短編③

ひろろ

短編③

「要はみんなわかりきっていることなのよ」

「人の信念に意味はないわ」

「結局一つの概念に集約される他ないの」

「つまりは効率がすべてなのよ!」

彼女は高らかにまくしたてながら言い切った。

彼女はいつもこうだった。

普段人前ではおとなしいのだが、二人っきりになると、溢れんばかりの思いの丈をぶつけてくる。

「はいはい」

俺はいつものようにやんわりいなす。

「まったく、あなたは何もわかっていないわ」

彼女はわざとらしく大きくため息をついた。

「いい、私達はこのままだとどこにも行けないのよ」

「君はどこに行きたいんだい?」

「ここではないどこかよ」

彼女は胸を張って答えた。

やれやれ、俺は小さくため息をついた。

ここではないどこかか、俺は頭の中でその言葉を反芻した。

一瞬、どこか懐かしい感じがした。

意識が遠ざか理想になったその瞬間ー

「ちょっと!聞いているの!?」

彼女が俺の耳元で喚いた。

「うるさい。耳元で喚くな」

俺は鬱陶しそうに言う。

「あなたってたまに別の世界に行きそうになるのよね」

彼女はふぅっとため息をついた。

「心配で目を離せられないわ」

「悪かった」

俺もふぅっとため息をついた。


ーたまに、こういうことがある。


ー自分が、自分でないと感じる感覚


ー自分が、自分でなくなる瞬間


「まあいいわ、先を急ぎましょ」

彼女はそういうと大きな手提げカバンを肩にかけ直した。

「革命、起こさなきゃね!」

「はいはい」

彼女は勇ましい言葉を使っているが、なんてことはない。

ー駅前で街頭演説しながらビラを配るだけだ。


「あなたたちは騙されています!」

彼女は声を張り上げた。

近くでゴミを漁っているカラスがカァ〜と鳴いた。

毎週火曜日と木曜日の昼下がりに彼女はこうやって”同志”を集める。

しかし、過疎化が進む地元の駅ではこの時間帯はまばらな人通りしかない。

当然このまばらな人通りの中で彼女の言葉に耳を傾ける者はいない。

それでも彼女は律儀に自分の主張を声高々に張り叫ぶ。

「なあ」

堪らず俺は彼女に声をかける。

「もうやめようぜ、こんなこと」

「あなたたちはこれまでの時代の中で最もー」

「おい!」

俺は彼女の肩を掴んだ。

「なによ!もう!」

「やめろって言っているんだよ」

彼女はわざとらしく大きくため息をついた。

肌にまとわりつく空気が鬱陶しく感じた。


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短編③ ひろろ @daimaru

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