IF 灯火の再会





――季節は、春の終わり。


駅前の公園。

満開を過ぎた桜の木の下、ベンチにひとりの若い女性が座っていた。


すこし長めの髪、細い肩、うつむく癖。

人々の視線を避けるようにして、彼女は静かにそこにいた。


その名は、“◼️”。


かつて“◼️”だったその人間は、

多くを失い、多くを知らぬまま、ただ生き延びていた。


もう、誰にも期待していなかった。

もう、誰にも会いたくないと思っていた。

でも――


「……やっぱり、君だったんだね」


その声は、何年も前の夜の続きのようだった。


顔を上げると、そこには――

年老いたわけでもないのに、どこか“終わった人間”の顔をした詩織が立っていた。


「……どうして……」


◼️は言葉にならないまま震え、体を起こした。


詩織は微笑まず、ただまっすぐ灯を見ていた。

あの頃のような冷たさも、優しさもなかった。

代わりにあったのは――どうしようもなく、壊れてしまった「人間」の顔だった。


「……ずっと、探してたよ。言い訳かもしれないけど。それでも」


「……なんで今さら……」


「君を壊したのは、私だ。

あれが“愛”だったかなんて、今も分からない。

でも、今なら言えると思う。あれは……

“私が勝手に手に入れたくて、勝手に押しつけた呪い”だったんだ」


沈黙が続いた。


鳥の声すら遠のいたような空白のなかで、

灯はただ、自分の手を見ていた。


それは、もう“◼️”の手ではなかった。

細く、震えていて、それでもこうして目の前の人間を見つめていた。


「……私は、まだ、あなたを……憎んでないわけじゃない。

でも……」


ぽつり、◼️は言った。


「それでも、“詩織にしか見えない私”が、この世界のどこかにいるなら……

……ほんの少しだけ……存在してもいいかなって思ったの」


詩織の肩が揺れた。

感情が崩れるのを抑えるように、ゆっくり目を閉じた。


「……ありがとう、◼️」


その名前を、あの日以来はじめて口にした。


「……あなたのせいで、私は“◼️”じゃなくなったのよ」


「うん」


「でも……“◼️”って名前を、受け入れたのも、あなたのせいよ」


「……ごめん」


ふたりの距離は、まだ遠い。

手を伸ばせば届くけれど、簡単には触れられない。


でも、灯は、立ち上がって歩き出した。

すぐそばまで。


そして、そっと詩織の手に、自分の手を重ねた。


「……一緒には、いられないよ。

でも――

今日だけは、少しだけ、話してもいいかな」


詩織は、小さく頷いた。


それは“赦し”ではない。

“やり直し”でもなければ、“愛”の再燃でもない。


けれど、

――あの日失われた灯火が、もう一度だけ、静かに灯った瞬間だった。


桜の花が、風に舞っていた。


ふたりの頭上から降るように舞い、

やがてどこか遠くへと散っていった。


“失われたもの”が戻ることはない。

でも、“生きて会えた”という、それだけの奇跡が、そこには確かにあった。


――再会は、呪いではなく、“終わりの始まり”だった。


そして物語はようやく、終わりを迎える。

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