第5話
― 小さなすれ違いと、大きな一歩 ―
⸻
冬が近づくと、教室の空気が乾いてくる。
それは、恋人同士の間も同じなのかもしれない。
何気ない一言が、ちくりと胸に刺さる。
「じゃ、俺ちょっと図書室寄ってくわ」
「うん……」
それだけの会話だった。
でもその「うん」が、少し冷たかったかもしれない。
――自分でも、そう思った。
どうしてだろう。
最近の奏は、どこか“よそよそしい”気がしていた。
付き合い始めた頃の、あの特別感。
放課後に手をつないで帰るときのドキドキ。
今は、あのときより少しだけ距離があるような気がして、
私は心の中で勝手に焦っていた。
そして今日。
昼休みに、他のクラスの女の子と楽しそうに話してる奏を見てしまった。
別に、責めるつもりはない。
でも、胸が、うまく言葉にならないもやもやでいっぱいになっていた。
放課後。
教室に戻ってきた奏と、目が合った。
「……ちょっといい?」
「うん、なに?」
私たちは校舎裏のベンチに並んだ。
どこか、空気が重い。
「今日さ、昼休みに話してた子……誰?」
「え? ああ、陸上部の後輩。ノート貸してほしいって」
「……ふーん」
口調が、きつくなったのが自分でもわかった。
でも止められなかった。
「凛……もしかして、怒ってる?」
「別に、怒ってない」
「いや、怒ってるだろ。それ、怒ってるときの口調」
「怒ってないってば」
言い合いというほどじゃないけど、
言葉の温度が、少しずつ下がっていくのがわかった。
「……俺、別に隠すことなんてないし」
「わかってる。でも……」
「でも、なに?」
私は、ついに言ってしまった。
「最近、前より冷たくなった気がする。前は、もっと私のこと見てくれてた」
言ってすぐに後悔した。
自己中心的だって、わかってる。
でも、それでも不安だった。
奏はしばらく何も言わなかった。
沈黙が、怖かった。
でも――
「……ごめん」
その一言で、胸がふっと軽くなった。
「俺、凛に安心しすぎてたのかも。もう、わかってくれてるって、思いこんでた」
「……私こそ、ごめん。なんか、勝手に拗ねちゃって」
「大事にしてるつもりだった。でも、ちゃんと“伝える”こと、最近してなかったなって」
そう言って、奏が私の手をそっと取った。
「凛のこと、好きだよ。変わらず。これからも」
たったそれだけの言葉が、こんなにも心に沁みるなんて。
私はうなずいて、ぎゅっと奏の手を握り返した。
「私も……好き。ちゃんと伝えるようにする。言葉にしなきゃ、伝わらないもんね」
風が冷たくて、でも手のぬくもりはあたたかくて。
それが、心まで染みこんできた。
「……ケンカって、イヤだけど」
「……悪くないね」
「うん。たまには、言い合ってもいいかも」
「でも俺、なるべく泣かせないようにするわ」
「……それ、約束ね?」
「約束」
私たちは、小さなピンチを超えたばかりのふたりみたいに、
肩を寄せて座った。
前よりも、ほんの少し、近くなれた気がした。
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