している駄文ではなく、考えに考え抜いた人達の文章を読まないとバランスが取れない。
周囲にいる連中も、高そうだけど下品な匂いのするスーツの男や、時間と手間がかかりそうなダッサいドレス着ている女だらけで落ち着かない。
でも、目の前のおっさんはダラダラと話し続けて時間が経つ。
一応は目上の人だから、話を遮ったりはしない。
しかし、私は面白くもないのに笑うのが苦手だ。
社会人としての能力不足だと思うが、メリットもある。こんな反応の悪い女と話していても楽しくない。向こうも雑談に飽きて、早いうちに本題に入ってくれる。
「……で、今回のネタはどうやって仕入れたんですか?」
今回のネタ。
有名な冒険者同士が不倫をしていたという、くだらない情報のことだろう。
「張り込みしていただけですよ」
「またまた。そんなことで、こんな連続で大モノは釣れないでしょう」
別に嘘じゃないんだけどな。
ほんの少し、危険を犯しているだけで。
私からしたら、他の人が何故この手段を取らないのか不思議なくらい、単純な方法だ。
「ご馳走様でした。また、機会があればお会いしましょう」
何か余計なことを言われる前に、さっさと席を立つ。
それにしても、この店、雰囲気はともかく料理は面白かったな。
ホワイトドラゴンの肉とか、アイススライムのアイスとかは珍しくて少し楽しめた。味は前の世界のカップ麺の方が美味しかったけど。
さて。
私は社会人。
明日の仕事のために身体を休ませよう。
\
この世界の建築術はあまり進歩していないようで、傾いていない物件に住むだけでも1年かかった。
そして、記者という職業を認識してもらうまでにもう1年。
その2つを実現してからの異世界生活3年目である現在はそれなりに贅沢な暮らしをさせてもらっている。
広い一軒家で、大好きなぬいぐるみや本に囲まれて過ごす時間は心地がいい。
それが、他人の不幸で成り立っているとしても。
床に散らばっている、紙束が視界に移る。
冒険者同士の不倫を暴露した記事の原本だ。
拾い上げて、斜め読みをしてみる。
「……ッハ」
なんてくだらない内容と文章だろうか。
有名な人達の名前を借りなければ、誰1人として読まれない駄文。
誰だ。こんなのを書いたのは。
「私だ」
1人きりの空間でなかったら、掻き消えるであろう小さな声。
この恥知らずな記事を書いたのは、他の誰でもないこの私、真島美優である。
この記事により、冒険者ギルドは対応に追われているだろう。
500年前に、突如現れたというダンジョンに果敢に挑む彼らは、前の世界で例えると芸能人のようなポジションにいる。
彼らが冒険譚を語るイベントには、その街の住人のほとんどが集まる。
武術や魔法の技術を磨いて、ダンジョンに潜り込む彼らの話は魅力的だ。
イベントが開催されるまで人気を得るには、気の遠くなる努力をしていたはずだ。
決して、不倫ごときで台無しにされるべきではないほどの努力を。
しかし、私なんかの記事のせいで全てを失う。
理不尽だ。
でも、私はこれしか金の稼ぎ方を知らない。
そう。私の仕事は他人の不幸でメシを食う最低の職業。
マスコミ。
いや、マスゴミだ。
\
翌日の昼過ぎ。
私は新たなスクープを見つけるためにダンジョン内を探索していた。
情報屋のおじさんに、問い詰められた取材方法とは単純明快で自らの足でダンジョンに赴くことだ。
もちろん危険だが、不倫現場に遭遇する確率はグッと上がる。
中には強敵を倒して出たドーパミンから、その場で行為をおっ始める人達もいる。
その、秘密の愛し合いを、私はカメラに収めるのだ。
昔から存在感を消すことは得意で、まずバレることはないと自負している。
今回はそれなりの実力が無いと辿り着けない39階層。有名な冒険者もいることだろう。
彼らの痴態をカメラに納めるべく、あちこち動き回る。
しかし、何者かに背後を取られて身動きができなくなってしまった。
「やっと見つけた。俺の運命の人」
この声は……アル・サーレス?
イケメンということで、女性に人気のある冒険者だ。もちろん、私とは縁もゆかりも無い。
「これからは俺が君を守るよ」
いやいや。
何、わけの分からないことを言ってるの。
そもそも、すぐ後ろにミノタウロスがいるよ。
そこそこ強いモンスターだ。
私なんかを強く抱きしめている場合じゃないでしょうよ。
「グォぉォォォォォぉぉォォぉぉォォぉォォォォ!!!」
臨戦態勢バッチリのミノタウロスは、そう雄叫びをあげる。
「……五月蝿い」
アル・サーレスが、そう呟いた瞬間にミノタウロスの身は裂けた。
大量の血が飛び交い、ミノタウロスは倒れる。
剣を振る動作すら見えなかった。どれだけ高度な技なんだ。
「今は、ミユさんと愛を育むのに忙しんだ。引っ込んでろ」
アル・サーレスが少し視線をミノタウロスに向けた瞬間、隙をついて拘束から逃れた私は全力で逃げ出した。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!
ミノタウロスも怖いけど、アル・サーレスの方が何倍も怖い。
だって、あいつ既婚者だぞ!?
ということはつまり、私を不倫の道に誘っているということだ!
冗談じゃない! 私はスクープを撮る側なんだ!
あの人達みたいになりたくない!
アル・サーレスと、思い出したくない過去から逃げるために、私は懸命に走り続けた。
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