《変人奇人物語》

ポチョムキン卿

第1話 糞食人間

Ⅰ|男は色男だった

 都心の繁華街。その路地裏の奥にある、くたびれたラブホテル「ミス・ノクターン」。

 彼はそこに、定期的に通っていた。


 年齢は三十代半ば。細身のスーツを着こなし、腕時計はロレックス。

 鼻筋が通っていて、口元のホクロが妙に色っぽい。──一見すれば、商社マンか、広告代理店の部長かと思える。


 だがその正体は、「変態」だった。


 男には、誰にも言えない趣味があった。

 それは、人の排泄物をほんの一匙だけ食すこと。


 といっても、無差別ではない。

 男にはこだわりがあった。


 「お尻から、直接。できれば、和式スタイルで。タイミングはセックスの終わり際、自然に。」


 条件が多すぎた。

 最初のうちは、デリバリーヘルスを利用していた。

 電話口で言うのは気が引けるので、ホテルで直接頼んでみる。


 「ねえ、悪いんだけど、ちょっとだけ……お尻、開いてくれないかな」

 「え?」

 「いや、できれば、ちょっと出してくれたら……ありがたいというか……」

 「……無理」


 当然だった。

 断られるたびに男は「チェンジ」を要求した。

 それがSNSで晒され、顔が割れ、ついには業界で“ブラックリスト入り”した。


 ──今では、誰も来てくれない。


Ⅱ|路地裏の仲介人と女

 その日も、男は繁華街を彷徨っていた。

 無意識のうちに、駅前から裏路地へ、そして人気のないパチンコ店の裏口あたりへ。


 そこに、不思議な女が立っていた。

 和装風の着物、髪は夜会巻き、歳は四十代後半。目尻に赤いアイライン。


 「お兄さん。変わってるね、顔に書いてある」

 「……え?」

 「普通の女じゃダメなんでしょ? あなたみたいな人、たまにいるのよ」


 女は、懐から小さなメモ紙を取り出した。

 そこには「ミサト 090-××××-△△△△」とだけ書かれていた。


 「紹介料、五千円ね。あとは本人と交渉して。──たぶん、いけるわよ」

 「いけるって……なにが?」

 「あなたが欲しい“においのする愛”よ」


 胡散臭いとは思ったが、男はなぜか逆らえなかった。


Ⅲ|ミサトという女

 ホテルの部屋。ミサトはすでにベッドに腰掛け、足を組んでいた。

 赤いスカートに黒のブラウス。化粧は薄いが、瞳が強かった。


 「どうしたの? 緊張してる?」

 「いや、君が思ったより普通の女で……ちょっと意外だった」


 その夜は、不思議とセックスが自然だった。

 ミサトの手も、肌も、熱っぽい吐息も、どこか夢のようだった。


 ──けれど、満たされなかった。

 男は結局、口にした。


 「……お願いがあるんだ。君の……お尻から、出たものを、少しだけ……食べさせてほしい」


 ミサトは無言で男を見つめた。

 沈黙が、空気をピリつかせる。

 だが、次の瞬間、彼女はすっと後ろを向き、ベッドに四つん這いになった。


 「今……少し出そうな感じ。でも、私のお尻から、直接なら……いいよ」


 男は泣いた。

 こんな“理解”が、この世界に存在していたのか。


🔚 結び|それは赦しだった


 それから男は、誰にもミサトの話をしなかった。

 ミサトもまた、二度と紹介屋の女を通して客を取らなかった。


 二人は奇妙なかたちで繋がった。

 愛とは違う、癒しとも違う、共犯者のような感情。


 人には誰にも見せたくない「味」がある。

 けれども、誰か一人だけには、その味を知っていてほしい。


 現代は情報の海。

 だが、男は言う──

 「俺は、彼女の排泄物の味を、一生忘れない。

 なぜならそれは、この世で唯一、俺を“受け入れてくれた味”だったからだ」

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