第3話

はじまりの朝 ―



 恋人って、もっと特別な感じかと思ってた。

 でも朝起きたら、空はいつも通りで、制服のしわも昨日と変わらなくて。

 違ったのは、スマホの画面にあった「おはよう」の通知だけだった。


 


 ――From 奏:「おはよ。いつも通り待ってるな」


 


 “いつも通り”。

 その言葉が、なぜだかうれしかった。


 


 私は自転車をこいで、いつもの曲がり角に向かう。

 そこには、やっぱり奏がいた。


 


 でも、なんとなく視線を合わせづらくて、

 私は少しうつむいた。


 「おはよ」

 「……ああ、おはよ」


 返事は変わらないのに、空気がちょっとだけ違ってた。

 きっとお互い、それを感じていた。


 


 「なんか、変だよね」

 私がそう言うと、奏が「だよなー」と笑った。


 「恋人ってさ、もっとこう……手をつないだりとか、名前呼びまくったりとかするんじゃないの?」

 「……してみる?」

 「えっ、なにを?」

 「手。……つないでみる?」


 


 心臓が、一瞬止まった気がした。


 「……うん」


 私はぎこちなく、彼の手に指先を伸ばした。

 すると、すっと優しく包みこまれる感触。


 


 「……あったか」

 思わずこぼれた言葉に、奏が少し照れくさそうに笑った。


 「俺さ、昨日の告白、めちゃくちゃうれしかった」

 「……私も」

 「なんか、ちゃんと伝えたかった」


 「何を?」

 「凛のこと、ちゃんと好きになった理由とかさ」


 


 風がふわりと吹いて、ふたりの髪を揺らす。


 「最初は“楽”だったんだよ。一緒にいて。気を使わなくて済んで。でも……途中から、凛が他の男子と話してると、なんか落ち着かなくなってさ」

 「……それ、私もだった」

 「たぶんその時点で、俺たち、けっこう同じ気持ちだったのかもな」


 


 目を合わせて、笑った。

 ちゃんと“恋人”の顔になれた気がした。


 


 「じゃあさ」

 「ん?」


 「今からは、もう“いつも通り”じゃなくてもいい?」


 


 私の手をぎゅっと握り返しながら、奏が言った。


 「ちょっとずつ、特別になってこ」


 


 春の光が、坂道の先でまぶしかった。

 つないだ手のあたたかさが、今度こそ本当に“恋人”になった証みたいで。


 


 私はそのぬくもりを、そっと確かめながら、

 ふたりで歩くこの道を、もっと大切にしようと思った。

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