第4話 俺たちの米騒動

炊き愛イベントから2週間。米蔵の活動は全国に広がっていた。

「無銭ライス生活」のハッシュタグは10万回以上使われ、各地で同様のイベントが開催されるようになった。

「秋田さん、大変です!」

さなえが慌てて米蔵のアパートに駆け込んできた。

「どうしたんですか?」

「農林水産省から連絡が来ました」

さなえはスマホの画面を見せた。

「『無許可での食品配布活動の中止命令』...?」

米蔵の顔が青ざめた。

「つまり、炊き愛イベントを止めろってことですか?」

「そうみたいです。理由は『食品衛生法違反の恐れ』とか『無許可営業』とか...」

「でも俺たち、許可取って開催してたじゃないですか!」

「それが、許可の範囲を超えてるって言われて...」

米蔵は拳を握りしめた。

「絶対に農林大臣の指示だ!」

「たぶんそうでしょうね」

さなえも悔しそうだった。

「どうします?」

米蔵は立ち上がった。

「戦います!」

「え?」

「俺は米を愛でてるだけです!炊いて、配って、みんなで美味しく食べる。何が悪いんですか!」

「でも相手は国ですよ?」

「関係ありません!」

米蔵は炊飯器を抱きしめた。

「この子たちと一緒なら、俺は無敵です!」

翌日、米蔵は農林水産省に向かった。もちろん炊飯器持参で。

「あの、農林大臣にお会いしたいんですが」

受付の職員が困った顔をした。

「予約はありますか?」

「ありません!でも秋田米蔵です!無銭ライス生活の!」

「え、あの話題の...」

「そうです!大臣に直接話があります!」

しばらくして、一人の中年男性が現れた。スーツを着た、いかにも官僚という感じの人物。

「私、農林水産大臣の田中です」

「あ、あなたが例の大臣ですか!」

米蔵は炊飯器を大臣の前に置いた。

「何ですか、それは?」

「俺の相棒です!そして今から、あなたに米の本当の価値を教えてやります!」

「警備を呼びましょうか?」

「待ってください」

米蔵は手を上げた。

「俺は何も危険なことはしません。ただ、お話がしたいだけです」

大臣は少し考えた。

「...5分だけなら」

「ありがとうございます!」

大臣の執務室で、向かい合って座った二人。

「で、何の用件ですか?」

「あなたが『米を買ったことがない』と言った件です」

大臣の表情が硬くなった。

「あれは言葉の綾で...」

「言葉の綾じゃありません!」

米蔵が立ち上がった。

「あなたは米の価値を全く理解していない!」

「米の価値?」

「そうです!米は単なる食べ物じゃない。日本人の心そのものなんです!」

大臣は鼻で笑った。

「心?随分と抽象的ですね。私たちは具体的な政策を考えているんです」

「具体的?」

米蔵の目が光った。

「なら具体的に見せてやります」

炊飯器のスイッチを入れた。

「おい、何をしている!」

「米を炊いてます」

「ここで?」

「はい。あなたに本当の米を食べてもらいます」

大臣は呆れた顔をした。

「馬鹿馬鹿しい...」

30分後、炊飯器から湯気が立ち上った。

「炊けました」

米蔵は蓋を開けた。真っ白でツヤツヤのご飯が現れる。

「いい香りでしょう?」

確かに、執務室に芳醇な香りが広がっていた。大臣も思わず鼻をひくつかせる。

「これ、何の米ですか?」

「『愛米』です。俺のじいちゃんが40年かけて作った品種です」

米蔵は丁寧にお椀によそった。

「食べてください」

「私は忙しいんです」

「一口だけでいいです」

大臣は仕方なく箸を手に取った。

「...」

一粒、口に運んだ瞬間、大臣の表情が変わった。

「これは...」

「どうですか?」

大臣は黙って二口、三口と食べ続けた。

「...うまい」

小さな声だったが、米蔵には聞こえた。

「でしょう!」

「こんな米、食べたことがない」

大臣は箸を置いた。しかし、目はまだご飯を見つめている。

「これが、愛米...ですか」

「はい。一粒一粒に、じいちゃんの40年の想いが込められてるんです」

米蔵は静かに言った。

「大臣、あなたは『米を買ったことがない』と言いました。でも俺は思うんです。本当の米は、買えないんじゃないかって」

「買えない?」

「はい。愛は買えないでしょう?米も同じです。作る人の愛、食べる人の感謝、それがあって初めて本当の米になるんです」

大臣は黙って聞いていた。

「俺が無銭ライス生活を始めたのは、それを証明したかったからです」

「証明...」

「米は商品である前に、文化なんです。日本人の心なんです」

その時、執務室のドアが開いた。

「大臣、記者会見の時間です」

秘書が入ってきて、炊飯器を見て固まった。

「これは...」

「あ、ちょっと...」

大臣が慌てる。

「大臣!」

米蔵が立ち上がった。

「記者会見で言ってください!米の本当の価値を!」

「そんなことは...」

「お願いします!さっき食べた愛米の味、忘れないでください!」

大臣は複雑な表情をしていた。

「私は...」

「行きましょう、大臣」

秘書に促されて、大臣は執務室を出て行った。

米蔵は一人残され、炊飯器を見つめていた。

「届いたかな...俺の気持ち」

一時間後、記者会見が始まった。米蔵はスマホでライブ配信を見ていた。

「それでは、無許可営業について説明させていただきます」

大臣が壇上に立つ。

「先日話題になっている『無銭ライス生活』の活動についてですが...」

記者たちがペンを構える。

「...確かに一部で法的な問題がありました」

米蔵の心が沈んだ。

「しかし」

大臣が続けた。

「彼らの活動の根底にある『米への愛情』については、私も深く感銘を受けました」

「え?」

米蔵が画面に顔を近づけた。

「実は先ほど、活動の中心人物である秋田米蔵氏と直接お話しする機会がありました」

記者たちがざわめく。

「そして、彼が作った米を食べさせていただきました」

大臣の声が少し震えていた。

「正直に申し上げます。私は今まで、米を『政策の対象』としか見ていませんでした。しかし今日、米の本当の価値を教えられました」

「大臣...」

画面の向こうで、米蔵の目に涙が浮かんだ。

「米は単なる食べ物ではありません。日本の文化であり、農家の方々の愛情の結晶なのです」

記者の一人が手を挙げた。

「では、無銭ライス生活の活動は?」

「今後、適切な許可の下で継続していただきたいと思います」

会場がどよめいた。

「また、農林水産省としても、食品ロス削減と文化継承の観点から、この活動を支援していく方針です」

米蔵は飛び上がった。

「やったあああああ!」

スマホの画面では、大臣が最後に言った。

「『米を買ったことがない』という私の発言について、深くお詫び申し上げます。そして秋田米蔵氏に、心から感謝の気持ちをお伝えしたいと思います」

記者会見が終わると、米蔵のスマホが鳴り止まなくなった。

「秋田さん!見ましたか!?」

さなえからの電話だった。

「見ました!信じられません!」

「大臣があんなことを言うなんて!」

「きっと愛米の力ですよ」

「そうですね!」

その後、テレビ局から取材の依頼が殺到した。新聞、雑誌、ネットメディア、みんなが米蔵の話を聞きたがった。

「無銭ライス生活が、こんなに大きくなるなんて」

その夜、さなえと一緒に振り返っていた米蔵。

「でも、まだ終わりじゃありませんよ」

「え?」

さなえが微笑んだ。

「本当の勝負はこれからです。全国に米の愛を広めるんでしょう?」

「そうですね!」

米蔵は窓の外を見つめた。

「でも、まず秋田に帰って、じいちゃんに報告しないと」

「私も一緒に行っていいですか?」

「え?本当ですか?」

「ええ。愛米の生みの親にお会いしたいんです。それに...」

さなえの頬が赤くなった。

「秋田さんのふるさとを見てみたいんです」

米蔵の心が温かくなった。

「ありがとうございます、美飯さん」

翌日の朝刊には、大きな見出しが躍っていた。

『農林大臣、米農家青年に謝罪 「米は日本の心」発言で大転換』

『無銭ライス生活、政府が支援表明 食品ロス削減へ新政策』

『秋田米蔵氏の挑戦、全国へ波及 各地で「炊き愛」イベント開催』

米蔵の小さな怒りから始まった騒動は、いつの間にか全国を巻き込む大きなムーブメントになっていた。

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